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姫宮女学院――有力企業体である姫宮グループが出資する、全寮制、中高一貫の歴史ある教育機関だ。
在校生の一割が姫宮の一族で占められるこの学院は、生徒の自主性を重んじ、学院運営のほとんどをその生徒会へ委任している。
学院は多くの緑に囲まれた閑静な場所に立地しているため、繁華街へ出るためにはバスを使わなければならない。
不便な立地ではあるが、大抵のものは学院内で揃うため、生徒たちは娯楽品の調達を除いては特別困るようなこともなかった。
敷地の西側にたたずむ白く巨大な校舎。
その三階に設けられた会議室では今まさに、来年度予算を決定するための予算委員会が開かれていった。
艶やかな黒髪の上にリボン風の真っ赤なカチュームを乗せた少女が、口をひらく。
「これより、来年度予算案の審議に入りたいと思います。資料は事前に配布されていると思いますが、この内容に異議のある方はいらっしゃいますか?」
彼女の名前は姫宮スミカ。
スミカは自信に満ち満ちた視線で、会議室に集まる各クラブ代表たちの顔をゆっくりと見渡した。
生徒会執行部より提出された来年度予算案。
各部活動の来年一年間の活動費を決める、重要なものである。
だけれども、この内容について内心不満に思う者があったとしても、彼女たちが異を唱えることはない。
なぜなら、そうしたところで予算案は覆らない、と、皆が知っているからである。
「それでは本案を承認し、予算委員会を閉会したいと思います」
スミカが凜とした声を響き渡らせる。例年同様、姫宮学院生徒会第125期予算委員会は大きな混乱もなく閉会した。
国内最大の財閥、姫宮グループを率いる姫宮一族は、その由緒正しき姫宮の血統を最重要視し、一族の一人ひとりに対して血統の厳格な順位付けを行っている。
順位がひとつでも違えば、下の者は上の者に対して、異を唱えることは許されない。
姫宮一族は、全国に一万人超を数えるが、その娘は皆、この学院に入学させられる。
上の者に逆らわぬこと。
下の者や一族以外の人間を上手く使いこなすこと。
この学院では、それらを効率的に学習させるのである。
ゆえに学院における生徒会長の座には、在学中の一族の者のうちで血統順位の最も高い者が就くことになっている。
当然、学年などは関係ない。
入学したその瞬間から会長職を禅譲され、高等部二年となる現在までその地位にある姫宮スミカは、一族の中でもかなりの高位に位置する血統の持ち主なのであった。
◆
バラバラと退室していく委員会の出席者たちの中からスミカは、ひとりの人物を探し当てると、呼び止めた。
「ジュンくん、ちょいとお待ちなさいな」
会議に参加していた女生徒たちの中で、たったひとつだけの男子の制服がピタ、と動きを止める。
スミカと同じ高等部二年の紺野ジュンだ。四月生まれなのにも関わらず、周囲の女子と比べても背が低い。
あまり手入れをしていないと思われるボサボサの栗色の髪の毛。その少年が、幼さの残る顔をあげながらスミカの方へ振り返った。
「ん、なんか用?」
スミカは、人がまばらになった会議室を少年に向かってツカツカと歩み寄る。
「なんか用? じゃありません。今日のお昼は一緒に食べると約束しましたのに。すっぽかすなんて、酷すぎます。せっかく私が腕によりを掛けてパンプキンシチューパイをつくり――」
「約束した、って……スミカが一方的に言ってただけだろ」
ジュンと呼ばれた少年は面倒臭そうに答える。
「ジュンくんは私の許嫁なんですよ? そのようないい加減なことでは困ります!」
スミカはしかめっ面で少年にグイと迫った。
「大体そんなの俺は知らねーもん。幼馴染みってだけで、親が勝手に決めたことじゃんか」
ヒョイ、と軽くバックステップを踏み、ジュンはスミカから身体を離す。
「だからです! 親が決めたからこそ、大事だというもの。姫宮に婿入りできるというだけでも普通の男子ならば、たいへんな名誉だと喜ぶものですのに。あなたときたら……」
「あのさー、スミカ。普通の男はどうだかわかんないけど、俺は別に、お前と結婚したいなんて思ってないワケ。まだ学生なのに結婚だ婚約だなんて考えてると老けるぜ? そいじゃ、俺は部活があるから。またな!」
「ちょっと待ちなさ――」
スミカは腕を伸ばすが、ジュンはその小柄な身体を活かしてスルリ、とそれをすり抜ける。
そして、たったかと会議室を飛び出して行ってしまった。