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祖母の家

 祖母の家は電車とバスを乗り継いで一時間ほどの場所だ。祖父の葬儀以来だから、五年ぶりになるだろうか。来ようと思えばいつでも来られるような場所だったのに、祖父が亡くなってからもずっと避けていた。

「優希、久しぶりね」

 出迎えてくれた祖母は、以前より少し年を取ってしまったように見える。家の中に通され、昔の頃の記憶が呼び起こされた。まだおじいちゃんがいるのではないかという錯覚が起きてしまう。

 熱い緑茶と自分の好みではない茶菓子を出され、ぎこちなく食べ進めていく。

「お母さんから電話がかかってきたと思ったら、優希が久しぶりにうちに来るって言うもんだから。おばあちゃんびっくりしたわよ」

「ごめん、突然来ちゃって」

「いいのよ。毎日暇なんだから」

 茶菓子を食べ終わってしまい、どう切り出そうかと頭を巡らせる。心臓が激しく鼓動して、息が苦しい。

「あのね。おじいちゃんのこと、聞きたいと思って」

 祖母は優しくほほ笑みながらお茶をすすっている。まるでそう聞かれることを最初から分かっていたようだった。

「そうね。優希が引っ越してから、うちに来ることがなくなったでしょ。すごく寂しがってた」

 仏壇におじいちゃんの写真が置いてあるのが見える。そこでようやく、おじいちゃんが本当にもういないのだというのを実感した。

「ごめんなさい。私、おじいちゃんのこと避けてた」

「分かってたわよ。おじいちゃんもたぶん分かってたと思う」

 どう弁明しようかと考えていたのに、祖母は笑顔のままだった。

「碁盤と碁石、まだあるわよ。見る?」

 祖母の言葉に頷き、いつも祖父と囲碁をしていた和室へと向かう。扉を開けるとあの時のまま変わっていない様子に、胸が締め付けられた。碁盤と碁石が置いている場所には埃避けだと思われる布がかけられている。

 布を取り、いつもの場所に座る。目の前にいるはずのおじいちゃんはもういない。


「おじいちゃん、これなあに?」

 あれは私が幼稚園児の時だっただろうか。木の机に格子状に黒い線が引かれている。白と黒のおはじきのようなものが規則性なく並べられていて、その並べ方に意味があるのかと疑問に思った。

「これは『碁』だよ」

「ご?」

 私が手のひらをパーにして、数字の5を表すと、おじいちゃんは笑いながら言う。

「ちょっと難しいかな。『囲碁』だよ」

「いご!」

 おじいちゃんは、石を囲むと取れるとか、こうやって囲んだところが陣地になるんだよとか、囲んだ陣地が多い方が勝ちだよとか、そういった囲碁の基本的なルールを教えてくれた。おじいちゃんが使っている十九路の碁盤は難しいだろうと、初心者用の九路盤のボードを買ってくれた。

 母はすぐに飽きるだろうと思っていたそうだが、小学生になっても私は囲碁を続けていた。その頃には初心者用の九路盤は卒業していて、もう祖父と同じ十九路盤で打てるようになっていた。おじいちゃんはいつも手加減してわざと弱く打ってくれていた。

「おじいちゃん、本当はもっと強いの?」

「そうだね。優希とするときは少しだけ手加減しているよ」

「じゃあ本気のおじいちゃんとやってみたい!」

 本気の祖父は強くて、みるみるうちに自分の石が取られていった。こんなに大敗してしまうとは思わず、悔しくてたまらなかった。今までは遊びでやっていた囲碁を、本気でやろうと思った。

「もっと強くなりたい。いつかおじいちゃんに勝ちたい」

 祖父にもっと囲碁を教えてほしいと懇願した。

 碁盤の前に座っている私に、祖母が懐かしむような視線を送る。祖父と囲碁をしている時にお菓子を食べる私を、祖母は「お行儀が悪いからやめなさい」と叱った。でも祖父は「囲碁は頭を使うから甘いものが欲しくなるんだよ」と言って、祖母をなだめていたっけ。囲碁のプロも対局中におやつを食べたりするんだって。

「亡くなる少し前、おじいちゃんが言ってたわ。『また優希と囲碁をしたい』って」

 おじいちゃんは優しくて、私はおじいちゃんと囲碁をするのが大好きだった。祖父の厳しさは何より私自身の願いだった。それを忘れていたのは私の方だったのだ。

「おばあちゃん。私、また囲碁をするようになったんだよ。学校の先輩に誘われて。やっぱり囲碁は楽しかった」

 おばあちゃんは嬉しそうだった。今度おじいちゃんのお墓参りに行くと約束して、私は家へと帰った。


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