茜先輩
高校生活も二年目になった。クラス替えをし、みんなは新しい友達を作ろうと躍起になっていた。私はその輪には入らず読書をしている。友達なんて作らなくても、この高校生活がただ何事もなく過ぎ去ればそれでいい。
「優希さんだよね? 湯口優希さん。あ、今は『田上』だったね」
顔を上げると目の前に見知らぬ女の子が立っていた。「湯口」という名字は、私が小学生だったときの名字だ。両親は離婚し、今では母親の旧姓である田上になった。
「そうだけど……」
「優希さんって、キッズ囲碁大会で優勝したことがある?」
何年も前の話を唐突に持ち出されて驚いたものの、確かにそれは私が過去に参加したことのある大会だ。まだ小学生だった頃。あの頃は囲碁をするのが楽しくて、優勝して盾を貰えたのが嬉しくて、部屋に飾ってずっと眺めていた。両親が離婚して引っ越すことになり、囲碁関係のものは全部段ボールにしまい込んでしまった。あれは今どこにあるだろうか。
「うん、確かに優勝したことはあるけど」
「じゃあなんで入ってないの? 囲碁将棋部」
その質問攻めに気圧されてしまう。私はどこの部活にも所属していない。確かに囲碁も昔はやっていたが、今はもうやめてしまった。どうしてそんな昔のことを今さら持ち出すのだろうか。
「その前に、あなたは?」
「あ、言ってなかったね。私は辻岡茜。三年生ね」
てっきり同じ二年生だと思っていた。どうりで教室にいるクラスメートがこちらに視線を向けるわけだ。
「先輩、だったんですね」
「そうだよ。『茜ちゃん』って呼んでくれていいから」
軽口を叩く先輩に何を言おうかと考えたものの、やはり一番の疑問を投げかけようと私は口を開いた。
「あの……茜先輩は、どうして囲碁大会のことを」
そこで予鈴が鳴り始めた。茜先輩は慌てた様子で「また来るよ!」と言い残し、教室から出て行った。心の中で沸き上がるもやもやした気持ちのせいで、私は授業を集中して聞くことができなくなった。
茜先輩はまた来ると言ったが、授業の合間の休憩時間も、昼休みも、先輩が来る様子はなかった。自分で言ったことも忘れてしまったのかと若干苛立ちながら、帰りのホームルーム後にカバンを持って帰ろうとする。そこに教室を覗く茜先輩の姿があった。
「やっほー。優希ちゃん、これから時間ある?」
今日はもう予定は何もない。先輩の誘いを断って帰りたい気持ちもあったが、なぜ私にあんな話をしたのか気になって仕方がない。
「何かするんですか?」
「うん、一緒に部室行こうと思って」
「部室って、囲碁将棋部の?」
「そりゃそうでしょ」
茜先輩は嬉しそうに笑いながら、私を部室棟に案内した。