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91.開戦

 決闘の舞台となったのは、バスカヴィル家の敷地内にある鍛錬場だった。

 すでに夜は更けており、短針は時計の頂上を回っている。

 今宵は新月。おまけに空はどんよりと雲がかかっていた。星明りすらない空は暗くよどんでいたが、地上ではいくつも篝火が焚かれており明かりには困らない。


 俺は時間ピッタリに屋敷から出て、鍛錬場へと足を踏み入れた。

 後ろにはレヴィエナ、ウルザ、エアリス、ナギサを引き連れている。4人は俺以上に緊張しているらしく、表情を引き締めて険しい表情を作っている。


「逃げずに来たようだな。ゼノン」


「勝ち戦を逃げる理由があるかよ。親父」


 父親――ガロンドルフ・バスカヴィルはすでに鍛錬場で待ち構えていた。


 鍛錬場にいたのはガロンドルフだけではない。篝火の明かりの中、広いスペースを囲むようにして複数の人影がある。

 そこにいたのはバスカヴィル家で働く使用人であったり、特徴のない平凡そうな男性であったり、黒い頭巾をかぶった明らかに不審な人物であったり、仮面舞踏会にでも参加するようなドレスと仮面を着けた女性であったり……合わせて20人ほどが集まっていた。


「彼らは立会人だ。心配せずとも横やりは入れさせん」


「最初から心配などしていない。助太刀が必要なほど、アンタがか弱いだなんて思ってないさ」


 20人の立会人に囲まれたガロンドルフの佇まいは自信に満ちあふれており、絶対的強者としての風格を漂わせている。

 流石に魔王や四天王よりは下であると信じたいが……現在のスキル熟練度で、ドーピング・ボトルを使わずに戦うのは至難の相手だった。


「とはいえ……負けるつもりはないけどな」


「ご主人様、頑張って欲しいですの!」


「ああ、もちろんだ。それはそうとして……」


 俺は決闘が始まるよりも先に、やらなくてはいけないことを済ませることにした。

 応援のエールを送ってくるウルザの両肩を押して、鍛錬場の隅へと連れて行く。


「ウルザ、ちょっと来い」


「ふえ? なんですの?」


「いいから、いいから」


 俺はマジックバックから極太の鎖を取り出し、不思議そうに目をクリクリさせているウルザの身体に巻きつけた。


「ひゃっ! なんですの、エッチなことをするですの!? 屋外で鎖でたくさんの人に見られてとか、マニアックすぎますの!」


「そんなわけないだろ。ナギサ、こっちの端はお前が持っていてくれ」


「む……承知した」


 ウルザを拘束した鎖の端をナギサに手渡し、放さずに持っておくように指示しておく。

 これで何があってもウルザは身動きをとることができない。決闘に乱入して暴れる心配もないだろう。


「タイマンの決闘だ。手出しは無用。お前をほったらかしにしておいたら好き勝手に暴れやがるからな」


「むっ……ウルザはそんなに悪い子ではないですの! ちゃんと良い子に『待て』をしてますの!」


「どの口で言ってやがる……『玉蹴り事件』を忘れたのかよ」


 玉を潰されて悶絶するレオンの姿を思い浮かべ、俺は軽く背筋を震わせる。

 他人事とはいえ……あれはトラウマになるような光景だった。できれば、二度と目にしたくはないものである。


「いいか、何があっても(・・・・・・)手を出すな。そこで動かずに決着を見ていろ。ナギサもいいな? くれぐれも鎖を放すなよ?」


「ああ、手綱はしっかりと握っておく。どうか存分な戦いを、我が主よ」


 俺はナギサに念押しをしておき、縛られたウルザの頭を軽く叩く。

 最後にエアリス、レヴィエナの順番で目配せをして、不安そうに表情を曇らせている彼女達に「心配するな」と言外に告げる。


 これで準備は終わった。後は戦うだけである。

 腰の剣を抜いて、鍛錬場の中央に立っているガロンドルフの下へと歩み寄った。


「待たせたな。親父」


「構わん。気の済むまで別れを惜しんでおけ……これが最後の会話になるやもしれぬのだからな」


「ハッ! お互い様だな。そちらこそ安穏とした老後を送れなくしてやるよ!」


 俺はすでに剣を抜いている。ガロンドルフもまたすぐに剣を抜く。

 俺の仲間達、バスカヴィル家の使用人、正体不明の何者か――多くの人間が見守る中で、俺とガロンドルフが真っ向から顔を合わせる。


「…………」


「…………」


 開始の合図は必要ない。

 お互いすでに臨戦態勢に入っており、斬り込むタイミングを窺っている状態だ。


「…………」


「…………」


 睨み合っていた時間は1分ほど。前触れはなく、突然にその時は訪れる。

 偶然か、それとも場の緊張感に耐えられなくなったのか。少し離れた場所にある植木の枝から、野鳥が夜空に飛び立ったのである。


「フッ!」


「カアッ!」


 俺とガロンドルフは同時に剣を振り、斬撃を繰り出した。

 燃え上がる篝火の明かりの中、2本の剣がぶつかり合って火花を散らせる。


 勇者でもなく、魔王でもない。

 俺にとって――ゼノン・バスカヴィルにとっての魔王。ラスボスとの決戦の幕が落とされたのであった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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