80.仇討ちの剣
「ああ、畜生! やっぱりか!」
シンヤに向かって飛び出していったナギサに、俺は思わず吠えてしまう。
ナギサが仇であるシンヤの姿を見れば、こうなることは明らかだった。
どうして、魔王軍の四天王であるこの男がこんな序盤に登場するのか、天を呪いたい気分である。
「本当にもう、来るんじゃなかった!」
姿を隠す魔法が解除されてしまうが、構わずにナギサを追って駆け出す。
現時点において戦いたくないレベルの敵だったが、ナギサが奴を認識してしまった以上、もはや戦いは避けられない。
ナギサと並んで走り、腰の剣を抜き放つ。
「ほお、新手か」
殺気を剥き出しにして駆けてくるナギサに、レオンと戦っていたシンヤがこちらに目を向けてくる。
鋭く、冷たい眼差しに己の死にざまが脳裏に浮かぶが……構わず、剣先を敵に向けた。
「ナギサ! 合わせろ!」
「っ……!」
叫ぶような指示に、ナギサの瞳に一滴の理性が宿る。
一緒に朝の鍛錬を続けてきた経験から、反射的に攻撃を合わせてくる。
「魔法剣――『黒狼斬』!」
「青海一刀流――『波切不動』!」
「っ……!」
右から払う黒い斬撃。左から薙ぐ青い斬撃。
同時に放たれた攻撃は、まさに必殺。もう一度同じことをやれて言われても再現不可能なほど、絶妙なタイミングでの合わせ技だった。
だが……
「青海一刀流――『絶海』!」
シンヤの刀が真一文字に迸り、俺達の斬撃と衝突する。
2つの斬撃と1つの斬撃。両者が均衡したのは1秒の半分ほどの時間。
力負けして後方へ吹き飛ばされたのは、俺とナギサの方だった。
「っ……!」
「ぐっ……やっぱりダメか!」
俺とナギサは地面を転がり、すぐに受け身をとって起き上がる。
シンヤは吹き飛ばされることなく悠然と前に立っていた。
攻撃は決して悪くなかったが……現時点におけるステータスの数値に差があり過ぎる。スキルの熟練度がまるで足りていない。
「物語前半で四天王を相手取れとか、どんな無理ゲーだ……理不尽すぎるだろうが!」
「……驚いたな。そこの名ばかりの勇者よりもかなりできる。何者だ?」
よくよく見ればシンヤの胸部がわずかに裂けており、濃紺色の衣装の下に赤い線が走っている。完全に無傷ではなかったようだがダメージには程遠い。
「だが……悲しいな。2人がかりの不意打ちでこの程度とは、本当に悲しい。そこの勇者を助けに入ったつもりだろうが……逃げることなく飛び込んできた無謀さが悲しい」
「バスカヴィルにセイカイさん……!? どうしてここに……!」
シンヤを挟んだ反対側で、レオンが膝をついて肩を激しく上下させている。呼吸が乱れきっており、明らかに体力が限界のようだ。
また、身体のあちこちに小さな傷を負っている。1つ1つの傷は大きくないが、合わせればかなりの出血になるだろう。
この様子では、レオンはこれ以上戦えないだろう。戦力としてカウントはできそうもなかった。
「セイカイ……? これは驚いた! お嬢様ではないか!」
レオンの言葉に反応して、シンヤが声を上げた。
それは先ほどまでの揶揄うような嘲弄ではなく、純粋な喜びの声に聞こえる。
「まさか我を追いかけてこんな西方まで来られたのか! ははっ、何ということだ! そこまで我に執着してくれたとは喜ばしいことよ!」
「黙れっ……門下の恥! 流派の裏切り者め……!」
「これは手厳しいことを。強者が弱者を屠り、喰らって生き残る……これは貴女の父君からご伝授いただいた剣の真理なのだがな!」
「父の教えを愚弄するな! 弱肉強食は弱き者を虐げる言い訳ではない! 父の教えは強者に立ち向かう強さを身に着けよという意味だ。貴様のような悪に虐げられないようにな!」
「ナギサっ!?」
激昂したナギサが1人でシンヤに斬りかかっていく。
慌ててフォローに入ろうとするが、日本刀を持った2人の剣士の激しい剣戟は割って入れるような空気ではない。
ナギサの目は激しい憎しみに血走っており、シンヤだけを見据えている。迂闊に戦いに加わろうものなら、同士討ちしてしまう可能性があった。
「チッ……やっぱりこうなっちまったか!」
俺は奥歯を噛みしめて唸った。
魔王軍四天王の一角であり、ナギサの父親を殺めて流派を潰したシンヤ・クシナギ。実のところ、この男はナギサと同じく青海一刀流を学んだ同門の剣士なのである。
かつてのシンヤは他の門下生を圧倒するほどの剣才を有し、向上心の強い優秀な剣士として極東に名を馳せていた。
その才覚は師範であるナギサの父親も感嘆するほどで、いずれは娘の婿として道場を継いでもらおうとすら考えていたのだ。
だが……高すぎる向上心を持ったシンヤは、それ故に道を踏み外すことになってしまう。
剣は凶器。剣術は殺人術。
それはとある有名な剣客マンガでも語られている真理であったが、シンヤもまたそんな題目に憑りつかれてしまったのである。
己の剣を完成するためには、人を斬って殺めねばならない。
強さだけを求め続ける剣士はそんな間違った方向に悟りを開いてしまい、他の流派の剣士を相手にした道場破りや、辻斬りまがいのことまで仕出かすようになったのだ。
ナギサが住んでいた極東の国は、長い戦乱を終わって100年ほど経つ太平の世。日本史で言うところの江戸時代にあたる国だった。
平和な時代において、人斬りに憑りつかれたシンヤは魔物と同じようなもの。放置することなど出来るわけがない。
ナギサの父親はシンヤの剣才を惜しみながらも、利き腕を斬り落として流派から追放したのである。
「そして……その報復のために悪魔と契約して、道場を襲って壊滅させた。くだらない逆恨み野郎め……!」
「ハアアアアアアアアアアアッ!」
「クク、ハハハハハハハハハッ!」
ナギサとシンヤは同じ流派の技をぶつけ合い、激しい戦いを繰り広げている。
一見して互角に戦っているように見える2人であったが、ナギサが必死な形相をしているのに対して、シンヤは余裕の笑みすら浮かべていた。
明らかに手を抜いているようだが……今はナギサが作ってくれたこの時間を有効に使わなければならない。
「エアリス、こっちに来い! ブレイブ達を治療するぞ!」
「あ……はい!」
少し離れた場所で呆然と立ち尽くし、戦闘に魅入っていたエアリスを呼び寄せる。
今のうちにレオンのパーティーを治療してしまおう。俺も回復薬を取り出して、レオン達に駆け寄っていった。
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