78.救難花火
「さて……それじゃあ、今日も狩るとしようか」
実技試験2日目。
夜明けと同時にテントを撤去して装備を整え、俺は改めて宣言する。
「今日はもう少し深く潜ってアンデッドを倒してから、峡谷の入口に向かおうか。正午までには戻れるように気をつけないとな」
警戒するべきはこのダンジョンのボスキャラであるマルガリタ王妃の散歩であるが、午前中であれば遭遇する確率はかなり低い。
マルガリタ王妃がダンジョン内部をさまよっている時間帯は、主に夕刻から夜明けまで。日が昇ってから正午までの時間帯は、ほとんどエンカウントすることはなかった。
よほど運が悪くなければ……そう、とんでもない不運に見舞われることがなければ、峡谷の深部近くまで潜っても遭遇することはないはずだ。
「……これがフラグにならないといいんだがな」
ぞわりと背筋を冷たいもので撫でられたような悪寒を感じたが、俺は掌で顔を覆って不吉な思い込みを取り払おうとする。
頭に浮かんだ不吉な未来を口に出してしまえば、それが現実のものになってしまうような気がしたのだ。
この世界に転生してきてから色々と不運に襲われてきたため、今日もまたありえない確率の災難が降りかかるのではないかと嫌な予感がする。
「……気のせいだ、気のせい。流石にありえない。本当にマジで頼むから」
「む……何を独り言を言っているのだ。我が師よ?」
「…………」
顔を覗き込んでくるナギサに、無言で首を振った。
色々と心配ではあったが……それはそうとして、試験には十分に力を尽くさなければならない。
荷物をまとめ終わった俺達は、坂になった道を下へ下へと降りていく。
途中で昨日のようにアンデッドに遭遇した。深部に近い位置まで降りてきたため、敵の強さはそれなりに強くなっている。
「だが……今の俺達なら楽勝だな」
「フッ!」
「ターンアンデッド!」
ナギサが霊剣で黒い骸骨を斬り裂き、エアリスが浄化の魔法で数体の幽霊を消し飛ばす。
2人の動きはすでに慣れたもので危なげなくアンデッドを駆逐していく。
「俺も負けるわけにはいかないな……っと!」
頼もしすぎる女子2人に嘆息しつつ、俺もまた地面を蹴った。
前衛のナギサをかいくぐり、後衛のエアリスに襲いかかろうとするスケルトンに飛び蹴りを喰らわせる。
続けて、谷の下から這い上がってきたゾンビへ聖水を振りかけた。
『キシイイイイイイイイイイッ!?』
「あばよ」
強酸をかけられたように白い煙を上げて、ゾンビが崖下へと転落していく。
俺は冷たく言い捨てて、次の敵へと剣先を向けた。
〇 〇 〇
「そろそろ引き上げる時間だな」
深部と中層の境界辺りで狩りをしていた俺は、取り出した懐中時計を目にそうつぶやいた。
体力にも魔力にも余力が残っていたが、そろそろ帰路につかなくては正午までに入口まで戻れなくなってしまう。
帰り道は魔除けを使い、弱いモンスターとのエンカウントを無効にするつもりだ。
大幅に時間を削減することができることだし急ぐ必要はない。
「とはいえ……余裕をもって帰るに越したことはないからな。遠足は帰るまでが遠足だ。遅刻して減点喰らったら敵わないからな」
「仕方がありません……とても名残り惜しいですが、残りの魂の救済はまたの機会にいたしましょうか」
エアリスが頬をバラ色に上気させながら、そんなことを口にする。
アンデッドを浄化するという神官の使命を果たしているからか、同級生から『聖女』と呼ばれているエアリスの肌はツヤツヤ。瞳はキラキラと輝いていた。
満ち足りた顔でアンデッドに浄化魔法を放つ姿はある種異様なものであり、おかしな『癖』ではないかと疑ってしまうほどである。
「また皆さんで来ましょうね! 今度はウルザさんも連れて!」
「……気が向いたらな」
俺は軽く背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、曖昧な返答をしておく。
「我が師よ、『魔除け香』を焚いたぞ。これで魔物も減るはずだ」
ナギサの手には紫色の香草の束が握られていた。
先端に火をともした香草からは幻想的な白い煙が上がっており、キラキラと淡い光を放ちながら俺達の身体を包み込む。
魔除け香はモンスターとのエンカウント率を下げる効果がある。自分よりも弱いモンスターにしか効果がないが、このダンジョンのモンスターならば十分である。
「よし。それじゃあさっさと上に戻って成果を確認すると……」
「きゃあっ!?」
「我が師!」
俺の言葉を断ち切るようにして、崖下から一発の閃光が打ち上がってくる。
「っ……!?」
驚きに息を呑んだのは一瞬のこと。
次の瞬間、閃光は空高くへ昇って空に大きな花火を咲かせた。
「救難信号だと……!? いったい、誰が……!?」
『救難花火』が使われたのは俺達が狩りをしていた場所よりもさらに下。このダンジョン――マルガリタ峡谷の下層にあたる場所からだった。
上層や中層よりもずっと強力なアンデッドの巣窟であり、最深部にはボスモンスターである『マルガリタ王妃』が待ち受ける難所である。
「ゼノン様! 誰かが助けを求めているみたいです!」
「下で戦っているようだ……ここから10mほど下かな」
エアリスとナギサが崖下を覗き込みながら指示を仰いできた。
俺は舌打ちをかまして、苛立ちに髪を掻き上げる。
「クソッ……馬鹿が無謀な場所まで潜りやがって……!」
マルガリタ峡谷の下層となれば、救援の冒険者もすぐには駆けつけることはできない。
誰が何と戦っているのかは知らないが……応援が駆けつけるよりも彼らが倒れる方が先だろう。
俺達に突きつけられた選択肢は2つ。
助けるか、見捨てるか。
「…………」
自分と仲間の安全を考えるのであれば、当然ながら『見捨てる』の一択だ。
助けを求めている同級生は気の毒だが……ここはダンジョン。何があっても自己責任だと、あらかじめ了承の下に潜っているのだ。
自分の力量を見誤って深部に入り込んでしまい、予想以上に強力な敵と出くわしたとしてもそれは自業自得としか言いようがない。
「だけどなあ……」
「ゼノン様……!」
「我が師よ……!」
だが……パーティーメンバーの2人の少女は、やる気に瞳を燃やしながら熱い視線を送ってきていた。
心優しいエアリスは人助けを嫌がるわけがない。
ナギサはそこまでお人好しではないが、深部の強力なモンスターと戦う大義名分を得たのだ。喜んで危地に飛び込むことだろう。
無論、彼女達は俺が強く帰還を主張すれば従ってくれるはずだが……それはそれで、俺が面白くない。
「はっ! 女がその気になってるってのに、男の俺がケツまくって逃げられるかよ!」
俺は凶暴に笑って、傲然と叫ぶ。
「崖下に降りて下の連中を助けるぞ! 俺の後に続け!」
「はい!」
「ああ!」
滑るような足取りで崖下に向けて駆け出すと、その後ろにエアリスが、殿でナギサが続いてきた。
試験終了時刻の正午まであと2時間。
どうやら、もう一戦だけ剣を交えなければいけないようである。
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