62.デート再開
無事に……かどうかはわからないが、『わらしべ長者』イベントを終えた俺は従業員用の通路から外に出た。
時計を確認すると、どうやら1時間近くも謎の美女と話し込んでいたらしい。
あの匂いたつような色気を纏った美女の魔力なのだろうか。そんなに長居をしたつもりはなかったのだが、驚くほどに時間が経過していた。
すでに劇の開始まで5分ほどしか時間がない。足早に駆けて劇場の表側の入口にたどり着くと、そこでウルザとナギサが並んで待っていた。
「すまない、待たせてしまったな。先に入っていても良かったんだが……」
「別に構わないとも。我が師よ」
「ご主人様をおいて、中に入るわけにはいきませんの。はぐはぐ……」
ナギサは右手に飲み物を持っているだけだったが、ウルザは両腕いっぱいに食べ物を抱えている。
ポップコーンやアメリカンドッグ、フランクフルトのような定番なジャンクフードから、青紫色の謎の果実、顔面サイズの巨大なクッキー、マンガに出てくるマンモスの骨付き肉、マグロを越える巨大な焼き魚などなど……。
ウルザは小さな身体の体積を遥かに超える量の食糧を抱えており、それを一心不乱に貪っている。
「むしゃむしゃ、もしゃもしゃ」
「……随分とたくさん買ったな。そんなに小遣い渡したっけか?」
ウルザには小銭を何枚か渡したはずだが、その膨大な食料は明らかにその金額を越えている。
怪訝に思って尋ねると、隣のナギサが片手を上げた。
「ああ……足りなかった分は、私が出させてもらったよ」
「ナギサ……それは悪かったな。返すぞ、いくらだ」
俺が財布を取り出そうとすると、ナギサは軽く手を振って拒否を示す。
「払ってもらわなくてもいい。魔物退治をしてきたおかげで金は余っているし、私が好きで買い与えた物だからな」
「そういうわけにはいかないだろ。コイツは俺の奴隷だからな。食費だって俺が負担する義務がある」
俺があくまでも金の支払いを主張すると、ナギサは苦笑しながら肩をすくめる。
「本当に払ってもらわなくても構わないぞ。ウルザの食べっぷりは見ていて気持ちが良いからな。ついつい食べ物を与えたくなってしまうんだよ」
「それは……そうだな、確かに面白い」
「がつがつ、もぐもぐ、はむはむ」
ウルザは抱き枕のようなサイズの焼き魚に食らいついて、骨すら残すことなくその巨体を飲み込んでいく。
シーラカンスのような見た目をした魚の大きさは、明らかにウルザの胃袋を……というよりも身体のサイズを超えている。
ウルザはそんな巨大魚を、まるで猫型ロボットがポケットに秘密道具をしまうように吸い込んでいた。
そのありえない食べっぷりは、確かに一見の価値がある。
実際、劇場の前を歩いている通行人が何事かと立ち止まり、ウルザの1人フードファイトに唖然として魅入っていた。
「もぐもぐ、うにうに……2人とも、突っ立っていてどうしましたの? そろそろ、劇が始まってしまいますの」
「……そうだな。中に入るとしようか」
「ああ、行こう」
演劇などよりも、こちらの方がずっと珍しくて見応えがあるような気がするのだが……ともあれ、せっかく買ったチケットを無駄にしてしまう。さっさと劇場に入るとしよう。
俺は食べ物を抱えたウルザを背中で気にしながら、劇場の入口をくぐった。
観客席に足を踏み入れると、すでに会場の大部分の席が埋まっている。
俺はポケットからチケットを取り出し、そこに書かれている番号を頼りに自分の席に向かっていった。




