56.休日デート
こうして、濃厚な朝を経て休日デートに出かけることが決定した。
俺は屋敷の門扉で、肩をガックリと落として落ち込むエアリスを見送る。流石に徒歩で帰らせるのも可哀そうなので、帰りはバスカヴィル家の馬車で送らせることにした。
「ゼノン様……覚えておいてください。私は今日の屈辱は決して忘れませんよ?」
「……怖いこと言うなよ。忘れないなら何をする気だ?」
馬車に乗り込む寸前、エアリスはとんでもなく気味の悪い薄ら笑いを浮かべていた。
髪が一筋だけ口にかかっており、目の光を消して微笑む表情はまるでヤンデレである。今にも刃物を取り出して刺してきそうなほど鬼気迫った表情だ。
俺は背筋に寒々しいものを感じながら、去って行く馬車を見送った。
「さて……ん?」
エアリスを送り出して屋敷に戻ろうとすると、扉が開かれてウルザとナギサが出てくる。2人の服装を見て、俺は思わず目を丸くしてしまう。
小柄な白髪の幼女と、背の高い黒髪の少女――正反対の容貌の2人であったが、今日は冒険者として活動するときの装備ではなく、私服を身に着けていたのだ。
「えへへ、どうですの? ご主人様ー」
ウルザが着ている服装は、まさかのゴスロリ服だった。
足首近くまで隠れるヒラヒラふわふわの黒いドレスは、あちこちに白いリボンをあしらっており、まるで精巧なビスクドールが動き出したような幻想的な姿である。
顔には珍しく化粧までしており、唇に引いた赤のルージュが白い肌に異彩を放って自己主張をしていた。
「私にこういう服は似合わないと思うのだが……少し照れてしまうな」
ナギサは白いブラウスに胸元のリボン、黒いスカートという清楚な格好――すなわち、『童貞を殺す服』を着ていた。
ゲームでは学園の制服や和服以外は着ていなかったナギサが、洋服を……それも童貞殺しを身に着けている。おまけにいつもはポニーテールにしている黒髪を下ろしており、見ようによっては深窓の令嬢にも見えてくる。
別に珍しい服装というわけではない。露出が高いわけでもない。しかし、その恰好はまるで心臓を素手で握りつぶさんばかりに衝撃的だった。それこそ、腰のベルトに刀を差しているのが気にならないほどに。
「…………」
「ご主人様?」
「どうした、我が師?」
「…………はっ!?」
しばし2人の格好に見惚れていた俺であったが、顔を覗き込んでくるウルザの声に現実に引き戻された。
2人は全然タイプが異なる服装をしているが、どちらもとんでもなく似合っている。その衝撃のせいで完全に思考停止してしまったのだ。
さすがに女子の艶姿を見て、感想の1つも言わないのは無粋というものだろう。俺は軽く咳払いをして、口を開いた。
「あー……2人とも似合っているぞ。どうしたんよ、その服は?」
「えへへー、レヴィエナが着せてくれましたの」
「レヴィエナが?」
「せっかくデートに行くのならオシャレをしないといけないって。屋敷の衣装棚から持ってきてくれましたの」
「衣装棚……?」
屋敷の衣装棚に置いてある服ということは、屋敷に暮らしている家族の私物ということになる。
しかし、ゼノンには母親はおらず、姉や妹のような女兄妹もいない。つまり、あの服はゼノンもしくは父親の所有物ということになってしまう。
クズで女好きのゼノンであれば、女性物の服をストックしていても不自然はないかもしれないが……もしもこれが父親の私物であるとしたら、かなり嫌だ。
ギャングのボスである男がゴスロリや童貞殺しの服を、誰に着せるために買ったというのだろうか。想像すればするほど泥沼に沈みかねない疑問である。
「……あまり深く考えるのはやめておこうか。おっかないし」
「ご主人様?」
「何でもない……それじゃあ、さっさと出ようか。せっかく2人がオシャレしてくれたんだ。休日デートとやらを楽しもうぜ」
「はいですの!」
ウルザが元気よく返事をして、俺の右手に抱き着いてきた。ギュウッを強く抱擁をしながらご機嫌な笑顔で腕にぶら下がってくる。
「おいおい、お前はまた……」
「いいじゃないですの。今日はデートなんですから!」
「……まあ、いいけどな」
女と腕を組んで歩くことに抵抗がないわけではなかったが、ウルザの満面な笑みを見てしまうと振り払うことなどできるわけがない。
俺は仕方がなしにウルザと密着して屋敷の敷地を出ようとするが、それよりも先に今度は左腕をつかまれてしまった。
「うおっ!?」
「そういうことならば私も負けてはいられないな。私はこちらの手をいただこうか」
「ナギサ、お前まで……ぐぬっ!?」
左手をとって腕を絡めてきたのは、もちろんナギサであった。
童貞殺しの服を着たナギサがイタズラっぽい笑みと共に俺の腕を胸に抱き、豊かなふくらみを押しつけてくる。
その破壊力はウルザの比ではない。柔らかくも重量のある感触が俺の左腕を包み込み、ムニムニと形を変えているのがわかってしまう。
「この感触……!? お前、ひょっとして下着を付けてないんじゃ……!?」
俺は嫌な予感に顔を引きつらせた。
いくら密着しているとはいえ、腕から伝わってくる感触はあまりにも生々しい気がしたのだ。
恐る恐る訊ねると、ナギサはそれがどうしたとばかりに首を傾げてきた。
「ふむ? 下着ならば付けていないぞ。というか、ぶらじゃーなど付けたことがない」
「はあっ!?」
「襦袢ならばまだしも、この国の下着はどうも肌に合わないんだ。制服のスカートは短いので、さすがに学園では下履きくらいは付けていたのだけど」
「学園では……? ちょっと待て。ということは、まさか今は……?」
俺は恐る恐る視線を下げて、ナギサのスカートに目を向ける。
ノーブラなのは腕を組んだ感触から間違いないと思うのだが、まさか下も付けていないということはないだろうか。
「さて、どうだろうな。黙っていた方が面白そうなので想像にお任せしようかな?」
「いや、答えろや! 大事なことだぞ!? 本当に大事なことなんだぞ!?」
「はははははっ」
「はははじゃねえよ!?」
「そんなに気になるのならば自分の目で見て確かめてみたらどうだ? 貴方ならばめくっても覗いても怒らないぞ?」
「できるか! その服装が清楚なのか痴女なのかはっきりしろ!」
その後も厳しく追及をしたのだが、何がそんなに楽しいのかナギサは最後まで口を割ることなく黙秘を続ける。
結局、俺は2人の美少女と腕を組んだ両手に花の状態のまま、王都の繁華街まで行くことになったのであった。
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