51.極楽という名の地獄
かくして――紆余曲折はあったものの、ナギサ・セイカイがパーティーに加入することになった。これで俺のパーティーに『ダンブレ』ヒロイン三巨頭のうち2人が入ったことになる。
ゲームのシナリオには関わらない。ヒロインを寝取らない。
そんな方針を当初は考えていたはずなのだが、流されるままに行動していたら、気がつけば周りは美少女だらけになっていた。
そのせいだからとは思わないが、すでにゲームのシナリオは崩壊してしまっている。これから先の未来に、何が起こるかは誰にも予想はできない。
ゲームの通りにレオンが魔王を倒して世界を救ってくれるかもしれないし、シナリオ改変が原因で世界が滅亡するかもしれない。
一寸先は闇。まさに五里霧中の状態となってしまった。
とはいえ、色々あったおかげでゲームのシナリオと決別して、自分のやり方で世界の危機に立ち向かっていく覚悟はできた。
これから始まるのは、本当の意味での自分の人生。自分の物語を紡いでいくことになるだろう。
『ダンブレ』の主人公でもなければ悪役でもない。ゼノン・バスカヴィルという1人の人間として、己の物語を創っていくのだ!
「何て言ってはみたのだが……」
どういう状況なんだ。コレは?
俺は途方に暮れてつぶやいた。嵐のような怒涛の展開によって、まるで状況が整理できない。
「我が師よ。痛くはないか? もっと強くこすったほうがいいか?」
「あう~、泡が目に入りましたの!」
「ダメですよ、ウルザちゃん。髪を洗っているときに目を開けたら!」
「む……ぐ……」
俺は押し込んだような声でうめく。うめくことしかできなかった。
俺達がいる場所はバスカヴィル家の屋敷。その内部にある浴室である。
入浴のために裸になった俺はバスチェアに腰かけており、背中を洗ってもらっていた。
俺の背中をゴシゴシとタオルでこすっているのは、まさかの人物。ヒロイン三巨頭の1人であるナギサ・セイカイである。
そして、隣のバスチェアにはウルザが座っており、その白い髪の毛をエアリス・セントレアが洗っていた。
ウルザは一糸纏わぬ全裸であり、エアリスとナギサの2人は裸の上にタオルを巻きつけただけの格好である。
大きめのサイズのタオルであったが、エアリスはメロン級の爆乳であり、ナギサはエアリスには届かないまでもオレンジ以上の大きさはある巨乳だ。彼女らの豊かな乳房を隠すには、タオルのサイズがとてもではないが足りていない。
エアリスとナギサの身体は湯に濡れていることもあり、タオルが身体に貼りついてかなり際どい状態になっていた。
「……何故だ。どうしてこうなった」
「どうかしたのかい、我が師」
「ういっ……!?」
俺の独り言に反応して、ナギサが後ろから尋ねてきた。
背後に回られているため現在はナギサの身体が見える心配はなかったが、身体を前のめりにして密着されたことで、2つのオレンジが俺の背中にムニュッと押しつけられている。
俺は突然の刺激に肩をビクリと跳ねさせながら、辛うじて言葉を絞り出す。
「い、いや……もうちょっと強めに擦ってくれ」
「承知した! これでどうかな?」
「……はい、気持ちいいです」
俺は何故か敬語で答えながら、ここに至るまでの経緯を思い返す。
〇 〇 〇
ナギサを仲間に加えた俺達は、ウルザのケガを治療して、フォーレル森林から出ることにした。
もちろん、クエストの目的である紅竜花の採取も忘れない。ナギサがボスモンスターを撃破してくれたおかげで、手間をかけることなく採取することができたのだ。
王都に戻ってきた頃にはすでに夕刻となっていた。俺達は花を依頼人の少女に届けるのは明日にして、今日のところは解散をすることにした。
そして、そのまま帰路につこうとする俺であったが……何故かその背後には、ウルザだけではなくナギサまでついて来ていたのである。
「……どうした、帰らないのか?」
「帰る……? 私が何処に帰るというのか?」
尋ねる俺に、ナギサは不思議そうに聞き返してきた。
ゲームでは留学生のナギサは借家に住んでおり、そこから学園に通っていたはずだ。てっきりそこに帰るものだと思っていたのだが……。
「私はもう貴方の弟子だぞ? 教えを乞う立場として、これからは師の身の回りの世話をさせていただこう!」
「はあ!?」
ナギサが言ってのけたセリフに、俺は思わずのけぞった。
身の回りの世話をする――それが意味することは、つまり俺の家に来て寝泊まりするということだろうか。
弟子にすることは了承したものの、同棲までは許可していない。
「ちょっと待ってください! それはアウトです!」
ナギサの言葉に反応したのは俺だけではない。すでに自分の帰り道についていたはずのエアリスまでもが、猛スピードで割って入ってきた。
「ゼノン様のおうちにお泊りするなんて、そんなうらやま……ハレンチなことはアウトです! 神の名のもとにアウト!」
エアリスはブンブンと首を振って金色の髪を乱しながら、非常に愉快なテンパりを見せている。
「ふむ? ウルザだって師匠と一緒に暮らしているのだろう? ならば、私も同行したってよいのではないか?」
「ウルザちゃんは子供だからいいんです! セイカイさんは年頃の乙女でしょう!? そんな抜け駆けは許しません!」
「困ったな……私は父から、師となるものには相応の敬意を示すようにと教えられている。弟子として、我が師の世話をすることは譲れん」
「お、お世話って何をするつもりですか!? まさかいやらしいことじゃ……」
「そうだな、炊事、洗濯、部屋の掃除……」
「ええっと……そ、それくらいなら……」
「あとは風呂で背中を流すし、求められれば伽だってする」
「アウトオオオオオオオオオオオッ!」
エアリスが声を張り上げる。
夕刻とはいえ、ここは王都の真ん中。天下の往来である。道行く通行人が何事かと視線を向けてきた。
「そんなハレンチなことは許しません! 私のほうが先に仲間になったんですから、順番は守ってください! ゼノン様のお世継ぎを作るのは私が先です!」
「……お前も何言ってんだ?」
思わず自分の願望を吐露するエアリスに、俺は引きつった声でツッコミを入れた。
ナギサの爆弾発言に思考放棄をしてしまったものの、冷静に考えればそれほど不思議なものではない。
ついつい忘れそうになっていたが、ナギサもエアリスも18禁ゲームのヒロインなのだ。独自の貞操観念を持っているのは当然ではないか。
こうやって隙あらばエロ展開に持っていこうとするのも、エロゲヒロインとしての本能的な行動なのかもしれない。
ここは俺が欲望に流されることなく、しっかりと自制心を働かさなければ。
「気持ちはありがたいが、身の回りの世話はメイドや執事がやってくれるからな。お前がうちに泊まり込んでも、やる仕事なんてないぜ?」
「む……ならば、身辺警護はどうだろうか? 護衛くらい、喜んでするが」
「それも間に合っている。ウルザがいるからな」
「はいですの! ウルザがいる限り、問題ありませんの!」
俺が近くにあった白い頭を撫でると、ウルザが得意げに胸を張って応えた。
「このウルザ・ホワイトオーガの目が黄色いうちは、ご主人様に近づく曲者は1人残らずぶっ殺ですの! ナギサは必要ありませんの!」
「むう……ならば仕方がないのか……?」
「ウルザちゃんならセーフです。だって子供ですから」
ナギサが渋々といったふうに引っ込み、エアリスも胸を撫で下ろす。
これでこの話も終わりだ。安堵に息をついた俺であったが、ウルザの続く言葉に顔を引きつらせることになる。
「ちなみに、ウルザは子供じゃありませんの。今年で18ですから、2人よりも年上ですの」
「…………は?」
その発言に、俺達はそろって凍りついた。
しばし時が止まったように停止していた俺達であったが、プルプルと痙攣しながらエアリスが放った叫びによって、再び時間が動き出した。
「あ、ああああ……アウトオオオオオオオオオオオッ!」
〇 〇 〇
そんなことがあって――気がつけば、バスカヴィル家の屋敷にエアリスとナギサがやって来ることになってしまった。
ナギサは「ウルザが良いのなら、私がダメな理由はない!」と断固として主張をして。エアリスは「ハレンチなことが起きないように見張ります!」と、こっちはこっちで譲ることなく押してきて。
結果、3人のパーティーメンバーが屋敷に集結してしまい、何故か一緒に入浴することになってしまったのである。




