49.カウンターパリィ
「なっ……!」
「え……?」
突如として目の前に割って入ってきた俺の姿に、ナギサが驚いて目を見開く。
ウルザもまた守るべき主が死線に入ってきたことで、鬼の形相が呆けたように消失する。
「ちょ……ゼノン様!?」
驚いたのは外野もだった。死地に飛び込んだ俺の姿に、エアリスも両手を口元にあてて悲鳴の声を上げている。
三者三様の驚愕の視線を浴びながら、俺は左右から迫る2つの『死』を全力で捌きにかかった。
「消費アイテム『守護聖人の護符』」
左手をウルザに向けてかざす。その手には、幾何学的な文様と文字が描かれたお札のような紙が握られている。
これはゲームの中盤以降で手に入るアイテムであり、1度だけ相手の攻撃を無効化することができるというものだった。
護符から青白い光が放たれて盾のように俺の左手を覆い、ウルザが振り下ろした鬼棍棒を弾き飛ばす。
「ひゃあ!?」
ウルザが吹き飛ばされていくのを感じながら、意識を右側へと向ける。
そこには今まさに俺のことを斬り裂かんと刀が迫ってきていた。刀を握っているナギサは焦った表情を浮かべており、どうにかして斬撃を止めようと努力しているように見える。
「フッ!」
俺はそんな刀の中心に、己の剣を叩きつけた。途端、赤いエフェクトと共に刀が弾かれ、流れるようにしてナギサの身体が地面を転がる。
「かはっ、何が起こって……!?」
地面にぶつかった衝撃に顔を歪めながら、ナギサが愕然とした声を漏らす。
俺がやったのはプレイヤーの間で『カウンターパリイ』などと称されている技だった。
『ダンブレ』のゲームでは相手が攻撃した際、攻撃部位に一定のタイミングでカウンターを入れることにより、敵の攻撃をパーリングしてダウンさせることができるのだ。
これはスキルによるものではなく、プレイヤーの技術によって生み出される芸当である。ナギサのスピードを相手に成功させるのはかなりの綱渡りだったが、彼女が攻撃を止めようとしてくれたおかげで剣速が鈍って上手くいったようだ。
「……命の危険が差し迫った状況になると時間がゆっくりに感じる。バトル漫画ではおなじみだが、まさにそんな感じだったな」
俺はしみじみとつぶやいた。剣を鞘に収めて、腕で額の汗をぬぐう。
正直、2人の間に割って入るのは危ない賭けだったが、どうにか事なきを得たようである。下手をすれば両方とも止めることができずミンチ・アンド・スライスされていたかもしれないことを考えると、今更のように冷や汗が流れてしまう。
万が一の場合に備えて『保険』は張ってあるのだが、こういう心臓に悪いことは2度とやりたくないものである。
「ゼノン様、大丈夫ですか!?」
顔を青くさせてエアリスが駆け寄ってきた。傍から見ていた彼女にしてみれば、俺の突然の自殺行為はさぞや肝を冷やしたことだろう。
「俺は問題ない。それよりもウルザを治療してやってくれ」
俺はアイテムによって攻撃を弾かれ、呆然と地面に座っているウルザを指差した。
先ほどまでは憤怒相でナギサを殺害しようとしていたウルザであったが、現在は表情を無くして呆けている。
それは自分の攻撃があっさりと防がれたことがショックだったのか。それとも、主である俺のことを攻撃してしまったことに衝撃を受けているのだろうか。
どちらにせよ、放っておいていいわけがない。ウルザの身体には無数の刀傷がついており、ダラダラと流れる血が森の地面に赤黒いシミを作っているのだから。
「あ……わかりました! ウルザちゃん!」
エアリスが慌ててウルザへと走って行く。
すぐさま治癒魔法を発動させ、緑のエフェクトが生じてウルザを包み込む。
「さて……」
あちらはエアリスに任せておいて問題ないだろう。俺は振り返って、地面に倒れているナギサのほうを向く。
ナギサは斬撃を受け流されてダウンした体勢のまま、今も地面に転がっている。ケガはないはずなのだが、どうしたのだろうか。
「よう、どうした? 膝でも擦りむいたか?」
「…………」
声をかけると、ナギサが緩慢な動作で顔を上げる。
戦闘中は好戦的な修羅のような顔をしていたナギサであったが、今は憑き物が落ちたように途方に暮れた表情を浮かべていた。
怜悧に整った美貌の少女であったが、こうして見ると年齢以上に子供っぽい顔をして見える。
「何故だ……?」
「あ?」
ポツリとつぶやかれた疑問に、俺は首を傾げた。
ひょっとして、1対1の決闘に乱入したことを怒っているのだろうか?
「ああ……悪かったよ。タイマンの邪魔をして。しかし、俺にとってウルザは大切な仲間。お前は仲間ではないがクラスメイトだ。目の前で死なれるのは寝覚めが悪いぜ」
「そうではないっ! いや、それもあるのだが……!」
「うおっ!?」
ナギサが両手を伸ばして、俺の胸ぐらをつかんでくる。
そのまま力強く引き寄せられたため、俺は地面に転がるナギサを押し倒すような姿勢になってしまった。
すぐ目の前に恐ろしく整った美貌の顔がある。あと少しで唇が触れ合ってしまいそうだ。
ナギサは戦闘による返り血に全身を濡らしており、紅顔の頬にもメイクのように紅い線が走っている。
それは凄惨な姿であったが、不思議な妖艶さによってナギサの美貌を引き立てているように見えた。
「おまっ、何をしやがる!?」
「さっきの剣技。私の刀を受け流した技……あれは青海一刀流の奥義の1つ、『逆波流し』ではないのか!? どうして父の死によって失われた奥義を、お前が使うことができるのだ!?」
「はあ?」
予想外の状況。予想外のセリフに、俺は思わず挙動不審な声を上げてしまう。
どうやら、ナギサは何事か勘違いをしているようである。俺は眉間にシワを寄せながら、必死な形相で問い詰めてくる剣術少女に向けて口を開いた。
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