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48.悪鬼と修羅

 そこから、戦いは一方的なものになっていた。

 ウルザが鬼棍棒を振り回して猛攻を仕掛けるものの、ナギサがそれを華麗に躱して反撃の斬撃を見舞う。

 ウルザは傷を増やすばかりで、一撃も攻撃を当てることはできなかった。

 紙一重で致命傷を避けることができているため、1つ1つの傷は深くはない。それでも十重二十重と重なれば出血は馬鹿にならないものである。

 血を失ったことで、徐々にウルザの動きは緩慢なものになっていく。


「……そろそろ決着だな。ウルザも限界だ」


 俺はポツリとつぶやいた。

 予想通りの展開。決して驚くようなものではない。

 パワーファイターとスピードファイターが戦った場合、前者が勝利するためには戦いが始まってから数手のうちに必殺の一撃を叩きこまなければならない。戦いが長引けば長引くほど、動きが見切られて命中できる確率が下がっていくからだ。

 ナギサはすでにウルザの動きを完全に読んでいるようで、鬼棍棒を避ける足取りは軽く、表情には余裕の色が浮かんでいる。

 ウルザがいまだに深手を負っていないのも、あの鬼っ娘がギリギリで躱しているわけではなく、ナギサが手加減をしているからなのかもしれない。


「ウルザさん……」


 隣でエアリスが心配そうにつぶやきながら両手をギュッと握る。

 淑やかな顔は蒼白に染まっていたが、それでも戦いから目を離そうとはしない。

 おそらく1分も経たないうちにウルザは地面に膝をつくだろう。その時にヒーラーの力が必要になることがわかっているため、じっと見守っているのである。


「うう……」


「そろそろ降参したらどうだい? いい加減に、私に勝てないことは悟っただろう?」


 ゼーゼーと息を吐きながら唸るウルザに、ナギサが穏やかな声音で勧告する。

 ナギサもまた己の勝利を確信しているのだろう。柔和な顔つきは相手を倒そうとする戦士のものというよりも、稽古に付き合っている師範や兄弟子のように見えた。


「ウルザ、といったか。君は強い。間違いなく天才といっていいほどの一流の戦士になるだろう」


「…………」


「だが……それでも君は私に勝てない。私と君とでは背負っている物の重さが違うのだ。私は二度と敗北できない。私が敗北した瞬間、『青海一刀流』の名は地に墜ちてしまう。この命に代えても、それだけは許されない。私は亡き師が残した流派を守らなければいけないのだから負けられないのだ」


「ふむ……」


 俺は自分の記憶を思い返して、目を細めた。

 ナギサ・セイカイは東方の国にある剣術流派の後継ぎである。

 彼女の実家である『青海一刀流道場』はその国において剣術指南役という名誉ある役目を与えられており、侯爵家にも匹敵する名家だった。

 しかし――ある日、1人の道場破りがナギサの生家に乗り込んできて、流派の剣士を皆殺しにしてしまったのだ。殺された者の中には、ナギサの父親であり師匠でもある男も含まれている。

 ナギサもまた重傷を負っていたが、運良く……あるいは運悪く、見逃されて生きながらえることになった。

 唯一、生き残ったナギサは父と流派の仇をとることを誓い、下手人である道場破りを追いかけてこの国に留学してきたのである。


「重いな……確かに重いよ。お前の背負っているものは」


 ゲームの中であれば「へえ、そうなんだ」で済まされるような設定であったが、改めて本人の口から重苦しい設定が仄めかされると暗い気持ちになってくる。

 最強であると信じていた父親を殺され、自分の家である流派を潰されて。残された門下生は自分ただ1人。

 あの細い肩に『青海一刀流』という流派と、大勢の同志の無念を背負って仇を追いかけなければいけない。

 どれほどの意志があれば、どれほどの無念があれば、折れずに進めるというのだろう。その覚悟は想像を絶するものだろう。


「……ウルザには悪いが、初めから勝てない勝負だったかもな」


 俺は沈痛な気分になってつぶやいて、いい加減、無茶な奴隷を止めてやろうと1歩足を踏み出した。

 しかし――そこで俺の予想外の事態が生じる。


「う、ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「あ?」


 満身創痍といった様子だったウルザが、突如として天に向かって叫んだ。

 深緑の森に猿叫のような怒声が放たれて、驚いた鳥が空に飛び立って木々が揺れる。

 瞬間、ウルザの小さな身体から真っ赤なオーラのような光のエフェクトが迸る。まるで沸騰して噴き出した蒸気のように毒々しいオーラを放つウルザに、ナギサも驚いて飛び下がった。


「好き勝手言うんじゃねえですの! 舐めてるんですの!?」


「なっ……!」


「誰の戦う理由が軽いんですの!? あなたがウルザの何を知っているというのですの!?」


 白い髪が生き物のようにうねり、まるでメデューサのようになっている。

 眼球の白目の部分が真っ赤に染まっており、瞳の部分は黄金色に輝いていた。それが『火眼金睛』と呼ばれるものであることを前世の知識から思い出す。


「ウルザはご主人様を守るために戦っていますの! それが軽い!? 大した理由ではない!? 戦う理由に値しないとか、馬鹿にするんじゃねえですの!」


「っ……!」


 ウルザが鬼棍棒を振り下ろした。

 棍棒で叩かれた地面が大きく裂けて、咄嗟に横に飛んだナギサの背後にあった大木が真っ二つに割れて倒壊する。

 もともと怪力のウルザであったが、その膂力は明らかに常軌を逸していた。

 まるでリミッターが外れたかのように、力が爆発的に上昇している。


「ご主人様はいつか絶対に、とんでもないことをやってのけるお方ですの! ウルザはそのお方の剣であり、盾。ご主人様の道を妨げる全てをぶっ殺す鬼! ウルザが戦う理由を軽いなんて言わせませんの!」


「これはっ……なるほど、然り!」


 ナギサが唇を吊り上げて、尖った犬歯を剥くようにして笑う。

 先ほどまでの余裕の笑みは消え失せている。その顔に浮かんでいるのは凶暴な戦士の相。命懸けの戦いを愉しむ修羅の顔である。


「これは失礼をした! どうやら、私は君のこともバスカヴィルのことも侮っていたようだ! これより先、青海一刀流の全てをかけてお相手仕る!」


 ナギサは刀を構えて、高々と吠える。

 先ほどまではやはり手を抜いていたらしく、その白刃には確固とした殺意が込められていた。


「青海一刀流、第8代当主清海凪咲(せいかいなぎさ)いざ、尋常に勝負!」


「うっせえですの! 皮剥いで喰うぞ!」


 ナギサが地面を蹴り、ウルザに向けてまっすぐと跳ぶ。

 ウルザは最上段に鬼棍棒を振り上げて、目の前に迫るナギサに叩きつけようとする。


 2人の戦いはすでに訓練や模擬戦という域を超えていた。

 ウルザかナギサか。どちらかが命を落とす。ひょっとしたら、相討ちだってあり得るだろう。

 まさに死闘。命を削るような闘争。鬼と修羅の殺し合い。

 殺すか、殺されるか。その瞬間がまさに訪れようとしていた。


「馬鹿かお前らは!」


 だが――戦いに決着はつかなかった。決着などつけさせるわけにはいかない。

 ぶつかろうとする2人の間。白刃と棍棒がぶつかるその交差路に、俺は迷うことなく飛び込んでいった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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[一言] ・「しかし……それでも君は私に勝てない。私と君とでは背負っている物の重さが違うのだ。私は二度と敗北できない。私が敗北した瞬間、『青海一刀流』の名は地に墜ちてしまう。この命に代えても、それだけ…
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