45.深緑の剣姫
「馬鹿な……どうして、お前が……」
どうして、ナギサ・セイカイがここにいる?
俺は激しい困惑と混乱に襲われて、思わず手で口元を覆う。
ガーゴイルに襲われているクラスメイトを助けたり、他のゲームのヒロインであるウルザを奴隷にしたり。挙句の果てにメインヒロインの1人であるエアリスを助けて仲間にしてしまったり。
すでに俺が知る『ダンブレ』のシナリオとはすっかり乖離しており、修正不可能となっていることは理解している。今さらシナリオにこだわるつもりはない。
だからといって……どうしてナギサ・セイカイまで俺達の目の前に現れるのだ。どうして、ヒロインである彼女の横にレオンがいないのだ。
いったい、どんな因果が巡ったらこんなことになるというのだ。
俺の困惑を知らず、ナギサは手に持った刀を倒れている巨大カマキリに突き立てる。
「キシュッ……」
カマキリは短いうめき声を上げて消滅し、代わりに鎌の部分だけがドロップアイテムとして残された。
このダンジョンのボスモンスターである巨大カマキリは、俺達と戦う前にナギサによって討伐されたようである。
「バスカヴィルにセントレア。それにそっちの小さいのは……」
「ウルザですの! ウルザは小さくないですの!」
「そうか。ウルザだったな。気分を害してしまったのなら済まない」
ナギサは軽く頭を下げて謝罪する。
剣を払って虫の体液を斬り払い、慣れた手つきで刀を鞘へと納めながらこちらに向き直った。
「君達もここの探索をしているのか? バスカヴィルは暴力事件を起こして謹慎中と聞いていたが間違いだったか?」
「いや、間違いではない。謹慎しながら修行しているだけだ。セイカイの方こそ、学園の授業はどうしたんだよ?」
今日は平日、普通に授業がある日だ。まだ昼過ぎで終業時間前である。
「午後は自主的に休講にさせてもらった。私も修行のためだ」
ナギサはあっさりとサボりを白状した。
まったく涼しげな美貌には罪の意識などはなく、授業を休むことを何とも思っていないようである。
そんなナギサの言葉に敏感に反応したのは、俺の後ろで話を聞いていた優等生のエアリスだった。
「セイカイさん、それはいけません!」
「エアリス?」
エアリスは俺の前に出て来て、両手を腰に当てて、咎めるようにまなじりを吊り上げる。
「学業は自分を成長させる大切な機会です! それを個人的な用事で身勝手に休むことなど許されませんよ!」
「……君がそれを言うのか、セントレア? 君だって学園を休んでバスカヴィルと行動しているじゃないか」
「私達は騒動を起こした責任を取って謹慎しているのです! 学園の許可はとってあります!」
エアリスは豊満な胸をグッと突き出しながら言ってのけた。
いや、処分を受けているのは俺1人なので、エアリスまで謹慎する必要はないのだが……おそらく、それを言っても聞かないだろう。これまでの経験で悟っている
「私達はパーティーの仲間ですから! 連帯責任なんですよ!」
一緒に行動するようになって気がついたことだが、エアリスは意外と頑固で我を押し通すところがある。
他人のために自分を犠牲にしていた頃よりはマシなのかもしれないが、まっすぐな好意を向けられると少し戸惑ってしまう。
「……そうか。よくわからないが、学園にいた頃よりも楽しそうにしているようで何よりだ。理由はどうあれ、実戦経験を積むのは良いことだしな」
ナギサがカマキリのドロップアイテムを回収しながら、平坦な声でつぶやく。
周囲には仲間らしき人間はいない。レオンもシエルも、他の誰もいない。どうやらここまでソロでやって来たらしい。
ナギサは学園の制服の上に艶やかな和服を羽織っていたが、細身の身体には無数の傷がついて血がにじんでいる。
エアリスもナギサの傷に気がついたらしく、心配そうな顔になった。
「セイカイさん、ケガを……治療させてください」
「ん? ああ、かたじけない。よろしく頼む」
ナギサも大人しく治療を受け入れた。エアリスが手をかざすと、ナギサの身体が緑色のエフェクトに包まれる。
「有り難いな。これでもう少し修行が続けられそうだ」
「セイカイさん……1人でここまで来るのはいくら何でも危険すぎますよ……ケガで済まなかったらどうするのですか?」
「危険は承知の上だ。それでも私は強くならなければいけない。高みに昇るためにならば、死神が傍らに立つことになっても拒むつもりはない」
ナギサの瞳には強い決意の色があった。
固く、鋭く、どこまでも澄んだまっすぐな瞳。
しかし――同時にいつ壊れてしまうともわからない、脆さと危うさを感じさせる色である。自己研鑽のために命すらも賭ける姿は、かつて自己犠牲に身を捧げていた頃のエアリスにも通じるものがあった。
「修行は構わないが……どうして君は1人でいるんだ? レオンやシエルとパーティーを組んでいるんじゃなかったのか?」
俺はどうしても聞かなければいけないことを尋ねた。
本来のダンブレのシナリオでは、『賢人の遊び場』でガーゴイルと共に戦ったことがきっかけになり、ナギサはレオンと行動を共にするようになるはずだ。
それがこうしてソロでダンジョンに潜っており、ボスの単独撃破という危険極まりない偉業を達成している。
いったい、ナギサに何があってこんなことになったというのだろうか?
「ブレイブのことか? 確かにしばらくパーティーを組んでいたが……すでに抜けているよ。どうも奴とは馬が合わなくてな」
ナギサは平然と言ってのける。ヒロインであるはずの彼女の口から、主人公を否定する言葉が飛び出してきた。
「ブレイブはケガで数日学校を休んでいたが、すでに復帰している。そして、今はクラスで成績の低い者達に指導をしているよ。戦闘訓練をしてあげたり、一緒にダンジョンに潜ったりだ。ウラヌスも一緒だな。たまに他のクラスの者にも同じようなことをしているようだぞ?」
「はあ? レオンのやつ、何でそんなことを……」
「さて……『みんなを引っ張ることが学年主席の務めだ!』などと言っていた。自分が成長するよりも、みんなで一歩を踏み出すことが大事だとか」
「…………」
それはお人好しのレオンっぽい言い分であったが、ゲームでは登場しなかった展開である。まさか金的を蹴られたことにより、謎のシナリオ改変が生じたのだろうか。
「ブレイブがやっていることは人間として尊敬できる。とても立派な考えだと思っている。けれど……私が求めている強さは奴と一緒にいても身に着かないだろう。私が求めているのは群れとしての強さではない。極限まで研ぎ澄まされた1本の刀剣としての強さだ。ゆえに、パーティーを抜けさせてもらって修行に励んでいる」
「それは……」
俺は何事かを口にしようとして、何を言えばいいのかわからなくなって沈黙する。
どうしてこんな展開になってしまったのだろうか。
ゲームでは3人のメインヒロインをはじめとした仲間キャラとしかパーティーを組むことができなかったが、ゲームが現実となったこの世界では、名前もなかったモブキャラとだってパーティーを組めるようになった。そのことが影響しているのかもしれない。
あるいは、『賢人の遊び場』でガーゴイルを倒して、ジャン達を救ってしまったことが原因かもしれない。
ガーゴイルにクラスメイトを殺されたことにより、レオンは己の無力さを噛みしめて強さを求めるようになる。
俺がジャンを救ったことにより、レオンが必要以上の強さを求めなくなってしまった可能性もあった。
「この変化は厄介だな……これはどうすれば……」
この展開はさすがに不味い気がする。
主人公であり勇者であるレオンの傍には、すでにメインヒロインであるエアリスもナギサもいなくなってしまった。これは明らかな戦力ダウンだ。
メインヒロイン以外にも強いキャラクターはいるにはいるが、この様子だと彼らとも接触していない気がする。
このままでは――レオンが魔王に敗北する未来が現実味を帯びてきてしまう。
魔王に立ち向かうことができるだけの強さを、身に着けることができないかもしれない。
魔王が復活するのは2年生の4月から。まだ10ヵ月ほど猶予はあるものの、すでに魔王の配下のモンスターは動き出している。
このままレオンが燻っているようでは、魔王に敗れて世界が滅んでしまう可能性もあった。
「…………」
「では、私はこれで失礼する。また学園で会おう」
考え込んでしまった俺に別れの挨拶を告げて、ナギサはこの場を去ろうとする。
「待ってください、セイカイさん!」
だが、彼女の背中にエアリスが声をかけた。
ナギサが不思議そうな顔で振り返る。ポニーテールの髪がふわりと揺れた。
「どうかしたか? まだ話す事があるのか?」
「あの……セイカイさん、よろしければ私達とパーティーを組みませんか?」
「あ?」
エアリスが発した言葉に、俺は思わず目を丸くした。
いったい、エアリスは何を言い出すのだろうか。彼女の言葉を聞き逃さないように耳を傾けた。
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