41.新たな仲間
あけましておめでとうございます。
今年も頑張って更新していきますので、どうぞよろしくお願いします!
「この依頼を受けさせてもらう」
「はい、こちらですね」
依頼書をカウンターの上に置くと、若い女性の受付嬢が営業スマイルで対応してくれる。
現在、俺がいるのは王都中央にある冒険者ギルドだ。ファンタジーの定番であるこの施設は王都の住民から様々な相談や問題が押し寄せられ、日々多くの冒険者がその解決に尽力していた。
学園から謹慎されて1週間。俺は冒険者ギルドで依頼を受注して、メインストーリーとは関係のないサブイベントをこなしていた。
幸いなことに、ゲームの知識からイベントの攻略情報は頭に入っている。出来るだけ時間を節約して効率的に動くことを意識した結果、1週間で20もの依頼を達成していた。
「それではギルドカードの提示をお願いします」
「ああ」
俺は短い返事とともに、懐から学生証を取り出した。
冒険者ギルドには登録していないのだが、剣魔学園の学生証がギルドカードの代わりとして使うことができる。
俺はすでにチュートリアルダンジョンである『賢人の遊び場』を攻略しているため、ギルドランクはDランク相応として評価されている。ギルドランクはAからEまでの5段階となっているため、下から2番目という扱いだ。
受付嬢が手続きをしている間に周囲を見回すと、ギルド内には大勢の冒険者が集まってワイワイと騒いでいる。
壁に貼られている依頼書を物色している者もいれば、テーブルで他の冒険者と情報交換をしている者、隣接した酒場のバーカウンターで昼間から酒をあおっている者までいた。
雑多とした騒がしい空間はあまり得意ではないが、ギルドには強面の人間も少なくないため、俺の悪人面が目立たないのは嬉しいことである。
「はい、手続きが終わりました。お待たせいたしました」
「ああ」
「どうぞケガなどないように、お気をつけて……」
「む……」
受付嬢が学生証を返す際、ギュッと俺の手を握ってきた。
『アリッサ』だか『マリッサ』だか名乗っていたこの受付嬢は、俺が貴族の息子であると知ってからはずっとこんな態度である。ことあるごとにボディタッチをしてきたり、胸の谷間やら太腿やらを必要以上にアピールしてきていた。
ちなみにこの受付嬢もゲームに登場するサブヒロインであり、若くは見えるが今年で30になって婚期に焦っているという設定がある。
レオンが一定数以上の依頼を達成するとこんなふうに誘惑するようになり、うっかりハニートラップに引っかかったら最後。酒で酔わされて一夜の過ちを冒してしまい、そのまま結婚エンドまで持っていかれるという食虫植物のような女なのだ。
「ゼノンさん。この依頼が終わったら、お酒でもどうですか? 美味しいワインを出すお店を知っているんですけど……」
「……悪いが俺は学生だ。門限もあるから夜遊びなんてできないな」
「あんっ」
俺は辟易しながら受付嬢の手を振り払い、学生証を懐に収めて足早にカウンターから去る。
「やれやれ……必要以上に怖がられるのも鬱陶しいが、打算で近づいてくるのも面倒だな」
俺は自分を怯えた目で見てきていたクラスメイトの顔を思い出し、嘆息する。
先日のダンジョンで起こった騒動の顛末であるが、学校からは2週間の謹慎処分を下されることになった。
賄賂を受け取っている生徒指導教員はもっと厳しく罰することを主張したらしいが、ワンコ先生は一方的に断罪することに反対して、俺が言った通りにエアリスからも話を聞いてくれたらしい。
その結果、あの3人組がエアリスを強引にパーティーに勧誘して、挙句の果てにモンスターの前に放置して逃げ出したことが明らかになった。
エアリスの父親であるセントレア子爵は、爵位こそあまり高くはないものの、宮廷で枢機卿の任を授かっている有力者である。
今回の問題を重く見た学園は、セントレア子爵と3人の保護者を呼び出して話し合いの場を設けた。話し合いには俺の父親であるバスカヴィル侯爵もまた呼ばれていたようだが、当然のように父からの音沙汰はなかったようだ。
そして――いくつかの貴族家を巻き込んだ話し合いの結果は、セントレア子爵に軍配が上がった。
どうやら3人組の被害に遭った女子生徒が他にもいたらしく、そのことが今回の事件をきっかけに明るみに出たのだ。彼らは女子生徒をダンジョンの内部へと連れ込んで、逃げられない状況を作って猥褻な行為に及んでいたのである。
ダンジョンで仲間を置き去りにした行為は褒められたことではないが、それでもエアリスのほうから囮になることを申し出たため大きな処分にはできない。
しかし、ダンジョンを利用した悪質な猥褻行為は許されることではなく、3人は退学処分にされることが決まり、エアリスや他の被害者には多額の賠償金が支払われることになった。
ダンジョン内で他の探索者に攻撃した俺は無罪放免とはいかなかったが、それでも2週間の停学で済んだのだから軽い処分だろう。
「ま……俺は別にどうでもいいけどな。退学にさえならなければ、タダのいい休暇だ」
余談であるが、俺を排斥しようとしていた生徒指導教員もまた学校を辞めさせられることになったようだ。
俺に賄賂のことを指摘された際にかなり動揺していたのを、ワンコ先生が不審に思ったらしく、後からその男に関わる金の流れを調べたのだ。
結果、その教員が大勢の貴族や豪商から賄賂を受け取っており、試験用紙の横流しや成績の改竄など、様々な悪事を働いていることが判明したのである。
後から屋敷まで知らせに来てくれたワンコ先生はどうして俺がそのことを知っていたのか不審がっていたが、ともあれ、今回の問題はひとまず丸く収まったようだった。
「問題は……学園よりもこっちだよな」
「あ、おかえりなさいですの!」
ギルドから出ると、表で待っていたウルザが子犬のように駆け寄ってきた。
そのまま腰に抱き着いてくる鬼人族の少女の頭をわしゃわしゃと撫でて、俺はもう1人の待ち人へと目を向ける。
「待たせたな」
「いいえ、構いませんよ?」
ギルドの外でウルザと待っていたのは、エアリス・セントレア。『ダンブレ』のメインヒロインの一角であり、学園では『聖女』などと呼ばれている凄腕のヒーラーである。
俺が謹慎処分を喰らった次の日、俺がウルザを引き連れてギルドに向かおうとすると、何故かエアリスが屋敷の門前で待っていたのである。
『今日から私もゼノン様のパーティーに入らせていただきます。新参ですが、どうぞ可愛がってくださいませ』
驚いて用件を尋ねた俺に、エアリスは巨大な胸をグンと張ってそんなことを宣言した。
どうやらエアリスは俺が謹慎処分を受けたことについて責任を感じているらしく、その罪滅ぼしをしたがっているようだ。
さすがに余計なお世話だと断ろうとしたのだが、エアリスはいっこうに帰ることはなく、俺の後ろをついて回るようになったのである。
そのまま成り行きでパーティーを組むことになり、ギルドでの依頼にも半ば無理やり手助けするようになっていた。
いったい、どこでこんなフラグが……というのは考えるまでもなく明白だ。
ダンジョンでエアリスに向けて吐いた、あの青臭いセリフが原因に違いない。
「まあ……いいんだけどな。今さらシナリオにこだわっても仕方がないし、ヒーラーは欲しかったし」
「ゼノン様、どうされましたか?」
「はあ……」
キョトンと可愛らしく首を傾げる聖女に溜息をついて、俺は無言で首を振る。
やってしまったものは仕方がない。そもそも、あの状況でエアリスを見捨てるという選択肢は取れなかったのだ。
結果的に見れば戦力アップにつながったし、ゲームのシナリオと縁を切る良いきっかけにもなった。
そう、俺にとっては良いことばっかりだったのだが……それでもどうしても言ってやりたいことが1つある。
「レオン……お前、ちゃんと主人公やれよ」
お前は、本当に勇者をやるつもりがあるのか?
入学式での宣言は嘘だったのか?
青々と晴れ渡った空を見上げて、俺はこの場にいない主人公に向けてつぶやいたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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