34.馬鹿は踊る
その日の午後は自由授業だった。
教室で勉学にいそしむもこともできるし、訓練場で剣や槍を振るってもいい。教員に申請を出せば、学校の敷地から外に出てダンジョンを探索することも許されていた。
すでにクラスメイトの大半はチュートリアルダンジョンである『賢人の遊び場』を攻略している。これにより、自由に他のダンジョンに潜れるようになっていた。
教員の手から離れての探索は危険を伴うことであるが……そもそも王立剣魔学園はダンジョンを探索してモンスターと戦うための人材を育成する機関である。
ダンジョンの内部では何があっても自己責任。それは学生の身分であっても変わらないことだ。万が一に命を落としたとしても、それは各々の責任であると教員から説明されていた。
「フッ……」
クラスメイトが次々と連れ立って教室から出て行く中、俺は机についたまま鬱屈した溜息を吐く。
頭に引っかかっているのは昼休みの光景。エアリス・セントレアのことである。
すでに教室にエアリスと、彼女を誘っていた男子らの姿は消えている。
教室から出て行く際に彼らの会話が聞こえたのだが、『巌窟王の寝所』というダンジョンに向かったようだ。
『巌窟王の寝所』は王都から少し離れた場所にある洞窟型のダンジョンである。おもにゴーレムなどの岩石系のモンスターが生息しており、魔法使いと僧侶がいれば攻略は難しくない初心者向けのダンジョンだった。
あのダンジョンであれば、よほどのことがない限りは命の危険はないはずである。『よほどのこと』が無ければ……。
「ああ、鬱陶しいな。俺もダンジョンに行くか」
俺は吐き捨てるようにつぶやいて、椅子から立ち上がった。
どうせ今日の予定は決まっていない。このまま教室にいたとしても陰鬱な気分になるばかりだし、ダンジョンに潜って狩りをするのがいいだろう。そうすれば多少は気も晴れるはずだ。
そう考えて教室から出て行くと、ウルザが小走りで隣に並んできた。
「ご主人様、これからどこに行きますの?」
「そうだな……遠出をするのも面倒だからな。学校の敷地内にある『賢人の鍛錬場』にでも行くか」
「え? さっきの女の人を追いかけるんじゃないですの?」
「……おい、何でそうなるんだよ」
俺は立ち止まり、頭2つぶんは小さな背丈のウルザを見下ろした。
白髪の鬼娘は不思議そうに瞳をクリクリと動かして、俺のことを見上げてくる。
「だって……ご主人様、追いかけたそうな顔をしてますの。気になっているのですよね?」
「むう……それは、そうだが……」
俺は顔をしかめて、渋々と頷く。
まさかウルザに見抜かれているとは思わなかった。戦い以外には興味がなさそうなくせに、意外と人を見ているようだ。
「追いかけるなら急いだほうがいいですの。追いつけなくなりますの」
「……俺は追いかけるなんて言ってないぜ? 何か起こると決まったわけでもないからな」
俺は首を振りながらそう答えた。
実際、あの3人組がエアリスに悪さをするとは限らない。
彼らの勧誘は強引なものではあったものの、別にルールに違反していたわけではなかった。爵位をほのめかすあたりスマートなやり方ではなかったものの、脅迫を明言したわけでもない。あの程度の勧誘ならば、他の生徒だってやっていることだろう。
普通にパーティーを組んで口説くだけならば、俺が文句をつける資格などあるわけがない。
「『巌窟王の寝殿』は難易度の高い場所でもない。よほど運が悪くない限り、俺の助けなんて必要ないはずだ。それに……」
それに、レオンのこともある。
メインヒロインであるエアリスを救う人間は主人公であるレオンでなければいけない。悪役主人公の出る幕ではなかった。
俺がエアリスを救い出してフラグを立てるなど、寝取り主人公への第1歩を踏み出すことになってしまう。
「だったら、どうしてご主人様はそんなに悩んだ顔をしていますの?」
「…………」
ウルザの言葉に、俺は黙り込む。
自分でもわかっているのだ。俺の心に迷いがあることを。エアリスを助けたいと思っていることを。
その選択肢を素直に選べないのは……ゲームのトラウマがあるからである。
俺はこの世界に転生する以前、1人のゲーマーとして『ダンブレ』をプレイしていた。
レオンの勇気に励まされ、ヒロインとの恋愛に心を躍らせながら、冒険の日々を楽しんでいたのだ。
それなのに……待望の続編で、ゼノン・バスカヴィルという悪役主人公によって全てが台無しにされてしまった。
ヒロイン達はことごとく奪われてゼノンに弄ばれ、ヒーローとして憧れていたレオンは憎悪から魔王を復活させてしまう。
そんな展開を目の当たりにしたせいで、俺は『ゼノン・バスカヴィル』としてヒロインに関わることを恐れているのである。
「いっそのこと見て見ぬふりをしちまえばいいのに……俺も大概にお人好しだな。レオンのことを笑えねえ」
自虐して笑っていると、ウルザが俺の前に立ってふふんと小さな胸を張ってくる。
「ウルザは頭が悪いので、ご主人様が何を悩んでいるのかわかりませんの。だけど……鬼人族のことわざに、『鬼が悩まば、まずは喰らいつけ』……という言葉ありますの!」
「……どういう意味だ?」
「悩むよりもまずはかぶりつけ。敵を喰い殺してから考えろ……なんて意味ですの。悩んでいるよりも先に、殴ってぶっ殺してから後のことは考えればいいですの。悩んでいるのなら、とりあえず嫌いな奴を探して順番に殴ってみてはいかがですの?」
「……馬鹿すぎる。この戦闘狂種族め」
ものすごい脳筋だった。流石は戦闘民族というか鬼というか……頭が悪すぎて、いっそ清々しい。
清々しくて……笑えてくる。
「ふ、ククッ、ハハハハハッ……なるほど、くだらない言葉だが、確かに格言だな。お前と話していると、くよくよ悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくるよ」
俺は笑いの衝動のままに肩を震わして、やがて長く息を吐いた。
「そうだな……たまには阿呆になってみるのも悪くないか。どうせ主人公は寝込んでいるんだ。シナリオやフラグを気にする必要もないな。レオンやお前を見習って、感情のままに馬鹿をやってみるのもいいかもしれない」
俺がヒロインと関わることでどんな影響が出るかは知らないが……そのツケを支払うのはレオンである。
レオンが玉を蹴られたのは自業自得。休んだせいでエアリスのフラグを見逃したのも自業自得だ。そのせいで俺が頭を悩まされるなんて馬鹿馬鹿しいではないか。
「どう転んだって俺は悪役だからな。自分勝手に、好き勝手やらせてもらおうじゃないか! 救いたい奴には手を差し伸べるし、気に入らねえ奴はぶっ潰す。シンプルでいいじゃないか!」
「はいですの! それでこそウルザのご主人様ですの!」
俺は学園の外に出て『巌窟王の寝所』めがけて駆けだした。
暗い地の底につながっているダンジョンの入口へと、迷いのない軽い足取りで飛び込んでいったのである。
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