32.黒と白と灰色と
結局、レオンは教室に戻ってこなかった。それどころか、翌日も翌々日も学園を欠席した。
どうやらウルザの金的蹴りが相当響いたようである。ケガは治癒魔法で治っているはずだから、精神的なショックが大きいのかもしれない。
主人公であろうが、ラスボスであろうが、急所を蹴り潰されて無事でいられるわけがない。レオンも復帰にはまだ時間がかかりそうである。
「まあ……無理もないな。男の子だもんな」
昼休み。学食の椅子に座った俺はやや同情気味につぶやいた。
俺が座っているのは長方形の4人掛けテーブルである。隣にウルザが座っており、対面にはジャンとアリサが陣取っていた。
あれから1週間ほど経ったものの……まだレオンは登校してこない。鬱陶しい主人公がいないおかげで平穏な学園生活が続いている。
幼馴染みヒロインであるシエル・ウラヌスは相変わらず睨みつけてくるものの、積極的に絡むつもりはないようだ。俺に話しかけることすらなかった。
さらに、ウルザを購入したことは周囲に対して良い影響があったらしい。
小さな鬼人の愛らしさによって俺の悪人面が緩和されるらしく、ジャンやアリサをはじめとして、俺に話しかけてくれるクラスメイトが増えたのだ。
これ見よがしに影口を叩く連中も減っており、わずかではあったものの、クラスに溶け込むことができた気がする。
色々と騒動を起こしてくれたが……改めてウルザを購入して良かったと思う。
「お肉、美味しいですの!」
そんなウルザであったが、すでに食事を終えた俺の隣でモリモリと料理をかっこんでいる。
鬼人族という種族柄なのか、ウルザは見た目に反して非常に大食いだった。5人前の食事を気持ちよく食べる姿にはいつもながら舌を巻かされる。
小さな身体に山盛りの肉を詰め込んでいく見事な食いっぷりに、対面に腰かけているアリサが華やいだ声を上げた。
「あーん、ウルザちゃんが食べるところ豪快で可愛い! ほっぺに詰め込んでるのがハムスターみたい! これも食べていいよ、こっちも美味しいからね!」
「むう……ありがと、ですの」
ウルザは差し出されたカップケーキを一口で頬張った。
少し前から、アリサをはじめとした一部の女子が、ウルザにデザートや菓子類を献上して餌づけするようになっている。
ウルザは子供扱いされていることに不服な顔をしているが、食欲に負けて不承不承に受け取っていた。
頬をいっぱいにして咀嚼するウルザを眺めていると、対面の椅子に座っていたジャンが「それにしても」と口を開く。
「ブレイブの奴、今日も来なかったな。まーだ落ち込んでるのかね」
「……無理もないだろう。子供に股間を蹴っ飛ばされて、子供を作れない身体にされそうになったんだからな。俺ならトラウマになる」
「あー……そだな」
ジャンが顔を引きつらせながら、手で自分の股間を押さえる。
他人事ながら、アレは背筋が凍るような戦慄の光景だった。当事者であるレオンがダウンしているのも仕方がない。
「だけど……アイツも馬鹿だよな。他人の奴隷を奪おうとするとか。何を考えてるのかねー」
「…………」
ジャンの疑問に、俺は無言でお茶をすする。
同じ疑問は俺だって抱いていた。
レオンは確かに正義感が暴走するタイプの熱血主人公であり、後先考えずに感情で行動することがしばしばあった。
だが……ここまで馬鹿なことを仕出かすとは予想もしなかった。
「アイツは直情馬鹿だけど、もっと頭のよい奴だと思ってたんだがな。何でこうなっちまったのかね」
今のレオンがゲームと別人であるとは思わない。
法律的な問題はともかくとして……奴隷にされている子供を救い出そうとするのは、いかにもお人好しのレオンらしい行動だった。
ただ……異なっているのは、やはりこれがゲームではなく現実ということだろう。
ルールに囚われることなく自分の意志を貫く主人公。それはマンガやゲームの世界であれば破天荒で魅力的に映るかもしれない。しかし、現実で身近な存在であったとすれば、それは非常に面倒な人間である。
自分が正当な手段で得た物を、個人の正義感などという一方的かつ理不尽な理由で否定して奪いにかかるのだ。実際に被害を受ける側からしてみれば堪ったものではなかった。
現実は物語のように、善と悪で二分することができるほど単純ではない。世界には黒でも白でもないグレーゾーンが広がっている。正しくなくとも間違ってはいないグレー側の人間まで、ヒーローの主観で黒く塗りつぶされるなど迷惑極まりないことだった。
俺は鬱屈した溜息を吐きながら瞼を開き、ジャンに向けて皮肉げに口端を吊り上げた。
「……アイツは真面目で不器用すぎるんだよ。世の中、見て見ぬふりしてスルーしなくちゃいけないこともある。それが『社会性』ってもんだろう?」
「なるほど……そうかもな。ま、ブレイブは馬鹿だけど悪い奴だとは思わねえけどな」
「それは俺も同感だ。いつか分かり合える日が来て欲しいもんだよ」
確実に魔王を倒すためにも――そう口の中でつぶやいて、俺は残っていたお茶を一気に飲み干す。
隣ではウルザが3つ目のカップケーキを受け取って口に放り込んでおり、口の周りをクリームでベトベトにしていたのであった。
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