29.正義感の暴走
「失念していた……こいつがいたな」
レオン・ブレイブという男は非常に正義感の強い人間である。
ゲームでは1度会っただけの女の子を救い出すため、命懸けでモンスターと戦うシーンだってあるのだ。
目の前で年端もいかない幼女が首輪を着けられて奴隷として扱われている。そんな場面を見逃すことなど出来るわけがない。
「先日のダンジョンではクラスメイトを助けてくれて、そんなに悪い奴じゃないと思っていたのに……やっぱりお前は悪党だったのか、バスカヴィル!」
ビシリと指を突きつけてくるレオンの後ろには、幼馴染のシエル・ウラヌスの姿もあった。気の強そうなブラウンの瞳がレオンの背中越しに俺を睨んできている。
「チッ……鬱陶しいな」
さて、この展開をどう処理したものだろうか。
ゲームのシナリオ通りに進めば、いずれレオンが魔王を倒して世界を救ってくれる。
その後、ゼノンによるヒロインの寝取り行為がなければ、世界は平和になったまま全てが丸く収まるはずだ。
俺としては……ガーゴイルの一件のように目の前で人が死ぬような事態が起こらない限り、レオンと関わってシナリオに干渉するような真似をするつもりはなかった。
それなのに、どうしてレオンの方から関わってくるのだろう。天を呪いたくなるような心境である。
「……やはりゲームと現実は違うな。想定外のことばかりが起こりやがる」
「何の話をしている! その女の子を解放しろ!」
思い悩んでいる間にも、レオンはヒートアップしてこちらに詰め寄ってくる。
俺は仕方がなしに「コホン」と咳払いをしてから口を開いた。
「確かに彼女は奴隷だが……それが何の問題があるんだよ。レオン・ブレイブ」
冷たい目でレオンを睥睨して、俺はわざとらしく髪を掻き上げた。
「こいつはきちんとした手続きを取り、合法的に購入して俺の奴隷になったんだ。この学園では貴族や王族は、従者などを同行することが校則にとって認められていたはずだ。俺はルールに違反していない。お前に文句を言われる筋合いなどあるまい」
「何だと!? お前は恥ずかしくないのか、そんな年端もいかない女の子を奴隷にするなんて……!」
「学園のルールの問題じゃないわよ! 小さな子供を奴隷にするなんて、人として間違っているわ!」
レオンに追従して、幼馴染みヒロインのシエルまでもが怒鳴り散らしてくる。
シエルも正義感が強く、特に女性や子供が酷い目に遭うことに強い反感を抱くタイプだった。絶対に許せないとばかりに眦をつり上げている。
「……許せないならどうする? 無理やり、力づくでコイツを取り上げて奴隷から解放するのか? それが犯罪だってことはわかってるよな?」
スレイヤーズ王国では奴隷は公に認められた財産だ。それを強引に奪い取る行為は『窃盗』や『強盗』の罪にあたる。
そのことを指摘してやると、レオンとシエルは揃って悔しそうに黙り込んだ。
けれど、俺の言葉に納得したわけではないらしく、なおも食い下がる。
「……いくらだ?」
「あ?」
「いくら払えば彼女を僕に売ってくれる? いくらで彼女を奴隷から解放するんだ?」
「はあ……」
俺は深々と溜息をついた。
そうだ、レオン・ブレイブという男はこういう奴なのだ。
勇者の子孫として復活した魔王を倒すことだけを考えていればいいものを、余計なトラブルに首を突っ込んで金と時間と労力を食って、変に遠回りをしてしまう。
弱い者の犠牲を必要な物として受け入れることができない。そういう性格なのだ。
「いや……RPGの主人公なんてそんなものか。余計な遠回りを愉しむのがゲームだもんな。本当に、うんざりするほど正しい主人公だよ」
「…………?」
「論外だ。さっさと失せろ」
不思議そうな顔をしているレオンへ、俺は右から左へと手を振った。
金の問題ではない。俺にとってウルザは必要な戦力なのだ。どれだけ金を積まれたところで手放すつもりなどなかった。
「いくら出してもこいつは売らない。これは俺の奴隷。俺の大切な部下であり従者だ」
「そんな……!」
「じゃあな。また教室で会おう」
俺は一方的に会話を打ち切って、身体を翻した。
そのままさっさと校舎に向かおうとするが……肩をガッチリとつかまれて強制的に停止させられる。
「この……ここまで言ってもまだわからないのかよ! 馬鹿野郎!」
「なっ……!」
強引に振り返らされた俺が目にしたのは、怒りの表情で拳を振り上げているレオンの姿であった。
直情的で向こう見ずな男であったが、まさか公衆の面前で暴力に訴えてくるとは。主人公の正義感を甘く見ていたようである。
「チッ……!」
俺は甘んじて抵抗せず、そのまま殴られようとする。
周囲には大勢の人目がある。いくら俺が悪人顔であったとしても……このまま無抵抗で暴力を受ければ、さすがに悪いのはレオンの側ということになるだろう。
処分として、俺に必要以上に関わらないように学園側に申し出ることができるかもしれない。
「…………!」
俺は歯を食いしばって拳を顔面で受け止めようとする。目を閉じて衝撃に備えた。
「ご主人様に手を出すのは許しませんの!!」
だが……そこでまたしても、予想外の事態が勃発した。
俺が殴られるのを良しとしない者が、その場にはいたのである。
「へ……?」
呆けたように声を漏らすレオン。
その頭部を狙って、憤怒に可愛らしい顔を歪ませたウルザが鬼棍棒を振り下ろそうとしていたのであった。