26.危険な夜
「ウルザ、戻れ!」
「ふあっ、はいですの!」
俺の声にビクリと肩を跳ねさせて、ウルザが慌てて戻ってきた。
金棒を胸の前で構えて、どこにいるかもわからない謎の襲撃者に備える。
貴族男が殺された時、まるで攻撃の気配を感じなかった。
それほど荒事に慣れていない俺だけならまだしも、戦闘民族であるはずのウルザでさえも同様だ。
俺は警戒して周囲を見回すと……前方の建物の裏から細身の影が現れた。
「警戒されずとも大丈夫です。ゼノン・バスカヴィル様」
「お前は……」
現れたのは紫がかった長い髪を背中に垂らした細身の女性である。
女は鼻から下を黒いマスクで覆っており、まるで忍者のような黒衣を身に纏っていた。
「誰だ、お前は?」
「恐れ入りますが名前は教えることができません。ですが……ご安心ください。私は貴方の父君の部下。バスカヴィル家傘下の暗殺組織の人間です」
「親父の……!」
女は安心させるために話したのかもしれないが、俺はその言葉にかえって警戒を強めた。
あの父親の部下であると聞かされて、どうして安心できるというのだろうか。
「……親父の部下が何の用だ? まさか、親父に命じられて俺を監視していたのか?」
「いいえ、違います。私は仲間の男……オークションの管理をしていますレスポルドに頼まれてゼノン様を見守っておりました」
「レスポルドに……アイツがどうして?」
俺は恰幅の良い奴隷商人を思い浮かべ、怪訝に問いかけた。
「はい。オークション帰りに大口の客が襲われるのはよくあることなのです。ゆえに、お得意様には私のような護衛が陰ながらついて行き、強盗などを排除しているのです」
「なるほどな……」
それは納得ができる説明だった。
オークションというのは非常にエンターテイメント性が高い購買方法であったが、同時に自分の経済力を他の人間に知られてしまう危険性がある。
俺のように護衛も連れずに高額の奴隷を購入するなど、強盗に襲ってくれと言っているような危険極まりない行動だろう。
「とはいえ、護衛の必要はなかったようです。流石はバスカヴィル家の後継ぎ。当家の未来は安泰であることを確信いたしました」
「…………」
俺は複雑な面持ちで黙り込む。
明らかに凄腕の使い手に認められたのは嬉しいことだが、あの父親の後継者として評価されるのは面白くない。
俺はウルザの肩に手を置いて、さっさとこの場を離れようとする。
「帰る。ここから先は護衛はいらないから帰れ」
「どうぞお気をつけて。死体は当方で始末しておきますのでご心配なく」
「……行くぞ、ウルザ」
「え、あ、はいですの」
ウルザは黒衣の女を振り返りながら後をついてくる。
そのままこの場から立ち去ろうとする俺の背中に、女のたおやかな声がかけられた。
「またお会いする日を楽しみにしておりますわ。『バスカヴィルの魔犬』の後継者様」
〇 〇 〇
ウルザを連れて屋敷に帰った俺を使用人が出迎えてくれる。
俺はメイドにウルザを風呂に入れるように命令して、そのまま自分の部屋へと戻った。
「ふう……」
ベッドの上にあおむけに寝転がり、天井に向けて重い溜息を吐き出す。
この世界に来てからまだ2週間ほどだが……俺は今日、初めて人を殺してしまった。
後悔はない。必要なことだったと思う。
だが、必要だったからと、抵抗もなく殺人を許容できることのほうが異常なのだ。
「……俺はこんなに残忍な人間だったのか? それとも、やはりゼノンの身体に影響を受けているのか?」
戦闘民族として生を受けたウルザが躊躇いなく人を殺せることは、わからなくもない。
しかし、俺はつい先日まで日本にいた普通の社会人だったのだ。
にもかかわらず、人を殺害したことへの罪悪感がまるでない。俺はいったい、どうしたというのだろうか。
「いや……理由はどうであれ、これは喜んでもいいことだ。人殺しに躊躇っていたら、これから先やっていられないからな」
『ダンブレ』に登場する敵はモンスターばかりではない。魔王を信仰している邪教徒や、盗賊などの犯罪者を敵として相手にすることもあるのだ。
躊躇なく敵を殺すことができるのは、戦いにおいて長所である。むしろ前向きに受け入れたほうがいい。
「色々あったが……これで頼りになる仲間が1人。ようやくまともにダンジョンを探索できるな」
どれだけゲームで得た知識でダンジョンを知り尽くしていたとしても、ソロでは必ず詰む時がやってくる。ウルザという強力な仲間を得られたことで、生き残る確率が大きく上昇した。
欲を言うのであれば、他にも魔法職や回復職が欲しいところだ。アタッカー2人というのもバランスが悪すぎる。
「ま……それはおいおいでいいな。また奴隷を探すか。それとも……」
「ご主人様ー!」
「あ?」
バンッと扉が勢いよく開け放たれる。
蹴破るような勢いで扉を開けて飛び込んできたのは、買ったばかりの奴隷であるウルザだった。
「ブフッ!?」
その姿に、俺は思わず噴き出した。
ウルザは一糸まとわぬ全裸の姿をしており、全身がビショビショの濡れネズミになっていたのだ。
白い髪までずぶ濡れになったウルザが一切の迷いもなく抱き着いてくる。
「あーん! 目が痛いですの! メイドさんがイジメますの!」
「ちょ、何て格好でお坊ちゃまに抱き着いているんですか! ウルザさん!」
ウルザに続いてメイドのレヴィエナが部屋に入ってきた。レヴィエナはウルザのように全裸でこそなかったが、裸体にタオルを巻いただけの格好で長い髪を頭の上でまとめて結っている。
ずん胴のウルザとは違って、非常にグラマラスな肢体のレヴィエナ。その半裸姿はあまりにも刺激的で、目を離すことができなくなってしまうほどだった。
「まだ頭を洗っている途中ですよ! ちゃんと泡を落とさないと!」
「うー、目が痛いですの……痛いですのお……!」
どうやら、頭を石鹸で洗っている途中でウルザが逃げ出してしまったようである。
未開の亜人大陸で暮らしている鬼人族が石鹸などという文明の産物を持っているわけがない。未知の痛みと恐怖に苛まれているようだった。
「あーあ……俺まで濡れネズミかよ」
ずぶ濡れのウルザに抱き着かれたせいで、俺の服までぐっしょりと濡れてしまった。
ウルザを引きはがそうとするが、ガッチリと俺の服を握り締めた手はまるで離れようとしない。鬼人族だけあってすごい力だ。無理に引き離すのは不可能だろう。
「これは仕方がないですね。坊ちゃまもお風呂に入ってくださいな」
「はあ!?」
レヴィエナの口からとんでもない発言が飛び出した。状況から見て、1人で入って来いという意味ではないだろう。
「あれ……ひょっとして、照れているのですか? ゼノン坊ちゃまともあろう御方が、今さら?」
レヴィエナがきょとんとした顔で目を白黒させる。
この反応から察するに、ゼノンは日常的に彼女と一緒に入浴しているのかもしれない。ひょっとしたら、それ以上にディープな関係になっていたとしてもおかしくないだろう。
「う、ぐ……そうだな。少し早いが、入浴するとしよう」
俺は覚悟を決めて立ち上がった。
ここで変に抵抗してしまえば、俺が本物のゼノン・バスカヴィルでないことがバレてしまう。
決してレヴィエナと一緒に風呂が入りたいというわけではなく、自分の正体を悟らせないために必要なことなのだ。
ウルザの身体を両手で抱えて、やや緊張しながら部屋を出る。
前方を進むレヴィエナ。彼女の裸体を覆っているタオルの下から、ふと形の良い尻がチラリと覗いて見えた。
「ぐっ……」
俺はかつてない緊張感にクラクラする頭を振って、脱衣所へと足を踏み入れたのである。
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