65.激戦の後
「終わった……」
朝日がまぶしい。
とんでもなく、今にも灰になってしまいそうなほどに。
白い陽光が心地良くもあり、どこか後ろめたくもある。
百パーセント勝手な想像だが、朝日を浴びて死ぬ直前の吸血鬼はこんな気分なのかもしれない。
背後を振り返ると、六人の女性がベッドに沈んでいる。
いずれも満足そうな顔をしており、肌はツヤツヤテカテカ。完全な『事後』といった状態だった。
ちなみに……当たり前だが、その六人の中にモニカは含まれていない。
母親から無理やりに見学を強制されたモニカであったが、途中で失神してしまって別室に運ばれている。
「……まあ、実際に事後なんだけどな。この性獣どもが」
これほどの激闘は初めてだ。
魔王軍の四天王やら、邪神的な神話生物と戦ったこともあるのに……それ以上の激闘だった。
何度、死を考えたかわからない。
ポーションやら治癒魔法やらのおかげで細い命の糸を繋ぎとめていたが、ほんの少し踏み外していたら、昇天していたかもしれない。
「ムニャムニャ……」
「ゼノン様……」
「ご主人様、もっと……」
「うう……おっきい蛇がいるよう……」
「…………」
妖しい寝息を立てている六人の横を通って、俺はそっと部屋から出た。
裸にバスローブを羽織っただけの格好で廊下を歩いていき、そのまま浴室に向かっていく。
長い戦いの後で激しく疲労していたこともあって、何も考えずに脱衣所でバスローブを脱ぎ捨て、浴室に入った。
「ヒエッ!?」
すると、そこでシエル・ウラヌスが入浴中だった。
彼女はバスチェアに座って身体を洗っているところで、俺が入ってきたことに気がつくと振り返って愕然とした顔になる。
「ちょ……え? あ、アンタ、どうしてここに……!?」
「…………」
シエルが激しく錯乱して騒ぎ出す。
俺は構うことなくズンズンとシエルに向かって歩いていく。
「ちょ……こ、来ないでよ! 嫌、嫌あっ!」
全裸で下半身をピコピコさせながら近づいてくる俺に、シエルが両手を振って抵抗するが……意にも介することはなく、俺は歩いていった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「五月蠅えなあ……朝っぱらから」
シエルが涙目になって悲鳴を上げるが、俺はやれやれと首を振りながらシエルの隣のバスチェアに座った。
「……頭、痛くなるから騒がないでくれ。こっちは寝不足なんだよ」
「へ……?」
シエルが目を白黒とさせる。
おそらく、襲われるだろうと勘違いしていたのだろう。
隣のバスチェアに座り、シャワーを浴び始めた俺を呆然と見つめてくる。
しばし固まっていたシエルであったが……やがて目を吊り上げて、声を荒げた。
「ちょ……紛らわしいことしないでよ! 変なことされると思ったじゃない!」
「知るか。お前が勝手に勘違いしただけだ」
「っていうか……私が入ってるのに、どうしてアンタまで入って来てるのよ!」
「俺が俺の家に風呂に入って何が悪いんだよ。勝手に家に上がり込んできた奴が言うな」
普段であれば、シエルに対してももっと気を遣うこともできるのだろうが……今朝は疲れ切っているため、そんな余裕がなかった。
シャワーで身体を洗い流して、俺は湯船に肩まで浸かった。
「フー……」
「…………」
「何やってるんだよ。お前も入ったらどうだ?」
悔しそうにこちらを睨みつけてくるシエルに、どうでも良さそうに言ってやる。
「そのまま座っていたら、身体が冷えるぞ。早く入れ」
「…………わかったわよ」
シエルは噛みつくような顔をしていたが、やがて俺から少し離れた場所で湯に入る。
公衆浴場のように広い浴槽に二人で湯に浸かっている。
「…………」
シエルがチラチラとこちらを見てくる。
お互い、タオル一枚着けていない全裸だった。
こんな状況だというのに……あるいは、こんな状況だからだろうか。
湯の中で俺の分身は傲慢なほどにそそり立っており、まるで全てを見下すバベルの塔のようである。
「……昨日は随分と騒がしかったわね」
気まずさに耐え切れなくなったのか、シエルが口を開いた。
「廊下まで声が響いてたから、何をしているのかと思ったわよ」
「ナニをしていたのは知ってるだろうが。覗いてるの気がついていたぞ?」
「う……」
シエルが顔を引きつらせて、黙り込む。
さすがにエロエロしていたのを覗き見していたのは恥ずかしかったようである。
「そんなことよりも……今日にでも、永久図書館にいくぞ」
「え……今日? 随分といきなりじゃないの」
「もっと準備してからにしようと思っていたが……こんな生活が続いていたら、命がいくつあっても足りないからな。さっさと仕事を済ませちまうことに決めた」
永久図書館に行くまでは、少なくとも今のメンバーで共同生活を送らなくてはいけない。
ならば、さっさと済ませてしまうに限る。
入浴が終わったら一休みして、永久図書館に向かうことにしよう。
「……レオンを助ける方法、見つかるわよね?」
「さあな、知るか」
俺はどうでも良さそうに言う。
「何もしなければ、どうにもならない。できることをやれば良いだろう」
「……ちょっとは慰めてくれたって良いでしょう」
「それで問題が解決するのなら喜んで。だけど……そうじゃねえだろ?」
「ッ……!?」
俺は湯船の中で立ち上がった。
バシャリと湯に大きな波紋が生じて、海から怪獣が出てきたかのようにバベルの塔が露わになる。
「な、なななななななななっ……!」
「それとも……慰めて欲しいっていうのは、そっちの意味か?」
ベッドの中でなら、喜んで慰めてやる。
言外にそう告げてやると……シエルがパクパクと口を動かして、再び硬直した。
「ハハッ!」
俺は初心な反応を笑い飛ばして、さっさと浴室から出ていった。
「あ、あああああ……もう最低ッッッ!」
浴室から怒りの声が上がってきたが……気にすることなく、バスローブを羽織ってその場から立ち去ったのである。
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