24.欲望の権化
会場の外に出ると、時間はすでに夕刻に差しかかっていた。
市場もあちこちで店じまいをしており、道行く人の姿もだいぶ疎らになっている。
「……鬱陶しい人目がなくていい。今くらいの時間だったら歩きやすいな」
この身体に転生して数日。さすがに自分の悪人面にも慣れてきた。人混みを歩いて避けられるよりも、こうしてひっそりとした街を歩く方が気楽である。
後ろに続く奴隷の少女に気を配りながら、やや速足で帰路につく。門限があるわけではなかったが、それでも市場から貴族街にある屋敷までは徒歩で1時間はかかる。日が暮れるまでに帰るに越したことはない。
「~~~~~~~♪」
足早に道を行く俺の後ろを、愉しそうに鼻歌を口ずさみながらウルザが続いてくる。
大きな金棒を肩の上に乗せながらも、その足取りは弾むように軽い。まるでウサギが野山を駆けているようだ。
しかし、そんな楽しそうなステップが不意に止んだ。ウルザが俺の服をつかんで引っ張ってくる。
「ご主人様」
「あ? どうかしたの……!?」
ウルザよりも少し遅れて気がついた。
俺達の進行方向上に3人組の男が道をふさぐように立っている。そして、背後の横道からもぞろぞろと男達が現れる。
「……待ち伏せか。ご苦労なことだ」
いつの間にか周囲の通行人は姿を消している。
人気のない場所を待ち伏せる場所として選んだのか、それとも事前に人払いでもしていたのだろうか。
前方の3人組の後ろから身なりの良い貴族風の男が現れた。
「これはこれは、またお会いしましたなあ!」
「…………?」
ニヤニヤと笑いながら挨拶をしてくる貴族男に、俺は首を傾げた。
「誰だ、お前は」
「っ……! 私のことなど覚えていませんか。流石は1200万もの大金を支払える御方、路傍の石など気にもかけないというわけですかな?」
そんな男の嫌味を受けて、オークション会場で最後まで競ってきた相手であることを思い出した。
「……ああ、オークションでは世話になったな。おかげで思った以上の出費になったぞ」
「それは申し訳ありません。しかし、あれも勝負の世界のことですからご容赦ください」
「その勝負に敗れた負け犬が、いったい何の用だ? おっかないお友達まで連れてきやがって……どこかでお祭りでもあるのかよ」
「……ええ、楽しい楽しいパーティーがあるのですよ。是非とも貴方にもお付き合いいただきたい」
『負け犬』という言葉に口元をピクつかせながらも、男は紳士ぶった口調を崩すことなく言葉を続ける。
「ご相談なのですが……そちらのヒトモドキの奴隷を譲っていただけませんか? 大人しく引き渡してくれるのであれば、手足の骨を折るくらいで許して差し上げます」
「やっぱりそういう用件かよ……予想通りというか、面白みのない奴め」
どうやら、この貴族風の男はウルザのことが諦められなかったようである。わざわざお仲間まで連れてきて、俺を『説得』して譲らせようとしているのだ。
俺に負けたことがよほど腹立たしかったのだろうか、欲に濁った両目は憎悪でギラギラと血走っている。
「ところで、『ヒトモドキ』っていうのは何のことだ? 聞き覚えのない単語だが」
「おや、御存じないのですか? 亜人のことですよ。人間のフリをした出来損ないのモドキ……私の国では一般的な言葉なのですけど、この国では使われていないのですか?」
「さあな……俺が知らないだけかもな」
どちらにしても、腹立たしい言葉である。亜人は人ではなく、人よりも劣った存在だなんて誰が決めたのだ。
装備を与えられてニコニコと満面の笑みを浮かべていたウルザ。この娘が目の前の貴族男よりも劣っているとはとても思えない。
俺は冷ややかな笑みを浮かべながら、鼻を鳴らして吐き捨てる。
「さっきの話だが……論外だな。これはもう俺の女だから譲ってなどやらん。どこの国から来たのかは知らんが、ケツをまくって手ぶらで帰るんだな」
「はうっ! 『俺の女』だなんて感激ですの!」
背後のウルザが感極まった声を上げるが、今は気にしている状況でもないので放っておく。
俺の返答を聞いた貴族男は忌々しそうに表情を歪めていたが……やがてニタリと粘着質な笑みを浮かべた。
「せっかく穏便に済ませてやろうと思ったものを……これだから躾のなっていないガキは嫌いなのです。命が要らないというのであれば貴方には死んでもらうことになりますが、構いませんよねえ?」
貴族男が右手を上げると、手下らしき連中が武器を抜いた。前後から浴びせられる殺気に俺はわずかに目を細める。
「わかっていると思うが、俺も一応は貴族だぞ? この国ではそれなりに地位のある家の人間だ。こんなことをしてタダで済むと思ってないよな?」
「ええ、そうでしょうね。1200万もの大金をポンと支払えるのだから、さぞや資金力のある御家の方なのでしょう」
「だったら……」
「ですが――私も引くことはできないのですよ。その娘がいれば、私はもっと国で高い地位につくことができるのですから!」
男は両手を広げて、陶酔したかのように声のトーンを上げる。
「その美しい少女を……鬼人族という珍しいヒトモドキを捧げれば、きっとあのお方は満足してくださる! 私はあのお方の右腕として取り立てられて、さらに飛躍することができる!」
「あの男……ああ、なるほどな。思い出したよ」
その大げさな話しぶり、芝居がかった挙動には、記憶の琴線に触れるものがあった。
ようやく思い出すことができたが……俺はこの男を知っている。
「お前……クーロン王国の人間だな? そして、お前の言う『あの御方』とはクーロン軍元帥のザジタロスのことだろう?」
「なああああっ!?」
どうやら図星だったらしく、貴族男は驚愕に目を見開いた。
この大げさな仕草はザジタロスの側近の男だ。モブキャラで名前は思い出せないが、2人とも『聖海』に登場した敵キャラだ。
ザジタロス元帥は生粋のロリコン。それも亜人の少女ばかりを好んでいる変態である。
ウルザもまたその男の奴隷として散々な目に遭わされていたのだが……後に『聖海』の主人公に救いだされて仲間になるのだ。
そうか……この男がウルザをザジタロスに差し出すのか。
そして、その手柄によってザジタロスに側近にとして取り立てられるのか。
「話がつながった。すっきりしたよ」
「な、何故だ。どうして私のことを……それよりも、閣下のことを知っているのだ!?」
「さあ、何故だろうな。お前に教えてやる義理などない」
「くっ……正体を知られた以上は捨ておくことなどできませんな! 貴方にはここで死んでいただきます!」
「そうかよ。わかりやすくて助かるな! 戦いだったらこっちの得意分野だ!」
どうして南の国であるクーロン王国の貴族がこの国にいるのかは知らないが……そちらから手を出してくれるのであれば、喜んで反撃させていただこう。
また『聖海』側のシナリオに干渉することになってしまうが、敵キャラを減らすぶんには主人公に迷惑もかかるまい。ウルザをもらった代金代わりに手間を減らしてやろう。
「喜べよ、ウルザ。お前に初仕事が転がってきたぞ。武器を構えろ!」
「はいですの!」
主のために働くのが嬉しくて仕方がない──そんな喜色に満ちた声を上げて、ウルザは大輪の花が開くような笑顔で鬼棍棒を構えたのであった。
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