33.黄金の蜂蜜
尻を鎌で刺されて強制的に俺とのハグを解かれ、ウルザが顔を真っ赤にして激怒する。
「殺す……テメエは皮剥いで喰うですの……!」
「…………」
全身から殺意を放出して鬼棍棒を構えているウルザに、地獄の大公爵であるミュラ・アガレスは俺に抱きかかえられたままの姿勢で冷笑する。
片手で死神の鎌を掲げて『殺れるものならやってみろ』とばかりに鎌の切っ先を揺らす。
殺る気満々で睨み合う二人のロリ少女は俺の半分ほどしか背丈がなかったが、どちらも俺より年上だというのだから笑えない話である。
「コラ、やめろ! 二人とも武器を下げろ!」
俺はミュラを地面に下ろしながら、二人に向けて呼びかける。
「味方同士で殺し合いなんてするんじゃない! 怒るぞ!?」
「むう……」
「…………」
叱りつけてやると、二人は渋々といったふうに武器をしまった。
一触即発の空気から解放され、俺は安堵の溜息をつく。
「ミュラ、急に出てきてどうした? 何か用事でもあったか?」
ミュラは俺が召喚した悪魔だったが、地獄に帰ることなくこの世界に留まり、俺の影の中で暮らしていた。
たまに出てきてお菓子をねだったり、一緒の湯船に浸かってきたりはするものの、基本的に顔を見せることはなかった。
「…………」
ミュラは無表情。無言で俺の顔を見上げる。
相変わらず何を考えているのか全く分からないが……見つめ合っているうちに小さく口を開く。
「……可愛い、好き」
「あ?」
「…………」
再び口を閉ざしたミュラが背中を向けて、クイーンビーが残した巨大な蜂の巣へと歩いていく。
大きな鎌を振り上げて一閃すると、裂けた切れ目からトロリと黄金の蜂蜜が流れ出た。
「…………ん、おいし」
「あ! ズルいですの! ウルザの蜂蜜ですの!」
ウルザが慌てて駆けていき、流れ落ちる蜂蜜を手で掬って口に運ぶ。
「甘いですの、美味ですの、口が蕩けますの! ご主人様、何ですのこの蜂蜜は!?」
「クイーンビーの蜂蜜だからな。やはり普通の蜂蜜とは一味違うようだな」
クイーンビーはこの世界における蜂の女王。最強の昆虫型モンスターの一匹である。
このモンスターが巣で生成した蜂蜜は『世界七大美食』の一つに数えられており、とあるサブクエスト達成のために必要なアイテムだったりする。
俺はマジックバッグから白パンを取り出した。手頃なサイズに千切って蜂蜜を付けて口に運ぶと……極上の甘味が舌の上に広がっていく。
「うっま……!」
この世界に転生してから何度かゲームに登場する料理に舌を唸らされたが、今回は超弩級である。
明らかにこれまで口にしてきた蜂蜜とはコクが違う。とんでもなく濃厚で甘いのに爽やかな風味があって、いくらでも食べることができそうだ。
甘いものが苦手な人間であっても、これならば自然と口に運んでしまうだろう。
世界の美食家を魅了した極上の甘味がここにあった。
「あ、ウルザもパンが欲しいですの!」
「ん」
「ああ、わかったから少し待て。こっちも美味そうだな……試してみるか」
ウルザとミュラが手を差し出してくる。
俺はパンとクラッカー、スコーン、フルーツなどを取り出して、地面に広げたハンカチの上に並べていった。
二人の幼女が次々とそれらを手に取り、蜂蜜と一緒に食べていく。
「あー、ジューシー。まろやかですのー」
「美味…………美味しいわ…………とても美味しいのよ」
ウルザが蜂蜜パンを詰め込み、ほっぺをいっぱいに膨らませて幸せそうな表情をしている。
普段は無口なミュラも珍しく頬を紅潮させており、パクパクと蜂蜜を塗ったクラッカーを齧っていた。
「やっぱり女子は甘い物が好きだな……まあ、俺も嫌いじゃないんだが」
二人の微笑ましい姿を眺めつつ、俺は持ってきた空のビンに蜂蜜を入れていく。
巣に付けた切り口からは採っても採っても蜂蜜が溢れ出していた。ビンに入りきらなかった蜂蜜が地面に落ちてしまうのが勿体ない。
「よし……これだけあれば十分だろう。レヴィエナに良いお土産ができたな」
持っていたビン全てに蜂蜜を詰め込み、俺はマジックバッグに収納する。
レヴィエナに持って帰ったらさぞや喜ぶことだろう。エアリスとナギサにも食べさせてやろう。
「シエル達にはどうするかな……」
普段であれば分けてやる義理はないが、今はレオンがあんなことになって落ち込んでいる。仕方がないから、一瓶だけくれてやるとしよう。
レオンの母親にも渡した方が良いだろう。一宿一飯の恩義もあることだし、手土産にはちょうど良い。
「さて、あとは……」
『ギイッ』
俺が地面に視線を向けると、蜂の巣から這い出した何かが森の中に逃げ込もうとしていた。
子猫ほどの大きさで、白いイモムシのような形状をしたモンスターである。これはクイーンビーの子供。女王蜂の幼虫である。
「フン……」
『ギッ!?』
俺は地面を這って逃げるイモムシに手を伸ばした。
生き残るために必死に逃げるイモムシであったが、流石に逃げ切ることはできずに捕まってしまう。
「悪いな。これだけ貰っておくぞ」
俺は幼虫の背中についていた卵の殻を剥ぎ取り、残った幼虫を地面に逃した。
『ギイ……?』
観念した様子で身体を丸めていた幼虫は怯えたように鳴いていたが、助かったことを知ると慌てて林の中に消えていった。
「ご主人様、それは何ですの?」
「これか? これは『王蜜』という名前のアイテムだ」
王蜜……これはあの幼虫が餌にしていた物であり、いわゆる『ロイヤルゼリー』というものだった。
蜂蜜のような食べ物ではなく、薬の素材になるアイテムで非常に貴重なものなのだ。
「モグモグ、ハグハグ」
「ん……」
「これで目的は達成。はるばる森の中を歩いてきた甲斐があったな」
幸せそうに蜂蜜を食べている二人の幼女を眺めながら、俺はしみじみつぶやくのであった。




