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32.蜂の女王

 森の中を進んでいく俺とウルザであったが、途中で何度かモンスターに遭遇してしまった。


「えい、ですの」


「ギャンッ!」


「やあ、ですの」


「ガアッ!」


「とう、ですの」


「グッパオンッ!」


 しかし、現れるモンスターはウルザの鬼棍棒でことごとく薙ぎ払われていく。

 やる気のない声と共に放たれた打撃がモンスターを打ち砕き、ほとんど抵抗も許さずに叩き潰していく。


「ご主人様、この森の魔物は弱すぎて退屈ですの」


 あまりにもあっさりとやられてしまうモンスターに、ウルザが不満そうに唇を尖らせる。


「仕方がないだろう。ここはどこにでもある普通の森だからな。高難易度のダンジョンみたいに強敵が出てくるわけがない」


 そう……ここはゲームの主人公であるレオンが暮らしている村の隣。つまり、ゲームが開始してすぐに訪れる場所なのだ。

 ここに生息しているモンスターは、チュートリアルダンジョンである『賢人の遊び場』よりもさらに弱い。スラ〇ムとかセミ〇グラしかいないのである。


「むう……あまりにもあっけなさ過ぎて、ウルザの鬼棍棒が泣いてますの。しくしくですの」


「機嫌を直せよ。ほら、ピップルの実が成っている。食っていいぞ」


「あぐ」


 俺は木に成っていた果実をもぎ取り、ウルザの口に押し込んだ。

 ウルザはシャリシャリと音を鳴らして、ピンク色のリンゴのような果実を噛み砕く。


「ん、美味しいですの。甘いですの」


「良かったな。もっと甘い蜂蜜が奥で待っているぞ」


「やる気出ましたの! 頑張りますの!」


 ウルザが「ムンッ!」と気合を入れ直して、ずんずんと森を奥へ奥へと進んでいく。どうやら、強敵と戦うことができない不満を食欲が上回ったようである。

 行軍の足を速めたことで、予想していたよりもやや早く目的地に到着することができた。

 そこには大木にへばりつくようにして、巨大な蜂の巣が君臨していた。


「わあ、でっかいですの!」


「黄金の蜂『ゴールドクイーン』の巣か……なるほど、近くで見ると大したサイズだな」


 ゴールドクイーンの巣は昨日、泊めてもらったレオンの家よりもさらに大きい。

 この巨大な蜂の巣は一日に一回場所を変えるというおかしな性質を持っており、次の日にはまるで別の場所に移動しているだろう。

 ゲームであれば「そういう仕様」で済まされたことだが、現実ではどのように巨大な蜂の巣が移動しているのか興味がなくもない。


「まあ……どうでもいいか。今日中に片付ければ関係ない。ウルザ、待たせたな。お待ちかねの強敵だぞ」


 ゴールドクイーンはこの森にいるモンスターとしてはありえないほどの強さを持っている。

 とはいえ……すでに四天王を二人沈めている俺達にとっては、強敵ではあっても難敵ではない。

 ウルザが一人で戦って、ちょうど良いくらいの強さである。


「わかりましたの! ここはウルザに任せて欲しいですの!」


「ああ、ただし油断はするなよ? 格下相手に油断してやられるとか、一番みっともないパターンだぞ」


「わかってますの。やってやりますの!」


 ウルザが気合を入れて鬼棍棒を振り上げると、同時に近づいてくる敵の存在に気付いたのだろう。巣に開いた穴から人間サイズの蜂が現れた。

 この巨大な巣の主。蜂モンスターの女王であるゴールドクイーンである。


『ビイイイイイイイイイイイイイイイッ!』


 耳障りな羽音を鳴らして、ゴールドクイーンが宙に舞い上がる。

 魔法が使えない戦士職であるウルザの攻撃が届かない位置まで上昇していくが……ウルザは鬼棍棒を下段に構えた。


「えい! ですの!」


 そして、迷うことなく鬼棍棒を投擲する。

 トゲのついた金属製の棍棒が回転しながら、ゴールドクイーンめがけて飛んでいく。


『ビイッ!?』


 それは予想外の攻撃だったのだろう。

 クイーンビーはどうにか空中で鬼棍棒を回避するものの、体勢を崩してわずかに高度を落としてしまう。


「チャンスですの!」


 ウルザが赤い瞳をキラリと輝かせて、力強く地面から跳躍した。

 普通にジャンプしただけではクイーンビーの高度までは届かない。近くにあった木を蹴りつけ、幹のしなりを利用してさらに上へ跳び上がる。


「やああああああああああああああですのっ!」


『ビイイイイイイイイイイイイイイイッ!?』


 三角跳びの要領で高々と跳躍したウルザがクイーンビーにしがみつく。

 巨大な蜂が右へ左へ飛びまわり、背中に抱き着いたウルザのことを必死になって振り落とそうとする。


「ふんっ! ですのっ!」


『ギイッ……!』


 ウルザが力任せにクイーンビーの頭を捻り、そのまま首をねじり切った。

 頭部を失ったクイーンビーが真っ逆さまに落下して、一緒になってウルザも落ちてくる。


「ひゃあ!」


「おいおい……危ないな。言っておけよ、そういうことをするなら」


 俺は落下してきたウルザの身体を受け止めた。

 小さな鬼の少女がすっぽりと腕の中に入ってくる。


「ああ、これはとっても素敵な展開ですの。クセになりそうですの」


 ウルザが夢を見るように頬を紅潮させ、瞳を輝かせた。

 どうやら、お姫様抱っこでのキャッチがお気に召したようである。スリスリと角の生えた頭をこすりつけてくるのが何とも痛い。


「こんなふうにご主人様に抱かれるのも興奮しますの。帰ったら、エアリスさん達に自慢してやりますの」


「……勘弁しろ。アイツらにまでねだられたら、腕がパンパンになるだろうが」


 このことがエアリスやナギサに知られようものなら、自分もやってくれとねだってくるだろう。

 下手をすれば、レヴィエナを含めた恋人全員を順番にお姫様抱っこすることになりかねない。


「ほら、さっさと降りろ」


「嫌ですの。もうちょっとだけ堪能しますの」


「おい、しがみつくなって! 汗がべとつくんだよ!」


 ウルザを地面に下ろそうとするが、しっかりと首に抱き着いてきて離れようとしない。

 小柄なウルザは体重も軽いのでさほど負担ではないものの、いつまでも抱き着かれるのは暑苦しい。森の中を歩いてきたせいで汗もかいていることもあって、正直、少しだけ匂う。

 どうにか下ろそうとするのだが……鬼人族の腕力を無駄に発揮してしがみついてくる。

 まるで木にしがみつく猿のように抱擁を強めるウルザであったが……唐突に俺の影から黒い刃が出てきて、プスリとウルザの尻に突き刺さった


「痛っ!?」


 尻を刺されて、ウルザが慌てて飛びのいた。


「う、ウルザのお尻が刺されましたの!? 敵襲ですの!」


「お前は……」


 ウルザの尻を刺したのは俺ではない。

 犯人は俺の影から顔を出した小柄な少女。巨大な死神の鎌(デスサイズ)を手に現れた小柄な女性。

 かつて俺が召喚して、そのままこちらの世界に居座ってしまった女悪魔。地獄の大公爵であるミュラ・アガレスだった。


「…………」


 数日ぶりに影から出てきたミュラは尻を押さえて悶絶するウルザを鼻で笑い、ここは自分の席だと言わんばかりに俺に抱き着いてきたのである。


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