29.勇者の墓標
「もうこんな時間か……そろそろ、起きるか」
レオンとモニカの実家に宿泊することになった俺であったが……深夜になって、目を覚ました。
俺が眠っているのはレオンが使っていた寝室である。アイツのベッドで眠るのもゾッとしないでもないが……女性陣と同じ部屋で眠るわけにもいかず、仕方がなしにここで休むことになったのだ。
普段はエアリスやナギサ、ウルザらと同衾しているが、この家にはレオンの母親と妹がいる。レオンパーティーの3人もいる。
いくらなんでも、他人の家でしっぽりと熱い夜を明かすわけにはいかなかった。
エアリス達はレオンパーティーと一緒に、モニカとアネモネの部屋に分かれて泊まっている。
「これを装備して……よし、いくか」
俺はアイテムバッグから『暗殺者のマント』という隠密特化の装備を取り出し、身につける。
この防具を装備すると、気配が薄くなってモンスターとエンカウントしづらくなるのだ。
もちろん、人間相手にも効果はある。部屋を抜け出してもバレにくくなるだろう。
「…………」
隠密装備になった俺はそっと部屋から出て、息を殺して廊下を歩いていく。
わざわざ装備まで変えて部屋から抜け出した目的は、女性部屋に忍び込んで夜這いをかけるため……などではもちろんない。
この機会にレオンの母親を襲ってやろうだなんて、ゲームのゼノン・バスカヴィルみたいなことを考えるわけがなかった。
俺が出かける目的は、この村で発生するサブイベントを攻略するためである。
勇者の生まれ故郷であるこの村……コラッジョ村では、いくつかのサブイベントが発生する。
勇者の旅立ち前に発生するイベントもあれば、一定の時間経過後に生じるイベントもあった。
ここに来るまでの道中、シエルらに確認したところ……レオンは学園に入学してから一度も故郷に帰っていないらしい。
夏休みなどの長期休暇も俺に対抗して修行を積んでおり、コラッジョ村に戻ることはなかったそうだ。
「つまり、イベントも放置されているというわけか。貴重なアイテムも」
レオンの家から出て、深夜で静まり返った村の中を歩いていく。
王都であればこの時間でも開いている飲み屋があり、酔っ払いなどがうろついているのだが……この村ではまるで見当たらない。
店や家の戸は閉じられており、村全体が眠っているかのようである。
村はずれに目的の場所はあった。今晩、消化させてもらうイベントの発生ポイントである村の墓地が見えてきた。
「これが伝説の勇者の墓か……」
村はずれにある小さな墓地、そのうちの一つにかつて魔王を封印して、世界を救った勇者が葬られている。
古びた墓石に刻まれた名前はかすれており、もはや何と刻まれていたのか読むこともできない有様だった。
イベントの発生条件は深夜に一人でこの場所を訪れ、伝説の勇者の墓石に触れることである。
「お……出やがったな」
寂れた墓石に触れると、青い燐光のようなものが地面から立ち上ってくる。
燐光は凝って人形になっていき、やがて俺の目の前に一人の男性の姿が現れた。
全身鎧の甲冑を身につけ、腰に剣を差した騎士の姿。
兜で顔を見ることもできないその人物こそが、かつて世界を救った伝説の勇者……ではなく、勇者と一緒に旅をしていた仲間の一人だった。
「亡霊騎士エリア・カーズベル。勇者と一緒に世界を救った人間の末路がこんなざまとは悲しいな」
『…………』
甲冑の騎士は俺の揶揄に応えることなく、腰の剣を抜いて構えた。
問答無用とばかりに剣先をこちらに向けてきて、全身から色濃い殺気を放ってくる。
俺もまた剣を抜いて構えて、騎士と真っ向から相対した。
『まい、る……』
「ああ、眠くなってきたからさっさと来い」
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
亡霊騎士が勢い良く踏み込み、上段に構えた剣を振り下ろしてくる。
兜割のごとき強靭な一撃。まともに喰らってしまえば、ドラゴンの頭蓋だって破壊できることだろう。
かつて勇者と一緒に旅をした騎士の一撃は、まさに必殺の一言に尽きる絶技であった。
「フン……」
『…………!』
だが……俺はそんな一撃を横に身体をずらして回避する。
フェイントも入っていない、ただ速いだけの攻撃など避けるのは難しくはない。
「攻撃パターンはゲームと同じ。つまらない終わり方だったな」
俺は亡霊騎士と身体を交差させながら横薙ぎの斬撃を放った。
対アンデッド用の光属性の剣が亡霊騎士の腰を上下に両断して、一撃で葬った。
『あ、さ……』
亡霊騎士の兜が落ちて、金髪の女性の顔が現れる。
美しく整った相貌を持つ女性は悲しそうに誰かの名前をつぶやくと、そのまま霞のように消えてしまう。
コトリと小さく音が鳴って、地面に何かが落ちた。
ドロップアイテムの指輪である。特殊な効果が付与された貴重なアイテムなのだが、戦闘中に20%の確率で壊れてしまうため、アイテムバッグにストックがなくて手に入れておきたかったのだ。
先ほどの亡霊騎士であったが……かつて伝説の勇者と一緒に旅をしていて、一緒に魔王を討伐した伝説の騎士だった。
どうして彼女がアンデッドになって勇者の墓の前にいたのかというと、彼女こそが勇者を殺害した張本人だからである。
彼女は勇者のことを愛していた。一人の男性として。
しかし、勇者は魔王を倒してから故郷に帰り、幼馴染の女性と結ばれる道を選択した。
女性騎士は勇者のことをあきらめようとしたのだが……できなかった。
妄執と歪んだ愛情に憑りつかれた彼女は悪魔のささやきに惑わされ、村を訪れて勇者を殺害した。そして、愛する男を殺した後で正気に戻り、自らも命を絶つ道を選んだのである。
仲間殺しという罪を犯した彼女は死後も成仏することができず、地上に留まることになってしまった。
アンデッドになった彼女は自分を殺してくれる強者が現れることを願い、勇者の墓の前で待ち構えていたのである。
「……世界を救ってめでたしめでたしとはいかないものだ。エンディングの後も人生は続いていくんだからな」
魔王を倒した後も、勇者は生きていかなければいけない。
俺だってそうだ。
悪役キャラを貫き通して魔王を倒したとしても、その後の人生が順風満帆なものである保証などどこにもない。
この世界はもはやゲームではないのだから。




