2.ナギサの言うことには
三連休の連続更新中。
読み飛ばしにご注意ください。
「ナギサ、いるか?」
「……入ってくれ」
ナギサの私室のドアを叩くと、少ししてから返事が聞こえてきた。
鈴の音のような凛とした声。一ヵ月ぶりに耳にするナギサの声である。
ドアを開けて部屋に入ると……着物に袴、青みがかった黒髪をポニーテールにした女サムライが畳の床に正座して待ち構えており、三つ指をついて深々と頭を下げてくる。
「無事なる御帰還、心よりお待ち申し上げておりました。我が主」
「…………」
「此度の遠征、見事に勝利を飾ったと聞いております。不慣れな異国でありながら平気で敵を打ち滅ぼした武勇、流石にございます」
「……堅苦しい挨拶はいい。さっさと顔を上げろ」
「承知した」
命じられるがままにナギサが顔を上げる
毅然とした意志の強そうな相貌。まっすぐな眼差しは一ヵ月前と少しも変わってはいない。
美しい女剣士の美貌を前にして、俺の頬も自然と緩んでしまう。
「フンッ……久しぶりじゃないか。元気そうで何よりだ」
一ヵ月なんて別に長くもない期間だというのに、不思議と懐かしさに襲われる。
それほどまでに、俺にとってナギサ・セイカイという女性が生活の一部となっていたのかもしれない。
「我が主も壮健そうで何より。それはともかくとして……御免!」
「うおっ!?」
「会いたかったぞ! 我が主よ!」
ナギサが立ち上がるや、俺に抱き着いてきた。
着物越しに豊かな胸部が押しつけられ、迷うことなく唇と唇が衝突する。
「我が主! 我が主……!」
「んぷっ……!? い、いきなり激しすぎるだろ!? 何をサカッてやがるんだテメエは!?」
俺は思わず抗議の声を上げた。
エアリスだって、ここまで手順を飛ばして襲いかかってくることはなかった。
まさか忠義の武士であるところのナギサ・セイカイがここまで激しく求めてくるとは、予想外の展開である。
「むう……申し訳ござらん。しかし、我が主と会えない時間が長く、心配で心配で夜も眠れなかったのだ……」
ナギサが「シュン……」とした様子で肩を落とす。
意外なことであるが……エアリスよりもナギサの方が心労に襲われていたらしい。凛とした瞳が親とはぐれた子供のように頼りないものになる。
「眠ることができた夜も夢に見るのだ。かつて、怨敵であるシンヤ・クシナダによって道場を襲われた日のことを。情けないとは自分でもわかっているのだが……主にもしものことがないかと心配していた」
「ああ……なるほど。そういうことかよ」
ナギサはかつて、シンヤ・クシナダという闇の剣士によって家族と同門の仲間をことごとく殺害されていた。
一度は全てを失くしたことがあるからこそ、俺まで同じようになるのではないかと心配していたのだろう。
「……悪かったな、心配をかけて。もっと早く帰ってくれば良かったな」
「いや……我が主に非はない。全ては私が未熟で愚かなことが原因。許しを請うのはこちらの方だ」
「いや、それは……こんなことを言っていもしょうがないな。さっさと本題に入ろう」
俺は抱き着いているナギサの身体を引き剥がし、畳の上に座った。
バスカヴィル家の屋敷は基本的に洋室であるが、ナギサの部屋だけは畳になっている。家具なども和風のものばかりだ。
これは東方のジパング出身のナギサのために改築したものであり、俺のために身を粉にして働いてくれている女剣士への報酬のつもりだった。
「ゆっくりと再会を祝したいのは山々だが……先に仕事の話を済ませたい。話してくれ」
「……ブレイブのことだな。わかった、報告させてもらう」
全てを問わずともナギサは俺が知りたがっていることを理解して、朗々とした口調で話しだした。
「我が主が留守の間、スレイヤーズ王国ではいくつかの事件が起こった。主な事件は魔物の襲撃……つまり魔王軍の攻撃だ」
魔王が復活してからというもの、魔物の動きが活発になっている。
ゲームでも村や町が襲撃を受けて滅ぼされるイベントがあり、主人公であるレオンが魔物の軍勢に立ち向かって戦っていた。
「だが……魔物への被害は予想よりも軽微だったはずだ。レオンだって、十分に強くなっていた。問題なく対処できたはずだろう?」
俺は机に腕を組んで思案する。
魔物の大量発生による被害は出ているものの、ゲームに比べるとかなり軽い。そうでなければおかしい。
何故なら……ゲームのシナリオから事前に襲撃される村や町を予測して、そこに騎士団や冒険者を送り込んでいたためである。
バスカヴィル家の当主となったことで王家と直接、交渉することができるようになった。俺はバスカヴィル家の密偵を使って得た情報であるとして、襲撃の予想を王家に提供していたのだ。
もちろん、勇者のレオンに対してもさりげなく情報を流している。
あの男も十分に強くなっていた。だからこそ、俺はスレイヤーズ王国を空けてマーフェルン王国に赴くことができたのだから。
「だが……レオンは死んだ。そう聞いている。あの男の身に何が起こったんだ?」
「……四天王だ」
俺の問いにナギサが沈痛な顔で答える。それは俺にとって予想外の返答だった。
「魔王軍の四天王を名乗る男が、軍勢を率いて『アルテリオーレ』という都市に攻め込むと宣戦布告をしたのだ。それを聞いたブレイブはその都市に赴き、そこで魔王軍四天王と対峙。一騎打ちをしたらしい」
「…………!」
アルテリオーレ。
その都市の名前を聞いて、俺はすぐに気がついた。これはゲームでもあった大きな戦いのイベント……『アルテリオーレ防衛戦』だ。
アルテリオーレ防衛戦はゲームの終盤近くで起こる大きな戦闘イベントであり、まだ起こるには時期が早過ぎる。
様々な要因が積み重なって、イベントの発生時期が変わってしまったのだろう。よりにもよって俺の留守中に起こるとは……運が悪い。
「……アルテリオーレでの戦いに参加して、レオンは討ち死にしたのか」
「ああ。私もバスカヴィル家の密偵を率いて、義勇兵として戦いに参加していたのだが……レオンとは別の場所で戦っていた。そして、報告を聞いた時にはすでに遅かった。レオンは敵と刺し違えて死んだらしい」
「……蘇生魔法は使わなかったのか? 事前に宣戦布告があったのであれば、高位の神官だって待機していたはずだ」
「残念ながら、蘇生はできなかったようだ。レオンの死体が見つかっていないのだ」
「死体が見つかっていない……?」
どういう意味だろう。
まさか、魔法で粉々に吹き飛んでしまったのか?
「敵の攻撃によって町の一部が陥没したようだ。割れた地面の下にレオンが吸い込まれたらしい。魔王軍四天王の胸に剣を突き立てた状態で一緒に地面に呑まれたとのことだ」
「地面が陥没……そうか、魔王軍四天王の一人、ボルフェデューダの仕業か」
俺はゲームの知識を思い出して、その名前を口にする。
魔王軍四天王――『炎血将軍』ボルフェデューダ。
四天王における脳筋ポジション。戦闘命、筋肉命のモリモリマッチョ魔族である。
戦闘能力だけならば『邪剣士』シンヤ・クシナダすらも凌駕している、四天王最強の男だった。
厄介さだけで言うのであれば知略において優っているルージャナーガの方が上だが、正面から戦うとなればボルフェデューダほど面倒な敵はいないだろう。
「ここでアイツが出てきやがったか……予想外の展開だな」
シナリオにおいて、最初にレオンと戦う四天王は別の相手だ。
いわゆる『クックック……アイツは四天王の中で最弱』という魔族が最初に戦う四天王である。
とはいえ、すでに後半で戦うはずだったシンヤ・クシナダもルージャナーガも倒していることから考えると、これまでの出来事によってシナリオが変わっていてもおかしくはない。
「確かに、あの男が相手であればレオンが負けてもおかしくはないな……いくら勇者だからといって不死身というわけじゃない」
おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。
そんな身勝手かつ無責任なセリフを吐くつもりはない。
考えても見れば……RPGは何度もゲームオーバーを繰り返し、試行錯誤とレベル上げを繰り返して攻略していくのが定石である。
初見プレイで、攻略本や@ウィキの力も借りずにクリアするのは至難の業。
やられてしまったレオンのことを責めることはできなかった。
「とはいえ……アイツがやられた穴はデカい。まだ代わりの勇者だって見つかってないことだしな」
「……すまない、私もあの戦場にいたはずなのにブレイブを助けられなかった」
思わず沈痛な表情になってしまう俺に、ナギサも悔しそうな顔になる。
俺は手を伸ばして、気にするなとナギサの肩を叩いた。
「お前にレオンのお守りを任せたつもりはない。アイツにはアイツの冒険があったというだけの話だ」
ナギサもアルテリオーレ攻防戦には参加していたが、レオンと一緒にパーティーを組んでいたわけではない。責任を問われるような立場ではなかった。
レオンが敗北したのはレオンの責任。死んだとしても同じである。
そして……責任の所在を問うよりも先に、やらなくてはいけないことがあった。
「レオンが死んだのだとすれば、アイツのいなくなった穴を埋める必要がある。だが……その前に、まずはやることがあるな」
俺は畳から立ち上がった。
隣国の旅から帰ってきたばかり。すでに日も暮れているが……また外出することになってしまった。
まったく、世話が焼けると舌打ちを一つ。
「交易都市アルテリオーレに向かう。本当にレオンが死んでいるのか確かめるぞ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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