80.後始末と熱帯夜
神殿の最高責任者である導師ルダナガが謀反を起こし、邪悪な神に巫女リューナを差しだそうとした。
それにいち早く気がついた王女シャクナがリューナを救いだし、ルダナガは国王率いる騎士団と勇敢な自警団によって討伐されることになった。
ルダナガの妖術によって操られていた人間は残らず正気を取り戻し、自らの意思で従っていた者達も捕縛されている。
かくして、一件落着かと思われたのだが……それで全てが丸く収まるほど世の中は甘くはない。
戦争よりも戦後処理の方がずっと時間がかかるもの。
ルダナガによって好き勝手に弄ばれていた国家の再建には、長い時間を要することだろう。
また、国王や貴族らの責任も軽くはない。
妖術によって操られていたとはいえ、彼らは国民が飢えるほどの重税を課し、逆らう人間は容赦なく処罰してきた。
圧政によって命を落とした人間は少なくはない。彼らの友人や家族が、王に憎しみを向けるのは当然である。
王自身もまた、自らの責任を重くとらえていた。
操られ、自分の娘を殺す手伝いをしてしまったのだ。人並みに娘を愛していた王は自分の愚かさに酷く落胆した。
連日にわたる話し合いの結果、国王は王位を自ら返上することになった。
そして、新王として事態鎮圧の功労者である王女シャクナ・マーフェルンが選ばれたのである。
○ ○ ○
「女王の即位に議会の設立……随分と思い切ったことをしたものだな」
広々とした部屋の中央。
フカフカの絨毯の上でくつろぎながら、俺は感心半分、呆れ半分でつぶやいた。
ルージャナーガの撃破から2週間。
俺はいまだにマーフェルン王国に滞在しており、王宮に国賓として招かれていた。
王宮内に部屋を与えられ、豪勢な料理と酒を振る舞われ、酒池肉林と言わんばかりに贅沢な暮らしをさせられている。
念のために補足しておくが……これらの待遇は俺が求めたことではない。
表向き、導師の討伐はシャクナと国王がやったことになっているが、俺もまた功労者の一人として数えられている。
隣国であるスレイヤーズ王国の貴族である俺が、国家存亡の危機を救ったのだ。「よくやった」と誉められて終わりなわけがない。
正式な恩賞が決まるまでの間、最高待遇の国賓としてもてなされることになったのである。
「あら、議会の設立はバスカヴィル様が提案されたんですよね? そんなに驚くことなんですか?」
不思議そうに首を傾げたのは、銀製の杯に酒を注いでいたリューナである。
王女にして巫女。この国で五指に入る権力者であるはずのリューナであったが、自ら俺の世話役を買って出ており、今日も饗応役として食事の準備をしていた。
酒を注ぎ、料理を皿に盛って差し出してくる姿は、盲目であることを忘れそうになるほど器用である。
ちなみに、晩餐の席には俺とリューナしかいない。
シャクナは王族としての仕事があり、ウルザとレヴィエナ、そして、新しく加わったもう一人の仲間も何故か席を外していた。
「落としどころがないと、いつまで経っても国に帰れないからな。だが……こんな短期間で議会制が導入できるなんて思わなかったよ。普通はもっと揉めるはずなんだがな」
王が責任をとって退位することはすぐに決まったのだが、シャクナが新たな国王として即位することには反対意見が上がった。
女性が王になることを不安がっているというのもあったが……一部の者達が、それ以前に王制そのものの廃止するべきだ訴えたのだ。
王制廃止を叫んだのは革命軍のメンバー達。彼らは導師討伐を手伝ったことによって得た発言力を行使し、全力で王家の解体を主張した。
『一部の特権階級が権力を握っていれば、また同じことが起こってしまう。いっそのこと、王ではなく民衆が国を動かすべきだ!』
革命軍の主張は一部の豪商や傭兵、聖職者の支持を得て、王家や貴族らにも無視できないものになっていた。
武力で鎮圧することは簡単だが……シャクナはそれに首を振った。
せっかく導師の悪意を乗り越えて平和を手にしたのに、戦火に国をさらすことを厭うたのである。
平行線のまま話し合いは紛糾し……最終的に、状況を見かねた俺が提案した議会制の導入によって落ち着くことになった。
王家が君臨することは変わらないが、立法機関として有力者を集めた議会を設けることで王家と貴族の権力を制限する。
絶対王制が強いこの世界において、初めて導入される議会政治の誕生だった。
「君主制は国王が暴走してしまうと何もかもが崩れてしまう。かといって、民主主義を導入できるほど、この国の人間は政治に関心があるわけでもない。国王が君臨しつつ、一部の有識者による議会が王の暴走をセーブする。この辺りが落としどころだろうよ」
有力者による議会であれば、中世ヨーロッパにも存在していた。
この国でもどうにか受け入れることができるだろう。
「話し合いがまとまったのなら、俺がこの国に留まる理由もないな。ご褒美をもらったら、さっさと引き上げるとしよう」
「……やはり帰ってしまうのですね、バスカヴィル様」
リューナが寂しそうに言う。
俺に対する好意を隠そうともしないリューナであったが、彼女にもまた王女として、巫女としての役割がある。俺を追いかけてスレイヤーズ王国についていくわけにはいかない。
そして、同じように俺にも譲れないものがあった。
ルージャナーガを仕留めたとはいえ、まだ四天王は二人残っている。肝心の魔王だって健在だ。
『バスカヴィルの魔犬』としての責務もあることだし……マーフェルン王国に残るわけにはいかなかった。
「今生の別れというわけでもないだろう。時間があったら遊びに来よう」
「絶対に来てください……待っていますから」
「む……」
リューナがそっと身体を寄せてくる。
胸に密着する柔らかな感触。鼻孔をくすぐる甘い匂い。
驚いた拍子に銀製の盃から酒がこぼれるが、リューナは気にすることなく俺の身体に体重を預けてきた。
「おい……リューナ、近いぞ」
「良いではありませんか……別れの日が近いのですから」
「だからって……なあっ!?」
リューナが身体に羽織っていたケープを脱ぐ。
止める間もなく……いや、止める気になれなかったのかもしれない。
ケープの下に着ているのはビキニような下着。水色で金糸の飾りが縫い込まれたエキゾチックなデザインのものである。。
扇情的な下着が目に飛び込んできて、ゴクリと喉が鳴ってしまう。
「本当はずっとこうしたかったのです……バスカヴィル様だって、わかっていましたよね?」
「いや、それは……」
「フフッ……意外と奥手なんですね? 女がここまでしているのに恥をかかせるおつもりですか?」
「…………!」
ここまで言われてしまえば、さすがに堪えきれなくなる。
俺はリューナの両肩をつかんで、絨毯の上に押し倒そうとして……その瞬間、バンッと音を立てて部屋の扉が開かれた。
「そこまでよ! 二人とも!」
「わあっ!?」
タイミングを見計らったように飛び込んできたのは、やっぱりな人物。リューナを溺愛してやまないお姉ちゃんーーシャクナ・マーフェルンである。
ここでシャクナが飛び込んでくるのは予想通りというか、お決まりの展開。
予想外だったのは……シャクナまでもがリューナと同じような下着姿だったことである。
「……って、なんて格好してやがる!? その格好で廊下を走ってきたのか!?」
「そんなわけないでしょう! 部屋の前で脱いだのよ!」
「だからどうした!? そもそも、どうして下着になる必要があるんだ!」
「それは……ああ、もう! リューナ、お姉ちゃんが来るまで待ってなさいって言ったでしょ!?」
「ごめんなさい、お姉さま」
叱り飛ばす姉に、リューナがペロッと舌を出した。
まさか、リューナはシャクナの登場を知っていたというのか。
「はい。この国を救ってくれたお礼に、バスカヴィル様に私達を抱いてもらおうと話していたんですよ」
「勘違いしないでよね! 私はリューナの負担を減らすためであって、アンタのことなんて何とも思ってないんだからね!」
「ああ、そうかよ……なるほどな。王女姉妹の身体をいただけるのなら、国一つに匹敵するご褒美だな!」
俺はヤケクソのように叫んだ。
マーフェルン姉妹はそろって褐色肌の身体を存分にさらしていた。
匂い立つような極上の身体は、確かに一国を救ったことの報酬として十分。金や領土よりもよっぽど価値があるだろう。
「今晩だけは私達に譲って欲しくて、レヴィエナさん達には別室に移ってもらったんですよ?」
「道理で顔を見せないと思ったら……アイツら、余計な気を回しやがって」
ウルザもレヴィエナも気を遣ってくれたようだ。
最初くらいは二人きり、というか三人きりにしてあげたのだろう。
「さあ、煮るなり焼くなり好きにすればいいわ! さっさと終わらせなさいよね!」
「私の身体もどうぞお召し上がりください……フフッ、私は知っているんですよ。こういうの『姉妹丼』というのですよね?」
「間違ってないが……どこでそんな言葉を覚えたんだか」
シャクナとリューナが並んで絨毯に横たわった。
極上の美女が並んで横になり、「さあ、食べろ」と俺のことを誘っている。
まさか本当に『姉妹丼』などというものに巡り会えるとは思わなかったが……俺は覚悟を決めて、二人の身体に覆い被さった。
砂漠の夜は昼間と比べて酷く冷えるものだが……その日だけは、驚くほどに熱い夜になったのである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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