78.必殺と決着
やってきた援軍、召喚した悪魔に戦場を任せた俺達は『蛇神の祭壇』にたどり着いた。
再びやってきた祭壇には二人の人間がいる。
否、厳密に言うのであれば人間ではなく、邪神の眷属と悪魔だが。
「HYU! 戻ってきてくれると信じてたぜ、マイハニー!」
待ち構えていたのは地獄の騎士ヴェイルーン。
まるで俺が戻ってくるのを予想していたかのように、ビシリと謎のポーズを決めて出迎える。
ヴェイルーンから少し離れた場所にルージャナーガが両膝をついてた。
両手を組んで座り込んだルージャナーガであったが……禿頭の老人は先ほどよりも十年以上も老け込んでおり、顔面いっぱいがシワクチャになっている。
邪神の姿はないが……石造りの祭壇の上には黒いモヤが凝っていた。こじ開けられた次元の裂け目は閉じておらず、穴の向こうから邪神がこちらを覗いている。
「グヌウ……巫女は、おらぬのか……いったい、我らが神の供物をどこにやった……!」
ルージャナーガが祈りを捧げながら、憎々しげにうめく。
プルプルと小刻みに痙攣しているルージャナーガの身体からは魔力が漏れており、天に向かって伸びている。
やはりこの怪僧が皆既日食を維持しているらしい。
先ほどよりも老け込んでいるのは、天体運動に干渉するような大魔法を発動させたことで、魔力だけではなく体力や気力まで消耗してしまったからだろう。
「おのれ……おのれ……! ようやく、我が主の帰還が叶おうとしているのに、よくも邪魔を……! ヴェイルーン、どうにかせぬか……! その男を殺して、巫女を奪い返すのだ……!」
「FO……申し訳ねえが、さっき軍勢を呼び寄せた時点でアンタとの契約は切れてるんだよNA。もらった対価の分はきっちり働いたZE?」
ルージャナーガの懇願にヴェイルーンがそっけなく肩をすくめる。
「俺様ちゃんは悪魔だから、もらった報酬以上は働かない主義なんだZE。契約はすでに終わっている。地獄に帰ることなくここに留まっているのは、ただの個人的な私情だから勘違いするなYO」
ヴェイルーンが俺を見やり、チロリと唇を舐めた。
「わかっているよNA、マイハニー? 心躍るダンスの時間だ。決着をつけようZE!」
「望むところだ。ぶち殺して、地獄に叩き落としてやるよ!」
「FO、いい返事DA! 正直、出会った時からこうなることはわかっていたZE! 俺達は太陽と月。惹かれ合いながらも決して交わることのない平行線! 地面とリンゴの果実が引き合いながら、決して相容れることのない運命なんだからNA!」
「……ご主人様。なんですの、あのキモイ男は」
「何と言いますか……見ているだけで寒気がしてきますね」
ウルザとレヴィエナが不気味そうに顔を引きつらせる。
やはり、俺以外の目から見ても気持ちの悪い男のようだ。確実にここで縁を切っておかなければなるまい。
「それじゃあ、楽しい愉しい性交を始めようZE! 愛しい愛しいマイハニー、抱いて殺して犯してやるYO!」
「五月蠅い、死ね!」
「FOOOOOOOOO!?」
瞬間、俺はヴェイルーンの背中を斬りつけた。
服も防具も身に着けていな無防備な背中を刃で斬り裂く。
「瞬間移動かよ! 容赦ないNA!」
ヴェイルーンが俺から距離を取りながら叫ぶ。
俺は肩をすくめて、皮肉そうに唇を釣り上げる。
「持ってるかよ、そんなもん。さっきも見たのに忘れたのかよ?」
「それは……!」
俺の左手には七色のラインが入った羽が握られている。
マーフェルン王国限定であらゆる場所に転移することができるアイテム――ホルスの羽である。
先ほど、シャクナを逃がすために渡したはずの転移アイテムであったが……それと全く同じものが俺の手に握られていた。
そう……ホルスの羽は最初から二本あったのである。
「サロモンからもらい受けた一本。周回アイテムとして引き継ぎ、ウルザ達に預けてあった一本。怪鳥に攫われる時にマジックバッグを落としたりしなければ、こんな面倒なことにはなっていなかったのにな」
俺は苦々しくつぶやく。
砂漠で怪鳥に連れ攫われる際、手持ちの装備やアイテムを入れていたマジックバッグを落としてしまった。
ウルザとレヴィエナがちゃんと回収してくれたためなくすようなことはなかったが……あの時にバッグを落とさなければ、中に入っているホルスの羽を使って怪鳥の嘴からも脱出できただろう。
「そうなっていたら、シャクナとリューナにも出会っていなかったか……人生というのは何がどう転ぶかわかったものじゃないよな!」
「そういえば、さっきもその羽を使って逃げたんだったNA! 俺様ちゃんとしたことが油断していたZE!」
「転移からの攻撃……お前にできることが俺にできないと思ったのかよ!」
再びヴェイルーンの眼前に転移して斬撃を繰り出す。
ヴェイルーンが転移で攻撃を躱す。俺もすぐさま転移して追いかける。
反撃とばかりにヴェイルーンのほうも転移で背後に回り込んで攻撃してくるが、俺も羽で相手の背後に転移した。
「喰らえ!」
「おっとおっとおっとOH! 簡単に犯られねえYO!」
ヴェイルーンが転移して攻撃を回避する。
予想通りの行動。わずかにできた戦いの間隙を縫って、背後の仲間に向けて叫ぶ。
「ウルザ、レヴィエナ! コイツは俺に任せて爺を仕留めろ!」
「了解ですの!」
「わかりました!」
仲間に指示を飛ばしながら、再度ヴェイルーンに向けて斬りかかる。
ルージャナーガを倒す邪魔はさせない。地獄の騎士はここで確実に殺る。
「おのれ……貴様らなんぞにやられるものか!」
「ご主人様の敵はぶっ殺ですの!」
「ゼノン坊ちゃまの命令により始末します! それがメイドの務め!」
ウルザとレヴィエナが魔法で皆既日食を留めているルージャナーガに向かっていく。
魔王軍四天王であるルージャナーガは強力な敵であったが、大魔法の行使によって確実に疲労している。
今ならば、二人でも十分に勝つことができるだろう。
「俺は変態悪魔の滅殺に専念する! そういうわけで……死んでいいぞ!」
「HAHAHAHAHAHA! いいぜえ、最高じゃねえかYO! その調子でギアを上げてこうZE!」
転移して攻撃。
転移して回避。
また転移して攻撃。そして、回避。
何度も何度も、数えきれないほど転移を繰り返して攻撃の応酬を繰り広げる。
一進一退。どちらも一歩も譲ることのない激しい攻防。剣と腕がぶつかり合い、絶え間なく火花が飛び散った。
「おいおい、おいおい! とんでもなくCOOLじゃねえか!」
「チッ……さすがに簡単に殺られてはくれねえか」
転移と攻撃を繰り返しながら、俺は大きく舌打ちをした。
さすがは地獄の騎士。転移能力を戦いに組み込んだくらいでは倒されてくれないらしい。
「とはいえ……勝負は時間の問題だよな! 疲れが見えてるぜ」
「悪魔の俺様ちゃんが疲れるだなんて…………あ?」
幾度となく転移による攻防を繰り返すヴェイルーンであったが……その身体にピシリと罅割れが刻み込まれる。
「魔力切れかYO……良いところだってのに、無粋なタイミングじゃねえNO……!」
「契約が切れた状態で無茶をし過ぎたな。連続して転移を使い過ぎたんじゃないか?」
「なるほどNA! これがハニーの狙いだったわけかYO!」
『ダンブレ』の世界において、召喚魔法によって呼び出されたモンスターの身体は召喚者の魔力によって構成されている。魔力体である彼らにとってHP、MPは同じ数値。
合わさったエネルギー値を消耗しきることで強制的に元の世界に戻されてしまうのだ。
彼らにとってHPとMPは共通のステータスである。魔法を使ってMPを消費することは命を削られることと同義だった。
「すでにルージャナーガとの契約は解除されていると言ったな? つまり、主人からの魔力供給はもうないわけだ。そんな状態で好き勝手に魔法を使いまくれば、どうなるかなんて明白だよな!」
「HA! そんなことを企んでたとは、とんだ小悪魔ちゃんだZE! ま、そういうところもハニーの魅力なんだけどNA!」
そんなふうに嘯いているうちにも、ヴェイルーンの身体が塩の塊のように崩れている。
残された時間は長くはない。すでに俺の勝利は決定していた。
「だが……それで簡単に終わらねえのが俺様ちゃんだZE! 死ぬ前の最期のセッションDA! 熱いダンスを踊ろうZEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
「コイツ……まだこんな力を……!」
ヴェイルーンが右手を前方に突き出す。
掌に膨大な量の魔力が集約されていき、まるで超新星の爆発のような閃光が生じていく。
同時に、加速度的にヴェイルーンの身体が塩となって崩れていった。どうやら、全身の魔力を絞り出して一つの攻撃に込めているようだ。
「正真正銘、最後の攻撃DA! まさか逃げたりしねえよNA!」
「チッ……」
俺はちらりと背後を確認する。
そこでは今まさにウルザとレヴィエナがルージャナーガを追い詰めている最中だった。
羽を使って回避してしまえば、ヴェイルーンの攻撃は二人に当たってしまうかもしれない。
「いいぜ……相手になってやる!」
オーバーリミッツ『冥将獄衣』
地獄の底から噴き出してきたような邪悪なオーラが身体を包み込む。
すでにクールタイムは終了している。お望み通り、最高の切り札で迎え撃ってやろう。
「命を燃やすZEEEEEEEEEEEEEEEEE! 吹き荒れろ、地獄の灼熱――『ゲヘナ・カノン』!」
「秘奥義――『冥王斬神剣』!」
現在、使うことができる最高の技を繰り出した。
ヴェイルーンの掌から放たれた光線。俺の剣から繰り出された漆黒の斬撃が真っ向からぶつかり合う。
衝突し、打ち消し合う二つのエネルギー。
大気を揺らし、激しい砂塵を巻き上げながら爆発が生じる。
必殺と必殺のぶつかり合い。
死闘を制して、最終的に勝利したのは……?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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