77.ゾディアックの小さな鍵
革命軍・騎士団の混成軍。魔物・人間の混成軍。
皆既日食によって顔を隠した太陽の下で、二つの軍勢がぶつかり合う。
兵数は後者の方が大きかったが、士気は前者が優勢である。
両軍は一進一退の熾烈な戦いを繰り広げ、どちらも譲ることなく衝突していた。
「ご主人様―、来ましたの―!」
「ゼノン坊ちゃまー!」
闘っている兵士をかき分けるようにして、ウルザとレヴィエナがこちらに向かって駆けてくる。
革命軍を引っ張り出すという大金星を挙げた仲間が俺のところにやってきた。
「よくやってくれたな。偉いぞ」
「えへへ~、ご主人様に褒められましたの~」
「バスカヴィル家の使用人として当然のことをしたまでです。坊ちゃまこそ、ご無事で何よりでございます」
主人からのお褒めの言葉にウルザは照れ笑いをする。
レヴィエナは澄ました微笑を浮かべているのだが、ピクピクと唇の端を震わせており喜びを隠しきれていない。
「敵の首魁を討つ。ついて来い!」
「わかりましたの! ご主人様の敵はぶっ殺ですの!」
「はい、いい加減に砂漠の旅にも飽きましたし……決着をつけましょう!」
二人の仲間を引き連れて『蛇神の祭壇』へと戻ろうとする。
こちらにも魔物や洗脳された兵士が向かってくるが、いずれも低レベルの敵だった。
力ずくで切り払いながら、祭壇への活路を拓いていく。
「うわあああああああああああああああっ!?」
「ッ……!」
だが……そこで敵の増援が現れた。
予想外の方向から、砂漠の砂の下から現れた巨大な何かが味方の兵士に喰らいつく。
「ぎゃああああああああああああああああっ!?」
「ば、化け物だああああああああああああっ!?」
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
「あれは……サンドワームか!?」
砂の下から飛び出してきたのはサンドワームと呼ばれるモンスター。
全長30メートルほどの巨大なイモムシであり、先端にある巨大な口で兵士を捕まえてバリボリと咀嚼している。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
おまけに2体目のサンドワームが砂から飛び出してきた。
サンドワームはこちら側の兵士だけを襲って捕食している。偶然現れた野生のモンスターではない。ルージャナーガに使役されているのだろう。
地中からどんどんサンドワームが現れ、最終的には五匹まで数を増やした。
「チッ……ここにきて厄介な魔物が出やがって!」
俺は大きく舌打ちをした。
サンドワームは砂漠に登場するモンスターの中では「ファルコン・ファラオ」と並んで強力なもの。
雑魚敵としてエンカウントするくせに、後半のボスモンスター並みの戦闘能力があるのだ。
「このまま放っておいたら味方の兵士が全滅だな。かといって、俺達が相手をするのも面倒臭い」
サンドワームを倒すことは可能である。
しかし、時間と体力を余計に消耗してしまい、ルージャナーガを取り逃がしてしまう恐れがあった。
今は皆既日食をつなぎとめるためにその場にとどまっているだろうが……巫女を取り返せないとわかれば、迷わず撤退して雲隠れすることだろう。
「どうしますの、ご主人様!? 戦いますの!?」
「こんなデカブツを相手にしている暇はない。となれば……手段は一つだな」
俺はポケットに入れていたとあるアイテムを取り出した。
ホルスの羽と同じく『王墓』で確保したクリア報酬の一つ。金色の玉璽……つまりは印鑑である。
「やはり切り札というのは確保しておくものだな。『ゾディアックの小さな鍵』……使い時はここか!」
俺は取り出した玉璽を前方に投げ捨てた。
金色の玉璽が粉々に砕け散り、地面が真っ赤に輝いて魔方陣が出現する。
幾何学的な文様がいくつも描かれた魔法陣から膨大な量の魔力が放出され……魔方陣の中央に黒い影が揺らめいた。
「現れよ、地獄の悪魔! 敵を駆逐しろ!」
真っ赤に輝く魔方陣の中から人影が現れた。
赤いロングヘア―。ルビー色の瞳孔。身に着けているのは凝った意匠のレースがあしらわれた黒いドレス。
いわゆるゴシックロリータと呼ばれる衣装を身に着けて現れたのは、小学生くらいの年齢の少女だった。
派手な格好をした謎の少女であったが……その右手には巨大な武器が握られている。
光を反射しない漆黒の武器。身長ほどの大きさの巨大な鎌。
「…………」
『デスサイズ』と呼ばれる死神の鎌を手にした幼女は、魔方陣の中から無言で俺のことを見つめている。
突然、現れた奇妙な幼女にウルザとレヴィエナが驚いて手を引いてきた。
「ム……ウルザとおんなじロリ少女! まさかの強敵出現ですの!」
「ゼノン坊ちゃま、先ほどのアイテムはいったい……?」
「……驚いたな。とんでもないものを引いちまったらしい」
二人の問いに答えることなく、俺は自分の引きの強さに感嘆する。
今しがた使用したアイテム――『ゾディアックの小さな鍵』は悪魔系のボスモンスターを召喚するという効力があるアイテムだった。
使い捨てで一度使用したら壊れてしまうのだが……強力なモンスターを呼び出して、戦闘終了まで味方キャラクターとして使役することができる。
召喚可能な悪魔系モンスターは72体。どれが召喚されるかはランダム。
その中にはスライム並みの雑魚モンスターも混じっているため、ギャンブル要素が強いのだが……今回、引いたのはとんでもなく強い力を持った最強の悪魔。
愛らしい容姿からプレイヤーに根強い支持を受け、何人ものファンが彼女と会うために何百回もセーブ・アンド・ロードを繰り返したという。
「地獄の大公爵――ミュラ・アガレス。まさかお前が出てくるとはな!」
「ん……」
ゴスロリ服の赤髪少女がぼんやりと眠そうな瞳でこちらを見る。
早く命令を出せと催促しているような目だったが……不意にその双眸が見開かれた。
「……………………かわいい」
「あ?」
「かわいい…………すき」
可愛いというのは……まさか俺に対して言っているのだろうか?
ミュラがデスサイズを持ったままテクテクと歩いてきた。そのまま抱き着いて来ようとするが……ウルザがミュラの前に立ちふさがって進路をふさぐ。
「ムカッ! ご主人様には近寄らせませんの!」
「ん…………どいて」
「どきませんの! ご主人様の寵愛を受けるロリ少女はウルザだけで十分ですの! ポッと出のゲストキャラに椅子を譲ったりはしませんの!」
「むう……」
ウルザとミュラが正面から睨み合う。
烈火の瞳で睨むウルザはトゲ付きの金棒を持っていて、極寒の瞳で睨むミュラは死神の鎌を持っている。
物騒な武器を持った二人のロリ少女がバチバチと視線の火花を散らせた。
「ぎゃああああああああああああっ! 喰われるううううううううううっ!」
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
「いや、ケンカしている場合じゃねえ! こっちは時間がないんだよ!」
俺は今にも殺し合いを始めそうな空気になっているロリ少女の間に割って入る。
「あうっ!」
「んんっ……」
「落ち着け、ウルザ。コイツは味方だ! そして……大公ミュラ・アガレス。お前は『鍵』の力で俺に使役されているはず。命令をきいてもらうぞ! この場にいる敵を駆逐しろ。あの魔物と洗脳されている人間達だ!」
「…………りょ」
ミュラが小さく頷いた。どうやら命令をきいてくれるらしい。
ゴスロリドレスを翻して振り返って、人間を噛み砕いているサンドワームめがけて大鎌を振り上げた。
「ん……」
次の瞬間、一陣の風が吹き抜けた。
サンドワームの首が一瞬で切断され、先ほどまでそばにいたはずのミュラが斬殺されたサンドワームの向こう側に移動する。
少しも動きが見えなかった。まるで瞬間移動したようである。
ミュラはまさにデスサイズを振り下ろした体勢となっており、サンドワームの首を斬り落としたのが彼女であることがわかった。
「速いですの!?」
「いや……速さとは違う。ミュラの攻撃は俺にだって回避不可だ」
俺は改めて、とんでもない奴を召喚してしまったと溜息をついた。
ミュラにはある特殊能力がある。それこそが彼女を最強の召喚獣たらしめる要因であった。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
「ゼノン坊ちゃま、新手です! またサンドワームが出てきました!」
レヴィエナが慌てて声を上げる。
しかし、俺は冷静さを保ったまま踵を返す。
「問題ない。ここはミュラに任せてルージャナーガを殺りにいくぞ」
「ですが……いくら何でも、彼女一人に任せてしまうのは無理があるのでは?」
「問題ないと言っただろう……アイツは召喚されるモンスターとしては最上位の一体。序列2位の大悪魔だからな」
悪魔の大公爵――ミュラ・アガレス。
彼女を召喚するアイテムは追加シナリオでしか手に入らないため、試したことはないが……彼女は魔王よりも強いのではとプレイヤーから噂されている最強の召喚獣。
いくら強力なモンスターであるとはいえ、サンドワームごときに後れを取ることはなかった。
「行くぞ、ルージャナーガを逃がすな!」
「わかりました!」
「はいですの!」
レヴィエナとウルザを率いて、『蛇神の祭壇』に向けて走っていく。
そんな俺の背中を……その場に残されたミュラがジッと見送っていた。
〇 〇 〇
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
俺――ゼノン・バスカヴィルと仲間二人が走り去る。
同時に、ミュラめがけてサンドワームが殺到してきた。
一匹は倒されたものの、まだ四匹のサンドワームが残っている。
サンドワームは本能的にミュラが最大の脅威であると判断したのか、一斉にミュラに喰らいついてきた。
「………………かわいい、まじ、おにかわ」
ミュラはサンドワームのことなど気にすることはない。ゼノン・バスカヴィルの背中を見つめており、避けることすらしない。
独特の感性を持っている悪魔の目には、ゼノン・バスカヴィルの悪人顔はとんでもない美少年のように見えるのだ。
「…………」
ミュラが胸に手を当てると、トクントクンと心臓が早鐘を打っている。
顔が熱い。胸が苦しい。それなのに躍り出したくなるほど心が軽い。ゼノンの顔を頭に思い浮かべるだけで幸福な気持ちが満ちていく。
万単位の年月を生きているはずのミュラであったが……こんなことは生まれて初めてである。
「すき……かわいい……すき……」
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
ミュラが胸を押さえて自分の世界に入っていると……いよいよサンドワームの口が眼前に迫ってくる。
今にも自分を呑み込もうとしている巨大な口を前にして、ようやくミュラが動き出す。
「ん……たいむ・すとっぷ」
瞬間、世界が停止する。
四匹のサンドワームの動きが停止した。まるで凍りついているかのように。
これこそが悪魔の大公爵ミュラ・アガレスの能力。
時間停止――あらゆるマンガやアニメにおいて最強の異能として位置づけられている力だった。
「ん……」
停止した時間の中、ミュラがデスサイズを一閃させる。
四匹のサンドワームがまとめて切断され、真っ二つになった巨大な胴体が砂漠に落ちた。
再び時間が動き出すと、断末魔すら上げる暇なく絶命したサンドワームの残骸から紫色の体液が流れ出る。
「ん……」
ミュラは満足そうにうなずいて、次なる獲物の姿を探した。
その場には二つの勢力がいて争っているようだが……ミュラにはどちらが召喚主であるゼノンの味方であるかなど理解できない。
全員首を落としてしまうという手もあるが……味方を殺したら、ゼノンに叱られてしまうかもしれない。
一目惚れしたばかりの男に嫌われるなど、考えただけで胸が張り裂けそうになる。
「ん……決めた……」
とりあえず、人間は残して魔物だけ倒してしまおう。
ミュラはそう決めて、可愛いマスターのためにデスサイズを振り上げるのであった。
同作者の連載作品『学園クエスト』がコミカライズしています。
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