75.救出
「バスカヴィル様……ああ、バスカヴィル様!」
リューナが感極まったように涙をこぼしながら抱き着いてくる。
温かく柔らかな感触。生きた人間の女性の感触。
しがみついてくるリューナを抱きしめ返し、俺は自分が間に合ったことの実感を得る。
「必ずや助けに来てくださると信じていました。私の救世主。最愛の君……」
「ああ、待たせたな。ちょっと寄り道してたせいで遅くなった……って、鬱陶しいな」
俺はリューナの腰を抱きながら……こちらに無数の手を伸ばしてくる無粋な邪神を睨みつける。
「(jAY9gq「g」「q:qgg:;エゴ「―0う5「06うd\hz_g」!!」
「五月蠅えよ。さっさと失せろ!」
オーバーリミッツ『冥将獄衣』を身に纏ったまま、俺は渾身の一撃を繰り出した。
剣から噴き出した邪悪なオーラが邪神イルヤンカ・ノブルナーガの口から伸びた無数の腕を斬り、大蛇の額から生えている涸れた女性の肉体を両断する。
「フンッ!」
「‘G」WMGHI+WF’B*}G=EW{GOTEyらgGOE:7……!}」
邪神が声にならない絶叫を上げる。
長い封印で弱体化していたとはいえ……人間を超越した存在である神が人間の一撃によって怯んでいた。
「馬鹿な……有り得ん! たかが人間ごときの攻撃で我が主が……!?」
導師ルダナガ……否、魔王軍四天王ルージャナーガが信じられないとばかりに表情を歪める。
愕然とするのも当然だろう。本来であれば、邪神にとって人の攻撃くらい痛くも痒くもないはずだ。
しかし……俺は現在、オーバーリミッツを発動させている。
主人公であるレオン・ブレイブ。勇者であるあの男のオーバーリミッツの対極に位置するこの奥義を。
「俺のオーバーリミッツの効力はステータス値の倍加。そして……神の眷属に対する特攻の付与だ」
本来であれば勇者や聖人、天使といった特殊な敵を相手にするための技なのだが……神の眷属に有効ならば、神そのものにだって通用するだろう。
この状況にうってつけの大技。あまりにもうってつけ過ぎて、まるで背後で糸を引いている何者かがいるのではないかと疑ってしまうほどだ。
「誰かが俺を邪神と戦わせるためにこの力を与えた……ハッ! どうでもいいね!」
俺は尖った犬歯を剥き出しにして笑い、漆黒の斬撃を撃ち放つ。
「誰が仕組んだことだろうが知ったことかよ! 俺の女に手を出すやつは一人残らず鏖殺だ!」
「`UGE{MT}G+*?DLV*BPG*FJH+RWG!!!!!!」
「獄炎龍破!」
漆黒の炎をまとった斬撃が巨大な蛇の頭部に撃ち込まれる。
神殺しの力が付与された炎に包まれて、邪神イルヤンカ・ノブルナーガが絶叫を上げてもがく。
「我が主! ああ、何ということだ!」
「今だ! 退くぞ!」
邪神が怯み、ルージャナーガが愕然と叫ぶ。
決定的な隙を見て、俺はリューナを連れて走り出した。
欲を言うのであればここで邪神を消し去ってしまいたいところだが……そこまで高望みはしない。
あくまでも優先させるべきはリューナの身の安全である。
「じゃあな! 巫女はもらっていくぞ!」
「貴様……人間ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ルージャナーガが憤怒の表情で叫ぶ。
主である邪神を傷つけられ、生け贄の巫女を攫われて……計画の全てをひっくり返された老人は禿げた頭頂部まで真っ赤になっている。
「まだ終わってはおらぬ! ヴェイルーン、巫女を取り戻せ!」
「FO……ようやく俺様ちゃんの出番かよ!」
ビシリと両手の人差し指をビシリとこちらに向けて、上半身裸の青年が俺の前に立ちふさがった。
地獄の騎士ヴェイルーン。
転移能力に上級魔法まで使いこなす、強力無比な悪魔。
リューナを連れ去った憎むべき敵との再会に、俺は奥歯を軋むほどに噛みしめた。
「ようやく再会で来たな、マイ・sweet・ハニー! 絶対に俺様ちゃんに会いに来てくれると思ってたZE!」
「……相も変わらず腹立つ変態ぶりだな。テメエに会いに来たわけじゃねえよ」
「HYU、素直じゃねえなあ。正直……あんなKUSO=Jの命令でハニーと戦うなんて不本意だぜ。俺達の性交は誰にも邪魔されない、蜜月のもとでやりたかったZE」
「だったらさっさと失せろよ。邪魔だ、消えろ、むしろ死ね」
「FOOOOOO! そうやって憎まれ口を叩くところも…………スーパーキュート!」
「ッ……!」
ヴェイルーンが目の前から消える。転移魔法を使ったのだ。
直感的に振り返り、後方に向かって剣を薙ぐ。
「二度も引っかかるかよ!」
「HYU! やるねえっ!」
ヴェイルーンの右腕と俺の剣が衝突する。
剣と腕が火花を散らしてぶつかりあい、お互いを後方へと弾き飛ばす。
リューナの身体を抱いたまま、数メートルの距離を取ってヴェイルーンと向かい合う。
「悪くねえ、悪くねえGA……さすがに巫女ちゃんを連れたままじゃ勝てねえんじゃねえのかYO!」
「バスカヴィル様……」
俺の腕の中で、リューナが不安に瞳を揺らしている。
確かに、リューナを抱えたまま戦うのは無茶があった。
ヴェイルーンは魔王軍四天王にも匹敵する戦闘能力を持った魔人。対等な条件で戦ったとしても勝てるかどうかわからない難敵なのだ。
「チッ……時間切れか」
おまけに、制限時間が切れたことでオーバーリミッツが消えてしまった。
身体に纏っていた漆黒のオーラが消失し、ブーストされていたステータスも元通りに戻ってしまう。
「巫女ちゃんを手放した方が良いんじゃないかNA? 俺様ちゃんとの蜜月に他の女を連れ込むなんて罪なハニーだZE!」
「フン……手放した途端に奪うつもりだろうが。そうはいくかよ」
仮にリューナを先に逃がしたとしても、ヴェイルーンの転移魔法によってすぐに奪われてしまうだろう。
儀式が再開され、ヴェイルーンと戦っているうちにリューナは邪神の腹の中に収まってしまう。
「だが……そうはいかないな! 俺だって無策でここまで飛び込んできたわけじゃねえんだよ!」
俺は隠し持っていたアイテムを取り出した。
懐から出てきたのは七色に彩られた鳥の羽。サロモンに頼んで入手したアイテムの一つ……『ホルスの羽』である。
「なあっ!? その羽は!?」
少し離れた場所でルージャナーガが目を剥いた。
どうやら、このアイテムのことを知っているらしい。
傷ついた邪神に寄り添っていた怪僧が慌てて魔力をひねり出し、俺がアイテムを使用するのを阻止しようとする。
「何をする気か知らないが……遅せえよ」
「待て! 待たんかあっ!?」
「FO!? マイハニー!?」
ルージャナーガとヴェイルーンがそろって叫んだ。
「じゃあな、また会おう」
次の瞬間、周囲の景色が一瞬で切り替わる。
ルージャナーガとヴェイルーンの姿が消え失せた。
俺とリューナが移動したのは『邪神の祭壇』から少し離れた場所にある岩場である。
「え……? ここはいったい……?」
「転移魔法を使えるのはアイツだけじゃないってことだ。計画通り、無事に脱出できたな」
サロモンの王墓。70階層クリア報酬――『ホルスの羽』
砂漠の国であるマーフェルン王国限定であるが、あらゆる場所に一瞬で移動することができる転移アイテムだった。
俺があえて危険を冒してまでこのアイテムを入手したのは、転移魔法を利用して確実にリューナを救い出すためだったのだ。
「リューナ! 良かった、無事だったのね!」
「お姉様!?」
リューナの腹違いの姉……シャクナが俺達に気がついて駆けてくる。
事前に示し合わせて、この岩場に隠れてもらっていたのだ。
再会した姉妹が抱き合い、涙を流してお互いの無事を喜んだ。
「良かった……本当に、良かった……!」
「お姉様、心配かけてごめんなさい……」
感動の再会。
ゲームのシナリオでは死ぬはずだったリューナを救い出し、シャクナの心を救うことに成功した。
「フッ……やれやれ、手間をかけさせやがって」
喜びの涙を流して抱擁する姉妹の姿に、俺はそっと笑みを浮かべるのであった。
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