16.勇者と仲間
やがて『賢人の遊び場』の5層にたどり着いた俺は、モンスターを蹴散らしながら奥へ奥へと進んで行く。
いくら最下層とはいえ、所詮は最初のダンジョンである。ボスでイベントモンスターであるガーゴイルを倒した以上、強力なモンスターはいない。
「……あ?」
「お前は……バスカヴィル!」
あと少しでダンジョンの最奥にたどり着くというところで、奥から戻ってくる一団と遭遇した。
『1』の主人公であるレオンである。レオンの後ろにはヒロインであるシエルとナギサも続いている。
三人の顔には明らかな疲労の色が見えた。どうやらダンジョンの最奥でガーゴイルを撃退して、しばらく休憩してから戻ってきたようだ。
「三人とも無事だったみたいだな。流石は勇者の子孫じゃないか」
「無事……だと? どうして俺達が危険な目に遭ったと知っているんだ?」
レオンがいきなり疑いの眼差しを向けてくる。
ひょっとして、この男は俺がガーゴイルをけしかけた黒幕ではないかと疑っているのだろうか。いくらゼノンが悪役キャラとはいえ、あまりにも酷い濡れ衣である。
「何を怖い顔をしているのかは知らないが……先ほどダンジョンの奥から強力なモンスターが出てきたからな。てっきりお前達も遭遇したのかと思っていただけだ」
「……お前もあの怪物に襲われたのか。よく無事だったな」
「ああ。俺は何ともなかったが、ケガをさせられたクラスメイトもいる」
「そんな……俺が逃がしたせいで……!」
レオンが悔恨に表情を歪ませる。幼馴染のシエルが隣に寄り添い、気遣わしげにその手を握り締める。
「違うわ……! レオンのせいじゃない。レオンがいなかったら、私もナギサさんも殺されていたかもしれない。あなたが私達のことを守ったのよ……!」
「だけど、俺があいつをちゃんと倒しきれていればクラスメイトが襲われることなんてなかったんだ! 何が勇者の子孫だよ……俺は無力だ!」
「レオン……!」
「…………」
勝手に後悔をして騒ぎ出したレオン一行。幼馴染のシエルはもちろん、その後ろではナギサも無表情ながら奥歯を噛みしめている。
俺は肩をすくめて、葬式のような空気になった3人に水を差すことにした。
「盛り上がっているところを申し訳ないが、あの魔物――ガーゴイルにやられた連中はケガを負っただけで死んではいない。ガーゴイルはすでに倒されている。怪我人には治療薬も渡しておいたから、命に別状はないだろう」
「え……」
レオンとシエルは目を丸くして俺の顔を見て……やがて喝采した。
「そうか! 無事だったのか……本当に良かった!」
「良かったわね、きっとレオンがダメージを与えたおかげで敵も弱っていたのよ! やっぱり貴方がみんなを守ったんだわ!」
レオンとシエルが華やいだ声を上げて抱き合った。喜びに沸く2人の姿を眺めつつ、俺は苦々しい思いで息を吐く。
本来のシナリオでは、レオンは自分が取り逃した敵がクラスメイトを殺してしまったことにより、激しい後悔から劇的な成長を遂げるのだ。
しかし、目の前にいるレオンはそれほど悔やんでいるようには見えなかった。この様子ではシナリオ通りの成長は見込めないかもしれない。
さて、どうしたものだろうか。
クラスメイトを助けたことが間違っているとは思わないが、これがどれほど魔王討伐に影響を与えるのか想像がつかない。
俺は眉間にシワを寄せて首を振る。ここから先は考えても仕方がない。今は今できることをするとしよう。
「それじゃあ、俺はそろそろ失礼するよ。そちらも気をつけて帰るように」
「あっ……バスカヴィル!」
先に進もうとする俺を、レオンが慌てた様子で呼び止める。
まだ何か用かと振り返るが……レオンは難しそうな顔で黙り込んだまま、なかなか話し出そうとしない。
「俺も先を急ぐのだが。話があるなら早くしてくれ」
「……ありがとう。感謝するよ。ケガをしたクラスメイトに薬をあげたんだろ? 俺の尻拭いをしてくれて助かった」
渋々といったふうに感謝の言葉を口にするレオンに、俺は思わず目を見開いた。
入学以来、あれほど敵意を剥き出しにしてきたレオンが、まさか感謝の言葉を口にするなどとは思わなかった。
やはり主人公ということか。通すべき筋は通すようである。
「だけど……勘違いはするなよ! 俺はお前のような悪を決して許さない! いずれ、然るべき報いは受けてもらうからな!」
「あ、レオン!」
捨て台詞を残して、レオンはダンジョンの出口に向かって歩いて行く。その背中をシエルも追っていく。
「……バスカヴィル」
「あ?」
だが……何故かナギサだけはその場にとどまって俺を見つめている。
「ガーゴイルを倒したのは貴殿か?」
「……そうだと言ったらどうする?」
「やはりそうか。クラスの中で貴殿だけが纏っている空気が違ったが、私の目に狂いはなかったようだ」
ナギサはすうっと目を細め、嬉しそうに唇の端を吊り上げる。
「いずれ一手立ち会っていただきたいものだ。強者との戦いは強くなるための勉強になる」
ナギサはそれだけ言い残して、先に行った二人の背中を追っていく。
取り残された俺は、石の天井を見上げて深々と溜息をつく。
「やれやれ……厄介な奴に目をつけられてしまったらしい。前途多難そうで嫌になるぜ」
軽く鼻を鳴らして冷笑を浮かべ、自らの目的を達成するためにダンジョンの最奥へと進んで行った。
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