64.地獄の騎士
ボスモンスターをやっつけたと思ったら、仲間が奇襲を受けていた。
取り押さえられたマーフェルン姉妹。胸を刺し貫かれたハディスの姿を見て、俺は弾かれたように動き出す。
「貴様……何者だ!?」
吠えながら、上半身裸で赤髪褐色肌の男に向けて斬りかかる。
敵の出現からノータイムでの攻撃。我ながら驚くほどの対応力だと自画自賛してしまうほどの反応速度である。
「FOOOOOOO! 早い迅い速いHAYAI! やるねえ、下半身がザワザワしちまうZE!」
「ッ……!?」
だが……俺が振るった剣が空を切った。
唐突に、前触れもなく男の身体が消えたのである。
「カハッ……」
「クッ……!」
男が消えたことにより、胸を貫かれていたハディス、地面に倒され踏みつけられていたシャクナが解放された。
シャクナが地面から身体を起こし、反対にハディスが血を流しながら地面に倒れていく。
だが……リューナはいない。男と一緒に消えてしまった。
「リューナ!?」
慌てて周囲を見回す俺であったが……俺の後方、数メートル先に男とリューナが出現する。
「HYU! 焦がれるねえ、燃え滾るねえ。問答無用でいきなり殺しにかかってくるとは魅せる男だZE!」
「くっ……バスカヴィル様」
男に首を掴まれたリューナが苦しそうに呻く。
俺は表情を歪めながら、いつのまにか背後に回り込んだ男に剣の切っ先を向ける。
「今すぐにその女を離せ……楽に死なせてやるからよ」
「FOOOOOO! 殺すことは確定かよ。容赦ねえなあ!」
俺の恫喝に男が愉快そうに笑う。耳障りな笑い声のこちらは不愉快になる一方である。
男は取り押さえたリューナの身体を揺らし、ニヤニヤと得意そうに肩を上下させた。
「とはいえ……その命令は聞いてやれねえなあ! 手間をかけてようやく逃げ出した小鳥を見つけたんだ。哀れで愚かな生け贄の巫女ちゃんは返してもらうZEY!」
「貴方は導師……ルダナガの手の者ね! 私の妹を返しなさい!」
立ち上がったシャクナが怒鳴り散らす。
シャムシールを構え、烈火の表情になって噛みつくように叫ぶ。
「可愛いリューナを生け贄になんてさせない! 貴方達の思い通りになると思ったら大間違いよ!」
「ハイハイ、美しい姉妹愛だねえ。そんなに大事な妹だったら力ずくで取り返してみたらどうだYO?」
「そうさせてもらう……とりあえず、死ね」
「おおうっ!?」
闇魔法――イリュージョン・ゴースト。
幻影によって生み出された分身を引き連れ、正体不明の男に向かって斬りかかる。
生み出した分身は三体。男は四方向から襲いかかってくる俺にわずかに驚くが、すぐに対処してくる。
「HYUUUUUUUUU! 戦慄の悲鳴を奏でな、風属性上級魔法――サウザンド・ソーン!」
「…………!」
男が魔法を発動させる。
不可視の風の刃が無数に放たれて、幻影を含めた四人の俺を一息に切り刻む。
「悪いが……すべて幻術だ!」
「もちろん、私だっているわよ!」
だが……風の魔法によって切り刻まれたのは全て魔法で生み出した分身だった。
本体である俺は幻影を纏って姿を消しており、男の背後に回り込んでいた。そのまま背中を斬りにかかる。
反対側からシャクナもシャムシールを両手に飛びかかった。合図もなしの息の合った連携。『サロモンの王墓』に入る前だったら考えられないものである。
「SHIT! やるねえ、殺る気満々のクレイジーな攻撃だZE!」
前後から同時に攻撃する俺とシャクナであったが……男の余裕は崩れない。
「だーけーどー、そこで殺られないのが俺様ちゃんだよNA!」
「な……!」
「え……?」
「喰らってやれない俺様ちゃんは超・HANSEI! 申し訳なくって泣きたくなる気分だZE!」
男の姿が再び消える。
今度は部屋の入口近くに現れた。もちろん、リューナを捕らえたままである。
完璧な連携によって放たれた挟み撃ちまでもが避けられてしまった。シャクナが悔しそうに奥歯を噛んで謎の男を睨みつける。
「くうっ……また消えた、どうやって避けているのよ!?」
「……転移魔法。まさかそれを戦闘中に使うのかよ!」
俺はようやく男が何をしたのか気がついた。
転移魔法とはルーラやリレミトのように町から町に移動したり、ダンジョンから脱出したりする際に使用する魔法である。
俺は使うことができないが、純粋な魔法職の人間であればわりと早い段階で習得することができた。
とはいえ、この魔法はあくまでも移動時間をショートカットするためのもの。
戦闘中に使用することはできなかったはずだが……ゲームの仕様とは異なり、この世界では当たり前のように戦いに使うことができるようだ。
「詠唱短縮での上級魔法の発動、それに転移魔法の連続使用……お前、本当に何者だ?」
「FOOOOOOO! 俺様ちゃんとしたことが名乗り遅れてソーリーソーリー。俺様ちゃんの名前はヴェインルーン。地獄の騎士の1人で、ご機嫌に最強な悪魔だYO!」
「悪魔だと……?」
俺は褐色肌の男――ヴェイルーンを睨みながらつぶやく。
サロモンによって召喚された悪魔ではあるまい。こんなモンスターは『王墓』に出てこなかったはず。
となれば……サロモンとは別の人間に召喚され、使役されている悪魔ということになる。
「召喚者は導師ルダナガ……いや、ルージャナーガだな?」
「OH? マスターの本名を知っているってことは、やっぱりタダ者じゃあねえNA?」
ヴェインルーンと名乗った悪魔が、あっさりと主人の正体を暴露する。
十中八九そうだとは思っていたが……ここにきてようやく、導師ルダナガと魔王軍四天王ルージャナーガが同一人物である確信を持つことができた。
「これは厄介なのが現れたな……ルージャナーガめ、とんでもない刺客を放って来やがった!」
ルージャナーガが悪魔を召喚し、差し向けてきたことについては驚かない。ゲームでも使い魔として呼び出した悪魔を主人公に差し向けていた。
だが……目の前にいる悪魔はヤバい。これは超弩級だ。
この悪魔は俺達が数日かけて攻略してきたダンジョンを、パーティーを組むことなくソロプレイで越えてきたのだ。それだけでとんでもない実力者であることが理解できてしまう。
オーバーリミッツを使い、ようやく互角に戦えるであろう実力者。
だが……非常に不味いことに、オーバーリミッツは先ほどのボス戦で使用している。連続発動はできなかった。
おまけにボス戦で負ったダメージは回復していない。リューナに治癒魔法をかけてもらう前に連続戦闘になってしまった。
「……お前にもう一つ、聞きたいことがある」
それはともかくとして……もう1つだけ確認しなければいけないことがあった。
「……ダンジョンの入口には神官の兵士達がいたはずだ。アイツらをどうした?」
「OH? 入口にいた雑魚キャラちゃんだったら、先に殺っといたけど? 大人しく俺様ちゃんを通してくれるのなら見逃してやろうと思ったけど……絶対に通さないとか言い張るもんだからさ。軽―く地獄に送っといたZE!」
「そんな……みんなが……!」
ヴェイルーンに捕らわれたリューナがうめく。
自分を助けるために護衛してくれた者達がいつの間にか死んでいたことを聞かされ、取り押さえられたまま涙を流す。
「そうかよ……悪魔だろうが何だろうが、お前は断じて殺す! 死んでいいぞ?」
「HYUUUUUUU! おっかねえなあ! 兄さん、明らかにアンタだけ雰囲気が違うねえ。身に纏っているオーラといい、貴族級悪魔に匹敵する実力者だNA? その凶悪極まりない殺気、とてもではないが人間であるとは思えな…………あ?」
ヴェインルーンが途中で言葉を止めて、真顔になる。
紅の瞳がまっすぐに俺の顔を見据えてきて……俺は怪訝に眉をひそめた。
「……俺の顔がどうした。何かついているかよ」
「……マブい」
「あ?」
ヴェインルーンの口から放たれた言葉を理解できず、聞き返す。
そして……すぐに聞き返したことを後悔した。
「おいおい、よく見たらスゲエ可愛いじゃねえか……! なんてプリティな顔つきなんだYO……!」
「…………は?」
「人喰い竜のように鋭いツリ目。地獄鳥のような高い鼻。唇の色は血を吸って育ったマンドラゴラの花弁のようで、黒い髪は地獄の底に燃え広がる罪科の黒炎のよう……! こんなに美しくも愛らしい生き物は見たことがねえ! まるで終末の魔神が生み出した至高の芸術品だZE!」
「…………!?」
ヴェインルーンが放った評価を受けて、俺の肩からガックリと力が抜け落ちる。
コイツはいったい、何を言っているのだろうか?
奇想天外なことを言って俺をビビらせることが目的だというのならば……その作戦は見事に嵌まっていた。
俺は上級魔法を見せつけられた時よりも遥かに強い恐怖を感じている。
「惚れたぜ……アンタは俺様ちゃんの運命だ。マイハニー! 俺様ちゃんのスウィート・ラブ!」
「ちょ……おま、何言ってんだ!?」
とうとう我慢できなくなって叫ぶが……ヴェインルーンはかまうことなく、勝手極まりないことを言ってのける。
「アンタに一目惚れしたぜ、ハニー! 俺様ちゃんと性交を前提に付き合ってくれYO!」
「…………!」
俺の背筋にかつてない恐怖と戦慄が走った。
やられてしまったハディスと神官兵士には申し訳ないが……ヴェインルーンの衝撃の告白は、彼らの死が消し飛ぶくらいのおぞましい衝撃を俺の心に与えたのである。
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