54.満身創痍
「モンスターハウスを無事に乗り越えたが……これはちょっとヤバいかもしれないな」
目の前には40階層のボス部屋がある。
この扉を開けば、すぐにでもこの階層のボスモンスターが襲いかかってくることだろう。
「満身創痍ね……流石に気力も体力も保たないわ」
シャクナが肩を上下させながら息を吐く。
ただでさえ31階層から38階層までほとんど休憩なく進んできたのだ。
そこでモンスターハウスという予想もしていなかった脅威にさらされ、必死に走り抜けて安全圏まで逃れてきた。
体力はもちろん、精神力だって大きく消耗したはずである。
「それに……魔力も限界に近いな。これでボスと戦うのは自殺行為か」
俺は大きく舌打ちをした。
切り札の大技――『冥将獄衣』を発動させたことで、俺は大きく魔力を目減りさせている。この状態でボス戦に突入しろというのはかなりのハードモードだ。
「申し訳ありません……私ももう……」
魔力を消耗しているのは俺だけではない。回復役であるリューナもまた、魔力がほとんど残っていなかった。
モンスターハウスに突入直後、彼女は強力な結界を張って敵の攻撃を喰いとめている。
数十体の悪魔系モンスターの猛攻をしのいだのだ。魔力が空っぽになっていたとしても全く不思議はなかった。
「私達はそこまで消耗してはいないけど……」
「不甲斐なくて面目ありませぬ……」
シャクナとハディスが首を振る。
二人はそこまで消耗しているわけではなかったが、それでも魔物の群れの中を突っ切ってきたのだ。無傷というわけではない。
目立った怪我こそなものの、彼らだけにボスモンスターを任せるわけにはいくまい。
「仕方がないな。とりあえずここで休憩といこう。ベッドこそないが、ここも安全地帯だ。少しでも魔力を回復させよう」
ボス手前の小部屋であったが、ここもモンスターがポップすることのない安全地帯である。
休憩部屋のように寝具やキッチンが完備されているわけではないが、適当に雑魚寝して体力・気力を回復させることくらいはできるだろう。
「とりあえず、ポーションと携帯食でも摂っておけ。休憩が済んだらボス戦だ。せいぜい英気を養ってくれ」
アイテム袋から薬の入った瓶、干し肉と乾パンを取り出して全員に配る。
魔力を回復させるアイテムがあればよかったのだが、外に置いてきた神官騎士から預かった袋にはそこまでの品ぞろえはなかった。
幸い、この保存食にも体力と魔力を回復させる効果がある。味はイマイチだからあまり頼りたくはなかったが。
シャクナとハディスが薬と食料を受け取り、言われたとおりに口に運ぶ。
ハディスは表情を変えることなく淡々と。シャクナはいかにも不味そうな顔で乾パンをモソモソと食べている。
「ん……?」
「…………」
一方で、リューナだけは受け取った食料を手にしてうつむいている。何かを思いつめたような難しい表情だ。
「どうした? お前もどこか怪我でもしたのか?」
リューナはモンスターハウスで魔物に捕まっている。
すぐに救出したし、目立った外傷もなかったはずなのだが……。
「その……バスカヴィル様、先ほどの言葉……もう一度言ってはいただけませんか?」
「さっきの言葉って……何のことだ?」
「私を捕らえた魔物に言った……『それは俺のだ』という言葉です」
「あ……」
そう言えば……そんなことを口にしてしまったような気がする。
特に考えることなく自然とこぼれ出た言葉なのだが……わりととんでもないことを口走ってしまった。
「……忘れろ。口が滑っただけだ」
「いいえ、絶対に忘れませんわ。私はいつの間にかバスカヴィル様のものになっていたのですね……感激です」
「…………」
弱みを握られてしまったようだ。リューナが頬を染めて熱い視線を送ってくる。
居たたまれなくなって視線を逸らすと、少し離れた場所に座ったシャクナが怒りに燃える烈火の眼光を向けてきていた。
「うぎぎぎ……! 私のリューナを……この泥棒猫!」
「……勘弁しろよ。ラブコメやってる場合じゃないだろうが」
こういうのも『雨降って地固まる』と言って良いのだろうか。
リューナの好感度が上がり、反対にシャクナの怒りを買ってしまったらしい。
俺は気まずい空気になりながら、干し肉を噛みちぎったのであった。
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