43.迷宮の罠
リューナとシャクナ、ハディスにも順番に休憩をとってもらい、今度は20階層を目指して攻略を再開させた。
11階層に入ると上の階層よりもモンスターの強さがパワーアップしていたが、まだシャクナ達には余裕がある様子。危なげなく下の階層へと進むことができている。
むしろ、慣れて緊張がほどけた分だけ動きが良くなっており、攻略スピードが増したくらいだ。この調子なら、今日中には20階層どころか30階層のボス部屋まで到達することができるかもしれない。
「そっちの道はトラップがあるから気をつけろよ。足元の色が違う石畳を踏んだら電流が流れるぞ」
俺は3人に声をかけながら、最短の道を選んで下の階層を目指す。
11階層より下になるとモンスターだけではなくトラップにも注意しなくてはいけないため、記憶を思い返しながら慎重に指示を出していく。
「昨日から思ってたんだけど……あなたってこの迷宮に潜ったことがあるのかしら?」
道順だけでなくトラップの位置まで指摘する俺に、シャクナが怪訝に目を吊り上げらせた。今さらな問いかけに俺は肩をすくめて答える。
「まあな。何度かこのダンジョンにはチャレンジしたことがある。最下層までは到達できなかったけどな」
前半は真実だが、後半は嘘偽りである。
ゲームでは苦節の果てに最終階層のボスキャラである『キング・サロモン』の討伐に成功しているのだが、それを話すとややこしくなりそうなので黙っておく。
「『王笏』がある50階層までなら案内できるから任せろよ」
「それなら安心……じゃなくて、ひょっとして『オシリスの王笏』を持っているんじゃないの!? それなら迷宮に潜る必要なんてなかったじゃない!」
「ハッ、そうだったらよかったんだが……生憎と、『王笏』はもう切らしているんだよ」
俺は皮肉げに笑って首を振る。
50階層のクリア報酬であるオシリスの王笏は仲間全員の状態異常やデバフ効果を解除することができる便利なアイテムだったが……使用時、一定の確率で壊れてしまうのだ。
おまけに、同時に複数個を取得することができないという制限もあった。王笏を所持している状態で再度50階層を攻略すると別のアイテムが出現する。
王笏が壊れて失われた状態ならば再入手することが可能なのだが……クリアデータによる引き継ぎアイテムの中にはない。王笏を使い切って壊れた状態でクリアデータを保存してしまったからだ。
「俺の手持ちは随分と前に壊れちまったからな。他のクリア報酬ならあるんだが……運が悪かったな」
「そうなの……まったく、使えないわね」
「うるせえよ、誰がこんな事態を想定できるっていうんだ」
王笏は便利なアイテムではあるものの、なかったから困るほどのものではない。
本編シナリオを攻略したプレイヤーであれば、状態異常対策のスキルや装備を入手しているのは当然のこと。
わざわざ王笏を入手し直すために、時間をかけて王墓を再攻略する必要なんてないのである。
「それじゃあ……結局、50階層まで攻略するしかないのね」
「そういうことだ……あ、そこの足元は危ないぞ」
「へ……キャアアアアアアアアアアアッ!?」
「お姉様っ!?」
「王女殿下っ!」
シャクナが床を踏みつけた瞬間、青白い半透明のロープのようなモノが出現してシャクナの足に絡みつく。
そのままロープに引っ張られて、シャクナの身体が逆さ吊りにされる。
「ちょ……何なのよこれっ!」
「やれやれ……だから危ないって言っただろうが」
「もっと気合を入れて言いなさいよ!? あんな気の抜けた注意で避けられるわけないでしょ!?」
シャクナが天井からぶら下がりながら「ワー、キャー」と暴れている。
「あ、ちょっと下がるぞ」
「え? バスカヴィル様?」
俺はさりげなくリューナの腕を引いて、シャクナから一歩距離をとった。
次の瞬間、シャクナが吊り上げられている場所の天井部分が開き、大量の水が流れ落ちてくる。
「ヒャアアアアアアアアアアアアッ!?」
滝のように流れ落ちた液体をもろに喰らってしまい、シャクナの悲痛な叫びがダンジョンにこだました。
同時に足を捉えていた魔法のロープが外れて、ベチャリと音を立てて落下してくる。
「あ……ううっ……」
「あーあ、ヒドイことになってやがる」
「お、お姉様!? 大丈夫ですか!?」
トラップの直撃を受けたシャクナであったが……全身がずぶ濡れになり、身に着けている踊り子の衣装も半分近くが脱げてしまっていた。
なだらかな胸なんてほとんど露出しており、先端のピンク色の突起までしっかりと拝むことができた。
「ふむ……ここはゲーム通りの展開だな」
かなりエロい状態になっているシャクナをしっかりと観察しつつ、俺はしみじみと頷く。
このエロトラップイベントはシャクナをパーティーに入れて『王墓』を攻略すると発生するもので、目の前にあるのとまったく同じ光景をゲームでも見ることができた。
普段はクールで陰を背負ったようなシャクナがずぶ濡れになり、まるで男から乱暴を受けたように床に崩れ落ちる姿は、ファンの間でもかなり人気を博したイベントである。
「シナリオの強制力というか、もはや義務だな。しっかりと引っかかってくれちゃってウケるわ」
「お、お姉様―! お着替え、お着替えを!」
「な、何で私がこんな目に……アンタ、本当に恨むからね……」
涙目になって俺を睨みつけてくるシャクナに、リューナが慌てて外套を肩にかける。
謂れのない恨みを買ってしまった俺は呆れたように両手を広げて、もう1人の男性であるハディスが他人事のように視線を背けたのである。




