34.巫女の視た世界
シャクナとの決闘が終わり、俺は正式に護衛として雇われることになった。
俺の方から雇ってくれと言った覚えはないのだが……いつの間にやら、断れない流れになっていたのである。
「……別にいいけどな。最初から導師とやらと殺り合うつもりだったから」
俺がこの国にやってきた目的の1つは、導師ルダナガ、つまりルージャナーガを倒すことである。
厳密には、現時点ではルダナガとルージャナーガが同一人物であるという保証はない。ひょっとしたら、名前の語感が似ているだけで別人という可能性もあるのだが。
「こんな所にいたのですね。バスカヴィル様」
「ん……?」
オアシスの傍にあった木陰で寝転がり、考えを纏めていた俺のところへリューナがやってきた。
盲目の巫女は白い杖をついて、1歩1歩確かめるようにして俺のところまで歩み寄ってくる。
俺はわずかに顔をしかめ、近寄ってくるリューナの手を取った。
「あ……」
「座れよ。砂漠のくせに木陰は涼しくて悪くないぜ?」
「はい……ありがとうございます!」
リューナはわずかに驚いた顔になりながら……すぐに破顔して大輪の花が咲くような満面の笑顔になった。
俺はそんな無邪気な笑みにたじろぎながら、誤魔化すために咳払いをする。
「あー……姉ちゃんはどうした? ケガはしてないよな?」
「お姉様はテントの中で膝を抱えて落ち込んでいます。どうやら、バスカヴィル様に負けたのがよほどショックだったようですね」
「……謝らねえぞ。アッチから売ってきたケンカだ」
「はい、お姉様は昔から剣や魔法の才能があって、少し天狗になっていたのでちょうど良い薬になると思います。お礼を言いたいくらいです」
「……実の妹にそこまで言われるとは、大概な姉ちゃんだな。さぞや苦労していることだろう」
ゲームに登場したシャクナはもっと落ち着いた性格だった。
おそらく、これから何らかの事件が起こって、それにより性格が変わってしまうのだろう。
「なあ……お前、どうして俺を雇うつもりになったんだよ」
「え……どうしてとは?」
俺が気になっていたことを訪ねると、リューナは意外そうに瞬きを繰り返す。
「お前が導師とやらに殺されそうになっていて、国王の父親も操られている。信用できる人間が少なくて、戦力が必要……それはわかった。だけど、空から降ってきた得体の知れない外国人を雇い入れるか?」
「それは……私は巫女ですから……」
「その『眼』で見たって? 暗闇に月が光っているという曖昧な映像だけで、俺が信用できるとは思えないな。ましてや……護衛として雇う報酬として、自分の身体まで差し出すなんて正気の沙汰じゃない」
もしも、報酬として提示されたのが金銭や財宝であったのであれば、ここまで疑うことはなかっただろう。
だが……自らの身体を報酬として提示したリューナの思い切りの良さは、逆に疑問を感じてしまう。
思い返してみれば、初対面からリューナは俺に対して好意的だった。裸を見られたというのに全く怒っていなかったし……ここまで信頼を受ける覚えがない。
「……導師ルダナガ」
「ん……?」
「導師ルダナガが、私が暮らしていた神殿に訪れたとき……私の目には破滅の未来が移りました。巨大な蛇が天を覆い、大地を喰らい、人々が嘆きの声を上げる未来を。私は大きな蛇の生け贄となって生きたまま食べられて、お腹の中で死ぬことも許されずに永遠に苦しむことになる……そんな幻を見たのです」
「それは……ルダナガの魂を見たのか? それとも、未来でも予知したのか?」
「多分……後者だと思います。ルダナガは恐ろしい怪物を甦らせようとしている。そのために、私を生け贄として欲しているのです。最初はお父様に相談したけれど、聞く耳を持ってはくれなかった。偉大なる導師がそんなことをするわけがないと」
リューナは辛そうな表情で唇を噛みしめる。
絶望の未来を目の当たりにしてしまい、もっとも頼りにするべき父親はまるで頼りにならない。
それはどれほど恐ろしかったことだろうか。
「私が見た未来を信じて、神殿から逃がしてくれたのはお姉様と一部の僧兵だけ。お父様も含めて、王宮にいる大部分の人間は信用できません」
「辛かっただろうな……だけど、それが俺を雇い入れることと、どうつながるんだ?」
「このオアシスで貴方と出会ったとき……別の未来が見えたんです。ルダナガと会ったときとは違う。破滅と絶望の未来とは異なる未来が……」
「……どんな未来だよ。それは」
「…………」
俺が訪ねると……リューナは何故か、恥じらうように両手で顔を覆った。
肌が褐色のためわかりづらいが……心なしか肌が紅潮しているようにも見える。
「い、言わせないでくださいっ! 恥ずかしいじゃないですかっ!」
「は、恥ずかしい……?」
「私にあんなことをするなんて……もうお嫁にいけません! 責任をとってくださいっ!」
「何をした!? 未来の俺は何をしやがったんだ!?」
「いやあっ! 言わせないでくださいませ、セクハラですっ!」
必死に問いつめるが、結局、リューナは最後まで口を割ることはなかった。
激しく恥じらっている少女の様子から、とんでもないことをしでかしたことが想像されるが……本当に、未来の俺とリューナの間に何があったのだろうか。
真相は闇の中。
恥ずかしそうに身をよじる巫女の頭の中にだけ存在するのであった。