26.砂漠の女王
コンドル、イーグル、ホーク、ファルコン。
それらはいずれも外見が似かよった猛禽類である。写真で並べられたらどれがどれか見分けがつかない者も多いことだろう。
解剖学的な骨格の構造や飛び方の違いなど、見分け方はいくつかあるが……わかりやすいもので言うと、大きさの違いがある。
コンドルが世界最大の猛禽類。さらに、イーグル、ホークの順番で小さくなる。そして……もっとも小さいものがファルコンである。
身体が小さい分だけ小回りが利き、獲物を捕らえる時に見せる垂直降下のスピードは世界最速と言われているのだが……ともあれ、ファルコンは小さい。猛禽類として、小さい鳥のはずなのだ。
「それなのに……このデカさはどうかしてるよな。絶対にスタッフのネーミングミスに違いない」
少し離れた場所でデス・スコーピオンを捕食している巨大なハヤブサ──『ファルコン・ファラオ』の姿に、俺は激しい理不尽を感じた。
天空から舞い降りた巨大な猛禽類のモンスター。それはかつて戦った『ギガントミスリル』と同じく、デンジャラスポップ・モンスターである。
ダンジョンにおいて0.01パーセントの確率で出現する超危険種の怪物であり、ボスモンスターと同等以上の戦闘能力を持っていた。
「厄介な奴が面倒な時に現れやがって……! そこの砂山に隠れるぞ!」
俺はウルザとレヴィエナを砂山の影に誘導して、姿勢を低くしてファルコンをやり過ごそうとする。
不幸中の幸い、ファルコンの目的はサソリの群れを捕食することであり、こちらには見向きもしていない。このまま砂山の陰で息を潜めていれば、戦いを避けることができるだろう。
「坊ちゃま、あの魔物を知っているのですか?」
俺に寄り添うようにして身を隠したレヴィエナが小声で訊ねてくる。
「……ああ、『砂漠の女王』と呼ばれる怪鳥だ。見ての通りのデカさに加えて、飛行速度が恐ろしく素早い。今は地上に降りているが、空を飛ばれたら攻撃しようがないな」
「……魔法職もアーチャーもいないこのパーティーで戦うのは危険ですね」
「そういうことだ……まったく、どうやら俺達の中にとんでもなく運勢が悪い奴がいるようだな」
案内人に嵌められて砂賊のところに誘導されて、彼らを倒したかと思えば、この砂漠でもっとも警戒するべきモンスターと出くわしてしまったのだ。どんな不運だと天を呪いたくなる心境である。
「だが……奴は俺達に気がついていない。それだけは運が良かったな。このままアイツの食事が終わるのを待っていればどうにか……」
「チ……チクショオオオオオオオオオオオッ!?」
「あ?」
突如として響き渡る絶叫。声の方に目を向けると……砂賊の頭領が手に持った杖をファルコンに突きつけていた。
「お、俺は魔物使いだ! どんな魔物だって俺の命令からは逃れられないんだよ! 言うことを聞け、俺の奴隷になりやがれ──モンスター・テイム!」
「あの馬鹿……何やってやがる!」
砂賊の頭領が手にしている杖から黒いモヤのようなものが放たれた。
モヤはサソリを食べているファルコンの身体に巻きつき、自由を奪おうとするが……ファルコンが鬱陶しそうに首を振るとあっさりと霧散してしまう。
「そんな……俺の力が効かねえなんて……!?」
『魔物使い』は魔物を仲間にして使役することができる特殊職であったが、当然ながらボスモンスターには通用しない。実力差があり過ぎる敵や、知能を持った魔物にはレジストされてしまうのである。
ファルコンの使役に失敗した砂賊の頭領は愕然と立ちすくんで、自分の力が通用しない敵にガクガクと肩を震わせた。
「死にたいのか、あの野郎…………馬鹿なことをしてないで逃げろ!」
俺はショックを受けている頭領に向けて怒鳴った。
おそらく、それは起死回生の一手だったのだろう。
俺達のように隠れていればファルコンの目から逃げることができたはず。しかし、使役していたデス・スコーピオンは怪鳥のエサになってしまい、手下も魔物も失った砂賊は俺達に捕らえられることになる。町について官憲に引き渡されれば……良くても奴隷落ち、悪ければ縛り首になってしまうことだろう。
あの男が生き残るための逆転の妙案……それがファルコン・ファラオの使役だったのかもしれない。
「ピュイイイッ……!」
デス・スコーピオンをあらかた喰い終わったファルコンが砂賊の頭領に顔を向ける。自分を使役しようとして失敗した不遜な魔物使いを一睨みしてグッと首を引っ込める。
「クソッ……やっぱりかよ!」
叫んで、俺は砂山から飛び出した。
あれは嘴で攻撃するときの予備動作だ。すぐに鋭い嘴が砂賊の頭領を貫くことになるだろう。
「ダークフレア!」
「ピュイッ!?」
俺は巨大な怪鳥が攻撃を繰り出すよりも先に闇魔法をぶつける。
闇の炎が死角からファルコンの頭部に命中して、巨大な頭の一部が黒い炎に包まれた。ファルコンが慌てて地面に頭を擦りつけて炎を消そうとする。
「お前に死なれたら誰が竜車を運転するんだよ! 道もわからない砂漠の真ん中で立ち往生じゃねえか!」
もちろん、親切心から砂賊を助けようとしたわけではない。
このまま砂賊の頭領に死なれでもしたら、案内人もいなくなって王都にたどり着くことができないからである。
「寝てろ、カス野郎!」
「グゲッ!?」
砂賊の頭領に跳び蹴りを喰らわせて気絶させ、そのままテントの中に蹴り入れておく。これで余計なことをして戦いの邪魔になることはないだろう。
「ピュイイイイイイイイイイイイイイッ!」
怪鳥が嘴を天に向けて高々と鳴く。すでに頭部の黒炎は消えていた。
先ほどの攻撃でファルコン・ファラオは完全に俺のことを敵としてロックオンしている。かなり不本意であるが、戦いは避けられない状況だろう。
「本当に今日はついてないな……こんなクズを助けるために、格上の敵と戦わなくちゃいけないなんて……!」
忌々しげに吐き捨てて剣を構える。
ファルコン・ファラオ。砂漠の女王。
『ダンブレ』において最大級の巨体を持った怪鳥との戦いが、まさに始まったのである。