25.デス・スコーピオン
砂賊の頭に連れられて、砂漠を歩くこと10分。全身から汗を流して進んだ場所にあったのは小さなオアシスだった。
オアシスのすぐ傍にはヤシの木とよく似た植物が生えており、丈の低い草が生い茂っている。草の上には砂賊が寝泊まりしているらしいテントがいくつか建てられていた。
「ここがアジトか? 仲間はあと何人残っている?」
「……いない。全員、アンタらにやられちまったよ」
「自業自得だ。恨むなよ」
恨みがましい目を向けてくる大男に、俺は憮然として言ってやる。
賊として強盗行為を働いておいて、返り討ちに遭ったから相手を恨むなんて勝手なことだ。殺していいのは殺される覚悟がある人間だけである。
「それじゃあ……『魔物使い』の仲間を呼んでもらおうか」
「……はい、わかりましたああああああああああああっ!」
「お?」
縄に縛られたまま、大男が急に駆け出した。大男は足をもつらせながらオアシスまで走っていき、俺から距離をとって振り返る。毛むくじゃらの顔にはニヤリと醜悪な笑みを浮かんでいた。
「ハーハッハッハッハ、引っかかったな馬鹿どもめ! まんまとおびき寄せられやがったな、間抜けな餓鬼どもが!」
「おいおい……急に元気になりやがったな。さっきまで涙目になってた奴が」
「腹の底から恐怖しやがれ! 処刑のはじまりだ!」
「急に強キャラぶっても遅いですの。さんざん、みっともないところを見せておいて、今さら怖がれとか無理ですの」
「うるせえええええええええええっ! 戦いはここからが本番なんだよ! テメエら、出てきやがれ!」
「む……!」
大男が叫ぶと、オアシスを囲んでいる砂の中からモンスターが現れた。
灰黄色の砂を掻き分けてエンカウントしてきたのは、大型犬と同じくらいの大きさのサソリの怪物である。
剣と盾を構えたレヴィエナが俺を守るように前に出た。
「坊ちゃま、魔物です!」
「ああ。これはデス・スコーピオン……そうか、お前が『魔物使い』だったんだな」
「ヒャーハッハッハッハッハアッ! 今さら気づいても遅いんだよ、間抜け野郎が! 俺のペットを見てさぞや驚いただろ!?」
毛むくじゃらの大男が腹を抱えて笑い、耳障りなダミ声で喚き散らす。
「アジトに仲間なんていねーんだよ、バアアアアアアアカッ! ここにいるのは見張りの魔物だけだ! テメエらはまんまと魔物の巣に入ってきたってことだ!」
デス・スコーピオンは2匹、3匹と数を増やしていき……合計で10匹ほどまで数を増やす。
巨大なサソリが両手のハサミを合わせてバチバチと鳴らし、尻から生えた猛毒の尾を上下に振っている。
「なるほど……確かに、これは賊共よりもよっぽど厄介だな」
デス・スコーピオンは強力なモンスターではないが、あの得意げに振り回している尾に刺されると毒を負ってしまう。ヒーラーのエアリスがいる状態ならばまだしも、回復役がいない状態で戦うのはかなり危険である。
もちろん、状態異常を治癒する回復アイテムは持っているが、10体の敵と戦いながらアイテムを使って回復するのは神経を使う。
どうして最初の戦闘にデス・スコーピオンを連れてこなかったのかは知らないが……砂賊を相手にした時よりもずっと警戒するべき状況である。
「ウルザ、レヴィエナ。アイツらは毒を持っているから迂闊に近づくなよ。俺が魔法で攻撃するから、お前達は俺を守って専守防衛を……」
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
「あ?」
下手くそな笛の音のような高い音が鳴り響く。
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮を上げたのは、俺達を取り囲んでいるデス・スコーピオンではなかった。
風が唸り、突風が生じて……頭上から雲を突き破って巨大な影が出現する。
「コイツは……下がれ!」
俺は咄嗟にバックステップで後方に退く。ウルザとレヴィエナも続いてくる。
「ヒュウウウウウウウウウウッ!?」
「キュイイイイイイイイイイイッ!」
空から舞い降りた巨大な影がデス・スコーピオンに襲いかかった。
デス・スコーピオンの固い甲殻が巨大な嘴によって砕かれ、猛毒のサソリが巨大な影に飲み込まれていく。
まるでジャンボジェットのような巨大な影の正体は……黄金色の羽を靡かせた特大の猛禽類だった。
ドリルのような嘴が次々とデス・スコーピオンを捕食して、20匹近くもいたサソリがどんどん数を減らしていく。
「おいおい……マジかよ!」
ひょっとしたら、今日の俺はとんでもなく運が悪いのかもしれない。
砂漠の案内人を雇ったら騙され、砂賊に襲われることになり……それを追い払ったらサソリに囲まれ、今度は特大モンスターまで現れた。
どんな不運だと人生を嘆きたくなる気分である。
「……こんなところで予告なしのエンカウントかよ。『ファルコン・ファラオ』──砂漠の女王。空の暴君め!」
美味そうにサソリを食べている巨大なハヤブサを見上げ、俺は忌々しげにつぶやいたのである。