22.マーフェルン王国
西の隣国であるマーフェルン王国を一言で言い表すと、『アラビアンナイトっぽい国』である。
国土の3分の2を砂漠に覆われたこの国は、気温が高く乾燥していた。温暖なスレイヤーズ王国とは大きく環境が異なっており、訪れた人間はまずその気候の違いに戸惑わされることになる。
人口の大部分は砂漠に点在するオアシスに集中しており、国家の中枢である王都は『ベルン河』と呼ばれる大河に隣接していた。
マーフェルン王国が建国したのは500年ほど前だが、大河の周囲には建国以前からある古代文明の遺跡がいくつも残っている。その多くが現在はダンジョンとなっており、魔物の生息地帯となっていた。
「熱ちっ……」
そんな砂に覆われた国土を車に揺られながら進んでいく。屋根と壁に阻まれた車内においても、壁越しに太陽光の熱が伝わってきた。
最大で6人まで座ることができる車体を俺達は3人で広々と使っている。
砂山を乗り越えるために加工された専用の車輪が、砂に線を引きながらグングンと進んでいく。
砂漠地帯が多いマーフェルン王国を移動する手段はもっぱら『竜車』である。
それもスレイヤーズ王国でよくある『地竜』ではなく『砂竜』と呼ばれるドラゴンが引いている車だった。
砂竜は地竜よりも一回り小さな身体であったが、暑さに非常に強く、ラクダのように背中のコブに水分を蓄えることができる。
俺達が乗った竜車を2匹の砂竜が力強く引いていき、マーフェルン王国の王都へ向かって進んでいく。
「ご主人様……熱いですの。地獄の釜が開いたみたいですの……」
竜車の車内で、ウルザがぐったりと俺の膝の上にもたれかかってくる。
砂漠の旅が始まって半日。どうやら、この小さな鬼は熱さの前にダウンしてしまったようだ。
俺達は昨日、国境を越えてマーフェルン王国へ入国した。
手近な村で金を払って竜車をレンタルして、王都に向けて旅を始めたのである。
砂漠に入ってから最初に遭遇した試練は、やはりとてつもない暑さだった。
竜車は分厚いカーテンで窓をふさいでいるため直射日光が入って来ることはない。だが、密閉された部屋に熱された空気が充満しており、まるでサウナの中にいるようだ。
だったら窓を開けたらいいだろうと思うだろうが……窓を開けると風と一緒に大量の砂が舞い込んでくる。
この砂漠にはモンスターの死骸から発生した『毒砂』と呼ばれる砂塵が風に飛ばされてくることがあるため、耐性を持たない国外の人間はうかつに窓を開くことはできないのだ。
「……そういえば、砂漠地帯では歩いているだけで地形ダメージがあるんだったな。これは堪らない暑さだ。魔物に襲われるよりもよほどキツイ。目的地に着く前にローストされちまいそうだ」
「あう……」
最初は初めて訪れた砂漠にはしゃいでいたウルザも、すっかり目を回している。
どうやら、出し惜しみをしている暇はなさそうだ。俺はアイテムバッグから暑さを軽減するためのアイテムを取り出した。
「氷鳥の羽―」
ネコ型ロボットのひみつ道具のように取り出されたのは、氷でできた半透明の羽だった。
30センチほどもある羽で軽く扇いだ途端、竜車の中にヒヤッとした空気が流れ出す。
「ふあっ! 涼しいですの!?」
突然、顔を撫でた寒風にウルザが跳ね起きる。
俺の手に握られた氷の羽を見て、キョトンと首を傾げた。
「ご主人様、何ですの。その羽は」
「これはアイスバードという鳥の羽だ。本来の用途とはだいぶ違うが……ここは涼をとることに使わせてもらおう」
アイスバードの羽は素材アイテムとして武器や防具の材料になるが、消費アイテムとして使用することで敵に氷属性のダメージを与えることができた。
軽く扇いだだけ車内の熱気が一掃されたように、思い切り敵に向かって投げつけることで相手を凍らせることができるのだ。
「うっ……今度は寒くなってきましたの。風邪をひいてしまいそうですの」
「ワガママを言うなよ。厚着して調整しろ」
バッグから取り出した防寒具を手渡すと、ウルザは毛皮のブランケットを小さな身体にグルグルと巻きつけた。顔だけ出してほっこりと暖をとる姿はまるでミノムシである。
「坊ちゃまもお寒いでしょう。こちらの毛布にお入りください」
──と、馬車に乗ったもう1人の同乗者が毛布を広げて誘ってきた。
俺とウルザと共に隣国に向かっている同行者……その正体はメイドのレヴィエナである。
今回の旅にはパーティーメンバーであるエアリスとナギサは同行していなかった。
スレイヤーズ王国を空けるにあたって、2人には留守中のバスカヴィル家を任せてきたのだ。
エアリスは貴族令嬢として幼い頃から高度な教育を受けていた。そのため、当主代行として書類仕事などの内務全般を任せている。
ナギサは裏の仕事の総責任者になってもらった。バスカヴィル家傘下の暗殺者のまとめ役として、ギャングの統制や道を踏み外したクズの粛清を行っている。
2人の仲間を置いてくるのは苦渋の選択だったが……今回の旅はどれくらい時間がかかるかもわからない。侯爵家の当主が長く家を空けようとするのだから、どうしたって代わりを務めてくれる人間が必要だ。
エアリスもナギサも置いていかれることには不満そうだったが、「主人の留守を守るのも妻の勤めだろ?」と言ってやると納得してくれた。
帰ってきたら何でも言うことを聞くと約束させられてしまったあたり、家に帰るのが恐ろしくもあるのだが。
そして、2人の戦力が欠けた代わりに連れてきたのがレヴィエナだった。
最初は傘下の暗殺者やギャングの誰かを連れて行こうとしたのだが……レヴィエナが自ら立候補したのである。
タダのメイドに何ができるのだと止めようとしたものの、そこでレヴィエナはとんでもないことを口にした。
『足手まといにはなりません! だって、今の私のジョブは『近衛騎士』ですから!』
『近衛騎士』は『魔法戦士』と並んで珍しいジョブである。ダンブレに登場した仲間キャラでこのジョブにつけるキャラクターは1人しか登場しなかったくらいである。
どうしてレヴィエナがそんなジョブについているのだと問いただすと、恐るべきことにこの2ヵ月間で鍛練して転職したらしい。
2ヵ月前──夏休み直前の運命の夜。
俺は父親であるガロンドルフ・バスカヴィルと決闘をして、死闘の果てに勝利した。
この『死闘』というのは比喩ではない。実際に1度殺されて、蘇生アイテムのおかげで復活したのだ。
レヴィエナもまたあの場に同席していたのだが……ガロンドルフの剣に胸を貫かれる俺を見て、胸が締め付けられるような恐怖を感じたらしい。
そこで戦いに参加できない自分の無力さに打ちひしがれ、どうにか戦闘でも俺の役に立てるように訓練を始めたらしい。
最近、私用といって姿を見せない日が多かったのは、山籠もりをして自分を磨き上げていたとのことである。
激しい鍛練の結果、レヴィエナは『近衛騎士』への転職の道を切り開いた。
初期ジョブが『召使』という非戦闘職であったことを考えると、恐るべき進化である。どれほどの努力をしたのか聞くのが怖いくらいだ。
「どうぞこちらへ、坊ちゃま」
「…………ああ」
レヴィエナは毛布を開いて、そこに俺を招き寄せる。
俺が隣に座ると、身体を密着させてきて一緒に毛布にくるまった。
「はふう……」
「…………」
同じ毛布に包まれて……レヴィエナは世にも幸せそうな表情を浮かべた。まるで世界中の幸福を独占したような満足げな顔である。
さんざんエロいことをやってきて今さらと思うかもしれないが……この状況はわりと恥ずかしい。
とはいえ、俺を守るためにレヴィエナが積んできた努力を考えると無下にもできない。俺はされるがままにレヴィエナと密着して体温を交換する。
「坊ちゃま……私はとても幸せです」
「そうかよ……この程度でそんなに喜べるなら安っぽいもんだな」
「坊ちゃまと一緒にいられることもそうですけど……実は私も坊ちゃまと冒険がしてみたかったんです。愛しい御方の盾となれることが心から幸せです」
「…………」
ほんのりと頬を染めて放たれた言葉。俺は何も言い返すことができず、羞恥を隠すように視線を背けた。
毛布の中でもぞもぞとレヴィエナの手が動き、俺の腕を掴んで自分の方へと誘導する。
腕に当たるのは柔らかな感触。それがレヴィエナの乳房の感触であることに気がつくのに、時間はかからなかった。
「むう……出遅れましたの。身も心も寒いですの」
「ふふふ……いいでしょう? 自慢しちゃいます」
対面に座っているウルザが、毛布に頭まで包まれた状態で睨みつけてくる。
半眼になった眼差しで唇を尖らせる少女に、レヴィエナは勝ち誇ったように嫣然と微笑んだ。
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