17.悲劇の王女
ポラリスから情報を受け取った数日後。
週末の休日を利用して、俺はとある人物に会いに行くことにした。
「『死喰い鳥』のところに向かってくれ。アイツに用事がある」
「かしこまりました」
バスカヴィル家に仕える御者は主の指示に疑問を挟むことなく、忠実に命令を実行する。
王宮から少し離れた場所にある目的地へと馬を走らせた。
馬車に乗っているのは御者を除けば俺とウルザだけである。エアリスとナギサはここにはいない。
エアリスはバスカヴィル家の代表として社交場に顔を出しており、貴族社会における人脈作りと情報収集に励んでいる。
ナギサは他国のギャングが違法薬物を国内に持ち込んでいるという情報を得たため、仲間の暗殺者を連れて潰しに行っていた。
形は違えど、2人ともバスカヴィル家の為に動いてくれている。
「…………」
断続的な振動に揺られながら、馬車の背もたれに体重を預ける。隣に座ったウルザが頭を預けてもたれかかってきたため、とりあえず頭を撫でておく。
馬車に揺られながら……頭に浮かんでくるのは、ポラリスから教えられた情報。勇者の末裔であるシャクナ・マーフェルンについてであった。
「シャクナ……」
彼女の名前を呼ぶと、ズキリと胸に痛みが走る。
『ダンブレ1』は俺のゲーマー人生の中で最高のゲームだと断言できるが……続編の『2』、そして追加シナリオである『翡翠の墓標』は最後まで好きになれなかった。
『2』が嫌いな理由は俺……というか『ゼノン・バスカヴィル』による寝取り展開がムカついたから。
『翡翠の墓標』が嫌いな理由は、ラストシーンがあまりにも切なくて虚しい気持ちになったからである。
王女シャクナはレオンと協力してクーデターを起こし、最後にはマーフェルン王を打倒して革命を成し遂げた。
父親を討ち取ったシャクナは新たな女王として国家の建て直しを宣言するが……そのエンディングで暗殺者の剣に斃れてしまうのだ。
胸を貫かれたシャクナは慌てて駆け寄ってきたレオンの腕に抱かれ、微笑みを浮かべながら絶命していった。
『どうして抵抗しなかったんだ! 君だったら、あんな攻撃よけられたはずだろう!?』
『だって……あの子はまだ子供だったから。子供に剣を向けられるわけがないでしょう……?』
レオンの腕の中でシャクナは力なく笑う。
シャクナを殺した暗殺者は小さな子供だったのだ。
王の側近であり騎士団長の息子であった子供は、父親の仇をとるためにシャクナに刃を向けたのである。
心優しいシャクナはその気になれば抵抗することもできたのだろうが……子供の顔を見て心に迷いを生じさせてしまい、無抵抗で胸を貫かれてしまったのだ。
どんな大義名分を掲げていても、悲しみが生まれない戦争はない。
シャクナの胸を刺し貫いた少年もまた、戦争から生まれた被害者だったのである。
あのラストシーンは泣いた。
とんでもなく……すっごく泣いた。
他にエンディングがないか、シャクナが生き残ることができる術はないか何度もプレイしたが……残念ながら、いくらやり直しても彼女を救い出すことはできなかったのだ。
このラストは多くのゲーマーに衝撃を与えた。
『2』ほどではなかったが、多くのプレイヤーからクレームだって殺到した。
『シャクナはね、死ななくちゃいけなかったんですよ。どんな大義名分があったとしても内乱を引き起こしたことを正当化してはならない。戦争を美化しちゃいけないんです。織田信長や坂本龍馬が最後には殺されたように、シャクナも戦争を起こした責任をとらなくちゃいけなかったんですよ』
これは後にシナリオライターがインタビューを受けて、語っていた内容である。
どんな理由があっても戦争はダメ。革命という名の内乱を引き起こしたシャクナは恨みを背負って殺されなくてはいけなかった。
シナリオライターの言いたいことはわからなくもないが……1人のファンとしてはとても納得できないコメントである。
「ご主人様、馬車はどこに向かっているですの?」
嫌なことを思い出して渋面になっている俺に、隣の座席に座ったウルザが訊ねてくる。
「……ん、ああ。お前はまだ会ったことがなかったな。バスカヴィル家に仕えている魔法使いで『死喰い鳥』という奴に会いにいく」
「シクイドリ……おかしな名前ですの。その方にどんな用事があるですの?」
「『死喰い鳥』には先日のクズ貴族……ジャクソルトの死体を預けてあるんだよ。奴は死体と話して情報を聞き出すことができる魔法使いだからな。マーフェルン王国についてもう少し調べておきたいから、直接会っておこうと思ってな」
「死体とお話ができますの? 随分と変わった人ですの」
「それはその通りだが…………む?」
唐突に馬車が停止した。馬の高い鳴き声が響いてくる。
「どうした! 何かあったのか!?」
「わ、若旦那様! それが……!」
「…………!」
前方の御者に訊ねると、焦った声が返ってきた。
どうやらアクシデントが発生したようだ。俺とウルザはすぐさま馬車から飛び降りる。
すでに馬車は王都の外に出ている。舗装されていない畦道は木々に囲まれており、どうやら林の中を進んでいたようだ。
「これは……!」
「敵襲ですの!」
馬車は無数の敵に包囲されていた。敵は10体……否、木々の陰に隠れている者を含めれば倍以上はいることだろう。
周囲にいる敵影は人間のものではなかった。だからといって、モンスターであるとも言い難い。
馬車を取り囲んでいたのは人型の何か。
目もなく、鼻もなく、口もない。まるで卵のような顔をしていて、そのくせ一丁前に服だけは着ているマネキンのような人形だった。
「「「「「…………」」」」」
不気味な人形の群れは無言で馬車を取り囲んでいたが……やがてナイフや棍棒といった武器を取り出してくる。
「やれやれ……そういうことかよ。参ったな」
俺は瞬時に事態を把握し……深々と溜息をついた。
「どうやら、俺達は手厚い歓迎を受けているようだな……。ウルザ、殺れるな?」
「問題ありませんの! ご主人様の敵は全員ぶっ殺ですのっ!」
主の問いを受けて、ウルザが幼い相貌に凶暴な笑みを浮かべて頷く。
愛用の金棒を空に高々と振り上げ、武装した人形めがけて殴りかかるのであった。