9.仲直り
「ナギサさんが勝ちましたのー。面白くないですのー」
模擬戦の結果に不満そうな声を上げるウルザであったが、その表情はどこか安堵したものである。素直な反応ではないが、ライバルとして認識しているナギサの勝利を喜んでいるようだ。
「エアリス」
「はい、行って参ります」
声をかけると、エアリスがすぐに動き出す。
まずはこちらに戻ってくるナギサの下に駆け寄り、頬についた傷に治癒魔法をかける。
「すぐに治しますね、ヒール」
「ああ、かたじけない。助かる」
「女の子の顔ですもの。ちゃんと治さないといけませんね」
入浴中、あるいはベッドの中では争うことの多い2人であったが、本心から仲が悪いというわけではない。
エアリスは笑顔でナギサの勝利を祝いながら、傷を治療している。ナギサも当然のようにそれを受け入れていた。
ナギサの治療を終えると、エアリスはそのままグラウンドの真ん中に座り込んでいるルーフィーの下へと走っていく。
ルーフィーの傍にはすでにレオンとシエルが走り寄っており、敗北した仲間を励ましていた。
「ルーフィーさん、お怪我はありませんか?」
「…………エアリスさん」
エアリスが声をかけると、ルーフィーが小さく肩を震わせた。
戸惑ったように視線をさまよわせており、眠そうな顔つきに珍しく不安げな感情を浮かべている。
エアリスとルーフィーはどちらも聖職者の家系に生まれたこともあり、いわゆる幼馴染みという間柄だった。
幼少時には姉妹のように仲が良かった2人であったが……とある事件がきっかけとなり、現在は疎遠な関係になっているのだ。
その事件というのが、エアリスの母親が強盗によって殺害された事件である。
馬車でエアリスと母親が移動している最中、突如として盗賊が襲ってきた。護衛についていた僧兵は殺され、あるいは逃げ出してしまい、親子の命が危険にさらされることになった。
母親が全ての力を振り絞って結界を張ったことでエアリスは助かったが、その代償に力を使い果たした母親が命を落とすことになったのである。
この事件とルーフィーがどのように関わっているかというと……逃げ出した護衛の僧兵というのが、ルーフィーの父親だったのである。
ルーフィーの父親は自分の命惜しさに護衛対象を置いて逃げ出し、そのまま行方不明になってしまったのだ。
ルーフィーは自分の父親のせいでエアリスが母親を失うことになったと責任を感じており、距離をとるようになっていた。
「膝を擦りむいているようですね。治療いたしますわ」
「…………」
気まずそうに黙り込んでいるルーフィーへと、エアリスが治癒魔法をかける。
ルーフィーは自分も治癒魔法を使えるだろうに、エアリスの手当てを拒絶することなく大人しく受けいれている。
そのまましばし、口を真一文字に引いていたが……やがてポツリと口を開く。
「……ありがと。助かるわあ」
「はい、どういたしまして。こうしてルーフィーさんの治療をしていると思い出します。昔、訓練でケガをした貴女によく治癒魔法をかけていましたね」
「あったかも、しれないわねえ……そんなことも」
「これからは同じクラスですし、こういう機会も増えるかもしれませんね。ケガをしたルーフィーさんには不謹慎かもしれませんけど……ちょっとだけ、嬉しいです」
「…………」
笑顔を向けられ、ルーフィーは唇を噛んで黙り込んだ。
そんな微妙な空気に、2人の間にある事情を知らないレオンとシエルが、不思議そうに顔を見合わせている。
「また、昔みたいに仲良くしてくれると嬉しいです。今度、一緒にお茶でも飲みましょう?」
「……承知いたしました。エアリス様」
ルーフィーはいつもの間延びした声ではなく、しっかりとした口調でそう答えた。
まだまだ気まずい空気は無くなっていないが……それでも、お互いに1歩前進というところだろうか。
「結構なことじゃないか。女の友情ってのも素晴らしいね」
そんな2人を遠目に見つつ、俺は小さくつぶやいた。
ゲームではエアリスとルーフィーを仲直りさせると、2人がまとめて奉仕してくれるサービスシーンに突入するのだが……ルーフィーはレオンの仲間になっており、そんなご褒美イベントは起こらないだろう。
残念だが……疎遠だった友人が仲直りするのは素晴らしいことである。エアリスも喜んでいるようだし、背中を押して本当によかった。
ぎこちなく笑い合っている2人の姿に、俺は苦笑しながら肩をすくめた。
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