5.もう1人の主人公
翌朝、俺はいつも通りに学園に登校することになった。
昨晩の激しい戦いによって疲労困憊になった俺は、寝不足でふらつきながらバスカヴィル家の馬車に乗り込む。
ちなみに、『戦い』の相手は子供を誘拐する悪の貴族とのことではない。ベッドの中で容赦なく襲いかかってきた『性獣』との戦闘である。
レヴィエナに見送られ、エアリス、ナギサ、ウルザを伴って学園に向かう。
俺がこんなにも疲労しているというのに、他の面々が肌をツヤツヤにして充実した表情をしていた。非常に納得いかない。
俺が通っている学園──スレイヤーズ王立剣魔学園はモンスターと戦うための戦力を育成するための学校である。
『ダンブレ』の設定を現実化させたこの世界には各地に無数のダンジョンがあり、そこには絶えずモンスターが産まれていた。
数を増やしたモンスターは村や町を襲うこともあり、冒険者や騎士団が対処に追われている。
剣魔学園はモンスターと戦うための力を身につけるための学校だった。
ゲームの舞台となっており、様々なヒロインと巡り合うための場所でもある。
学園についた俺は、馬車から降りて校舎に向かう。周囲からは今日も他の生徒の視線が集まってくる。
「お、あれって……」
「ああ、ゼノン・バスカヴィルだ。新しいバスカヴィル家の当主」
「本当にセントレア子爵の令嬢と婚約したんだな。一緒に登校するなんて……」
「他の女の子も美人だな。あの侍っぽい娘とかスゲエタイプ……」
まっすぐ校舎に向かって行く俺達に、通学中の生徒らが口々に内緒話をはじめる。
悪の化身──バスカヴィル家に生まれて、こうやって注目を集めるのも慣れたものだ。
エアリスやナギサと行動を共にするようになってますます注目を浴びるようになっていたが……その大半は嫉妬の目である。
これほどの美少女を連れて歩いているのだ。噂されるくらい仕方があるまい。
「見ろよ、アレ……」
「『玉蹴りオーガ』じゃねえか……!」
「ガキにしか見えないが……近寄るなよ。子供を作れない身体にされちまうぞ!」
ウルザは違う意味で注目を浴びていた。
以前、とある男子と揉めた際に『玉』を蹴り飛ばしたことで、野郎どもから恐怖の目で見られているようだ。
「……無理もないな。アレはトラウマになる光景だったから」
「どうかしましたの、ご主人様?」
「…………」
顔を覗き込んでくるウルザに無言で首を振りながら……俺は軽く背筋を震わせて校舎へと入った。
いつもの廊下。いつもの道筋を通って教室に入ると──教室の中で女子生徒と話していた、顔見知りの男子が俺に気づいて手を上げてくる。
「よう、侯爵様。おはようさん」
「ああ」
気安い口調で挨拶してくる男子に軽く応えておく。
馴れ馴れしく話しかけてきた男の名前はジャン。一緒にいる女性はアリサ。2人とも俺が親しくしているクラスメイトだ。
この学校の人間は悪の権化と言われるバスカヴィル家のことを怖がっている者が大半なのだが、彼らはとある事件で助けてやったことがきっかけで友人関係を築くことができていた。
彼らの傍の席に座ると……さっそくアリサが距離を詰めてくる。
「ウルザちゃーん! おはよー!」
アリサの目的は生徒でもないのに同行してきたウルザである。
貴族が多いこの学園では、執事やメイドなどの従者を連れて授業を受けることが許可されているのだ。
「むう……出たな、ですの!」
「あーん、逃げないでよー!」
顔を合わせるや抱きつこうとするアリサに、ウルザが俺を壁にするようにして逃走する。
何故だかわからないが……アリサはやたらとウルザのことを気に入っており、毎日のように追いかけ回していた。ウルザのほうは辟易しているようで、顔をしかめて逃げている。
「ほらほら、お菓子があるよー! 例の店の新作チョコだよー!」
「むう……おいしそうですの……」
だが……アリサも慣れたものである。ウルザの弱点を正確に把握していた。
チョコにつられてフラフラと近づいていったウルザは、「隙アリ!」と飛びついてきたアリサになすすべなく捕獲される。
「ぎゃあああああああああああ、ですのっ!」
「ふんふんふーん。ウルザちゃんの髪やわらかーい。シャンプーかな、オレンジの匂いも素敵……クンクンクンッ!」
「嗅ぐなですの、離れろですの! あっち行けですのー!」
朝の教室に姦しい争いの声が響き渡る。
幼馴染の恋人の暴走に、ジャンが俺に頭を下げてきた。
「……いつも悪いな。うちのが」
「いや……なんだかんだでウルザも楽しんでるよ。たぶん……」
俺は曖昧に返事をして肩をすくめる。
「みんな、おはよう」
ちょうどのそのタイミングで教室の扉が開いた。
入ってきたのは……これまた俺の顔見知り。『ダンブレ』の主人公であり、魔王を封印する力を持った勇者──レオン・ブレイブである。
「む……」
「あ……」
レオンと目が合った。
『1』の主人公である正統派ヒーローと、『2』の主人公である寝取り悪役。ゲームでは敵対関係に遭った俺達であったが……どちらともなく会釈して挨拶をする。
入学当初、正義感の強いレオンは俺に対して強い敵意を抱いていた。
しかし、最近ではそれなりに打ち解けており、『いずれ決着をつけなくてはならない好敵手』くらいには俺の評価が昇格しているようだ。
夏休み明け、レオンにはどちらが先に魔王を倒すか勝負を持ちかけている。
かつてのレオンであれば相手にならなかっただろうが……夏休みに相当な鍛練を積んだらしく、かなり強くなっている様子だった。
「おはよう、みんな」
「やっほー! 今日も1日がんばろうねー!」
ちなみに……登校してきたレオンの周りにはパーティーメンバーである3人の女子生徒がいた。
1人目はシエル・ウラヌス。
レオンの幼馴染みの赤髪美少女。『ダンブレ』におけるヒロイン三巨頭の1人。他の三巨頭──エアリスとナギサが図らずも俺についていることで一強状態になっている。
ジョブは『魔術師』であり、光と闇を除くあらゆる属性の攻撃魔法を使うことができる優秀な魔法使いだ。
2人目はメーリア・スー。
夏休み前からレオンと行動を共にしている女子生徒で、ゲームには登場しなかったモブキャラだ。三つ編みにメガネという地味な格好だが、意外と性格は明るく、俺に対しても物怖じせずに話しかけてくる。
双剣使いの『戦士』としてもかなり優秀なようで、モブとは思えないような急成長を見せている女子だ。
「…………おはよ」
そして……3人目。夏休みが明けてから、新たなヒロインがレオンと行動を共にするようになっていた。
澄ました顔で教室に入ってきたのは背の高い灰色髪の女子生徒。
改造された制服の胸元は大胆に開いて深い胸の谷間が覗いており、短めに折られたスカートからはタイツに包まれた脚が伸びている。
1ヵ月前、夏休み明けに行われたクラス替えで、Aクラスに昇格してきた女子生徒である。
彼女の名前はルーフィー・アストグロウ。ゲームではシナリオ後半になって新しく登場するサブヒロインだった。
エアリスと同じく神官の家系出身の彼女であったが、そのジョブは『僧侶』ではなく『僧兵』である。
「……いい仲間を入れたようだな。偶然か、それとも意外とものを考えているのかね?」
俺は空いている席に並んで座るレオンパーティーを見ながら、ポツリとつぶやく。
『僧兵』は『僧侶』や『司祭』のように回復魔法や補助魔法を使うことができ、さらに拳による近接戦闘までこなすことができるマルチ・ジョブだった。
回復は僧侶に及ばず、近接戦闘は戦士に勝てないという器用貧乏な一面を持つ不人気なジョブではあったが……現在のレオンパーティーの穴を補うには的確な人選である。
レオンは様々な偶然、不幸な事故が重なった結果として、ゲームであれば絶対に仲間に入るはずだったエアリスとナギサの2人を逃している。
回復と近接戦闘ができるルーフィーはその欠けを補うのに最適なメンバーである。
これにより、レオンパーティーメンバーは『魔法剣士』のレオン、『魔術師』のシエル、『戦士』のメーリア、『僧兵』のルーフィーとなった。
やや攻撃よりではあるものの、十分な戦力がそろったパーティーが完成している。
夏休み明けに魔王が復活してから1ヵ月。
レオンも順調に成長しているようだし……今ならば、魔王軍の幹部とも善戦ができることだろう。
「……もう子守りは必要なさそうだな。結構なことじゃねえか」
「どうかしましたの、ご主人様?」
「いや……何でもない」
顔を覗き込んでくるウルザに首を振って応える。
今のレオンであれば、降りかかる火の粉を自分で斬り払うことくらいできるだろう。以前のように、俺が気にかける必要はなさそうだ。
これで、俺も自分のやるべきことに集中できる。
バスカヴィル家の当主としてスレイヤーズ王国内の悪を統制する。
そして……勇者ではない俺のやり方で魔王を倒す手段を見つけて、世界を救うのだ。
「はい、皆さん席についてください。ホームルームをはじめますよ!」
クラス担任の女性教師が入ってきた。
疎らに散っていた生徒が席に戻っていき、今日も1日の授業が開始する。
教科書通りのキッチリとした授業を進める女性教師に心の中で謝罪して、俺は昨晩の疲れを癒やすべく目を閉じて仮眠をとった。