4.メイドの本気
バスカヴィル家の屋敷にある浴場は非常に広い。大理石の壁と床で覆われた空間はまるで高級ホテルの大浴場である。
帰ってきて早々に一悶着があったものの……結局、俺達は5人で一緒に入浴することになった。
人数が1人増えているのは、俺達が脱衣所で服を脱いで浴場に入った時にはすでに全裸の女性が待ち構えていたからである。
「お待ちしておりました。ゼノン坊ちゃま」
ニッコリと笑顔で出迎えてくれたのはこの屋敷で働いているメイドの1人──レヴィエナである。
レヴィエナはいつも頭の後ろで結っている髪を下ろしていた。紫がかった髪が滝のように流れて白い裸体にかかっている。
「坊ちゃまが来るのを待っていました。メイドたるもの、主の行動を先読みするのも嗜みです」
「いや……そんな嗜みはないと思うが……」
レヴィエナはゼノンの身の回りの世話をしている専属メイドである。
ゼノンが幼少時からこの屋敷で働いているらしいが……ゼノンが主人公として登場した『ダンブレ2』にはこんなキャラクターはいなかった。
モブとして処理されてしまったか……それとも、ゲームのシナリオ開始時には何らかの理由によって屋敷からいなくなっていたのかもしれない。
レヴィエナが日常的に『ゼノン・バスカヴィル』から虐待を受けていたことを考えると……あまり愉快な想像はできないが。
「……お風呂イベント、多すぎじゃね? こういうサービスシーンはもっともったいぶったほうがいいと思うがな」
「さあ、どうぞ。こちらにうつ伏せになってください。身体を洗わせていただきます」
「うつ伏せって……嫌な予感がすごいな」
レヴィエナが笑顔で導く先、浴場の床にはマットのようなものが敷かれていた。
人間が横になれる大きさのマットの横には風呂桶が置かれており、中には湯や水ではなく粘性のある液体──ローション的なものが入れられている。
……うん、これはあれだな。
専門店というか、特殊なサービスを提供する店のやつだな。
「……お前、どこでこんな知識を仕入れてきやがった?」
「メイドの嗜みでございます、坊ちゃま。主に満足していただき、疲れを癒やすためならばレヴィエナは手段を選びません。バスカヴィル家が経営している店から専門家をお呼びして、厳しい訓練を積ませていただきました」
「……時間の無駄がすごいな。その時間に新作料理の1つでも覚えたほうが主のためになるんじゃないか?」
まっとうな疑問を口にするが、レヴィエナは構わず俺をマットの上に誘導していく。
そんな俺の背後では……浴場まで一緒に来た3人が悔しそうな顔で立っている。
「くっ……さすがにアレは真似できない……!」
「……流石はレヴィエナさん。数日前から何かを企んでいると思ってましたが、まさかこのようなことをやってのけるとは」
「そこに痺れる憧れる……ですの」
ナギサ、エアリス、ウルザが何故か戦慄した表情でつぶやいている。
うん……どうしてこんなしょうもないことで戦慄しているのだ、この娘達は。
そして、ウルザはどこでそのネタを覚えたのだろうか?
「それじゃあ、マッサージをさせていただきますね。お湯で身体の汚れを落としてから、疲労した筋肉をほぐさせていただきます」
「む……!」
そこから先は極上の時間だった。
確かに、わざわざ専門家からレクチャーを受けただけのことはある。
日本にいた頃にこの手の店に通った経験はなかったが……もしもレヴィエナがこんなサービスを提供してくれるのならば、給料の大部分をつぎ込んででも常連になったかもしれない。
俺は30分ほどかけて全身の疲れという疲れを落とし、色んな意味でスッキリした気持ちで浴槽に張られた湯に浸かることができた。
「極楽、極楽……魂が抜けるほど気持ちいい湯だな……」
「あら? 気持ち良いのはお湯だけではないでしょう、坊ちゃま」
ちゃっかり隣にやってきたレヴィエナが、身体を密着させながら意地悪く言ってくる。
これまでのやり取りからわかるように、俺はバスカヴィル家の当主になってからレヴィエナとも肉体関係を結んでいた。
それにしたって……今日のアプローチは妙に激しい。
まるで序盤に登場したにもかかわらず後から出てきたヒロインに出番を奪われた負けヒロインが、メインヒロインの座を奪い返すために怒涛の追い上げをしているようである。
普段であれば割って入ってきて邪魔してくる他の3人も……今日はレヴィエナの本気の責めに戦慄して、広い浴槽の隅で固まっている。
「レヴィエナさんが本気の本気ですの。すごい勢いで進化してますの」
「ううっ……胸のサイズは勝ってるのに。やはり大人の女性は違います。熟成された色気のようなものを感じます……」
「……考えても見れば、この中で1番年上なのは彼女だからな。小娘など相手にもならないというわけか……強敵出現か」
「……お前らは何の勝負をしてるんだよ。風呂に入るのに勝ち負けなんてないだろうが」
呆れて言うと、ウルザが唇を尖らせてくる。
「ご主人様が賢者様になってますの。明鏡止水のチートタイムですの。1人の男を取り合っている女の気持ちは殿方にはわかりませんの」
「そりゃあ、まあ……なあ」
確かに……俺には彼女達の気持ちはわからない。
男だから女の気持ちがわからないというよりも……チョロすぎるエロゲヒロインの気持ちが男の俺にわかるわけがなかった。
別に口説いたわけでもないのに、いつの間にか肉体関係を持っていた4人の美女・美少女。彼女達は自然とハーレム状態であることを当然のように受け入れている。
やはり……いかに現実になっているとはいえ、ここはアダルトゲームの世界らしい。
「幸せなんだけど……どうなんだろうな、この退廃的な状況は。色々と終わっている気がするんだが」
女に溺れ、堕落している自分の状況に嘆息し……俺は天井を仰いで瞳を閉ざす。
心地良い湯の温かさに加えて、左腕には密着したレヴィエナの滑らかな肌の感触があった。
こんなにも幸せでいいのだろうか。何かよくないことが起こる前触れではないか──そんなふうに危惧する俺であったが、1時間後、その予感は的中することになる。
レヴィエナの行動に触発された他の3人が、ベッドの中でとんでもない攻撃を仕掛けてきたのだ。
ケンカしていたはずなのにいつの間にか同盟を組んでいた3人の責めに、俺はすっかり精魂尽きることになるのであった。
ただのマッサージだよ。
スコシモイヤラシクナイヨ。