3.正妻、現る
「おかえりなさいませ、ゼノン様! お怪我はございませんか!?」
バスカヴィル家の屋敷に入るや、1人の女性が飛びつくようにして抱き着いてきた。
押しつけられるたわわな感触。極上の双丘が俺の胸板にあたって卑猥に形を変えている。
「……熱烈なお出迎え、ありがとうよ。エアリス」
巨大な乳房を押しつけて抱き着いてきたのはエアリス・セントレア。
俺の3人目のパーティーメンバーであり、回復役を担っている神官。柔らかそうな金髪と澄んだ青い瞳。豊満過ぎるバストを持った美貌の女性である。
俺にとっては仲間でありながら愛人。かつては『セントレアの聖女』などと呼ばれていたが、最近ではすっかり『性女』と成り果てている残念美女だった。
「ケガは……ないみたいですね。とりあえず御身体を洗いましょうか。すぐに浴場にお連れしますね?」
「ちょっと待て」
「待つですの!」
そのまま問答無用に俺を風呂場に連れていこうとするエアリスであったが、ナギサとウルザが同時に待ったをかける。
「主の身体は私が流させてもらおう。それが従者の勤めだからな」
「ご主人様の背中はウルザが洗いますの。奴隷の仕事ですの!」
「違いますよ、2人とも。旦那様の身体を洗って差し上げるのは新妻の役目です」
2人の抗議に、エアリスは頬を薔薇色に染めてうっとりと言う。
「知ってますよね? 私とゼノン様は婚約者。いずれは夫婦になる関係なのです。妻として、仕事で疲れて帰ってきた旦那様を労うのは当然ではありませんか」
「納得できぬ! 断固として抗議をさせてもらう!」
「反対! 大いに反対ですの!」
勝ち誇ったようなエアリスの態度に、ナギサとウルザが噛みつくように反意を表明した。
「そもそも、我が主とエアリスの結婚など私は認めていない! 主は我が故郷に来て青海一刀流の師範を継ぐのだ!」
「俺も初耳なのだが……?」
「そうですの! ウルザと子供をたくさん作って人間の国を滅ぼして、世界を征服しますの!」
「悪堕ちエンドじゃねーか! 俺が魔王になってどうするんだよ!」
勝手なことを言いまくる2人。いや……エアリスも含めれば3人か。
俺とエアリスが婚約を結んでいる……それは事実だった。
親父を倒してバスカヴィル家の当主になったわけだが……学生である俺が当主になるためには、どうしても後見人となる有力貴族が必要である。
そんな時、後見人として名乗り上げてくれたのがエアリスの実父──セントレア子爵だったのだ。
セントレア子爵は枢機卿の職に就いており、『王宮の良心』と呼ばれるほどの人格者である。
爵位こそ『子爵』と低かったが、顔も広くて影響力も強い。国王からの信任も厚くて、後見人として申し分ない人物だった。
人格者として知られるセントレア子爵が、悪の権化であるバスカヴィル家の新たな当主の後見人になる……その意外過ぎる組み合わせに驚いている人間は多い。
しかし、セントレア子爵がバスカヴィル家を監督することで悪事も鳴りを潜めるだろうと、他の貴族から反対の声は上がらなかった。
エアリスとの婚約はセントレア子爵が後見になるにあたって、出してきた唯一の条件である。
『娘は君と共に生きることを選びました。どうか受け入れてもらいたい』
──というのは、セントレア子爵と会った際に言われたセリフである。
加えて……次のようなことも言っていた。
『当家の娘を家に泊めて、一緒に風呂まで入ったのでしょう? もちろん責任は取ってくれますな?』
人格者であるはずのセントレア子爵は柔和な笑みを浮かべながら、目元だけは少しも笑っていなかった。
経緯はどうあれ……俺のせいでエアリスが『性女』になってしまったのは事実である。断ることもできず、俺は全面降伏して頷くことになったのだ。
エアリスとの婚約には、美貌の聖女を狙っていた若い貴族が眉をひそめていたものの……国王からの承認も受けた婚約である。バスカヴィル家に逆らう度胸のある者もおらず、円満に婚約が決まってしまった。
「まあ……地獄はそこからだったんだけどな」
エアリスが婚約者に決まった際……バスカヴィル家で起こった騒動を俺は忘れない。
あれはまさに『バスカヴィル家の乱』とでも呼ぶべき騒動だった。女同士のケンカがあそこまで恐ろしいなんて……生涯のトラウマになりそうである。
「さあさあ、旦那様。お風呂の準備はできていますよ。どうぞこちらへお越しくださいませ」
「させぬぞ、エアリス! 我が主の身体にこびりついた血潮は私が洗い落とすのだ!」
右腕にエアリス、左腕にナギサが抱き着いてくる。
左右の腕にサイズの違う柔らかな物体が押しつけられた。振り払う気になれない魔性の感触に、俺はされるがままに浴場へとついていく。
「……コイツら、レオンのヒロインのはずなんだけどな」
俺は左右の2人に気づかれないよう、口中でつぶやく。
寝取るつもりはなかった。なかったのに……成り行きで寝取ることになってしまった2人のヒロインに挟まれ、深々と溜息をつく。
「あーん、ウルザも行くですの! 手をつないでズルいですの!」
出遅れたウルザが抗議の声を上げながら腰に抱き着いてくる。
2人と違ってまるで凹凸のないウルザの胸部に……俺はもう一度、今度は憐みから溜息をつくのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク登録、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。
 




