2.血塗れの美女
「……戻ったか。我が主よ」
「よお、随分と不景気な面をしてるじゃないか。ナギサ」
階段を昇っていくと、玄関ホールで顔見知りの女性が待ち構えていた。
彼女の名前はナギサ・セイカイ。
俺と同じ学校に通う同級生にしてパーティーメンバー。そして、ウルザと同じく同居中の愛人である。
ついでに補足すると剣術を教えている弟子でもあったのだが……最近ではもっぱら『師弟』よりも『恋人』といった関係に近くなっていた。
ナギサは不機嫌そうに頬を膨らませて、腕組みをして立っている
「ウルザに負けたから拗ねてますの—。ぷぷっ、ざまあですのー」
「…………!」
ウルザが煽るような口調で言うと、ナギサがツリ目の瞳をさらに険しくさせて睨みつけてくる。
黒髪ロングのポニーテール。和装の女サムライであるナギサは常に殺伐とした空気を鎧のように纏っており、こうやって睨んでくると視線で人を殺せそうなほどだった。
ナギサの服はウルザと同じように血塗れになっており、眼光に込めて放たれる威圧感に拍車をかけている。
「……勝負の結果に文句などない。だが、敗者にかける言葉は選ぶがよい。敗者だ屍だと侮るなかれ。ジパングの侍は死してなお、首だけで敵の喉を噛みちぎるものぞ」
「負け犬が何か言ってますの—。遠吠えですのー。わおーん」
「よし、そこに直るがいい……決闘だ。刀のサビにしてくれよう」
ナギサが背中に巨大な般若を背負い、腰の刀に手を添える。
玄関ホールにはジャクソルトの部下らしき死体が無数に転がっており、ナギサもまた返り血で着物を赤く染めていた。
真っ赤な返り血を浴びた女サムライが放つ殺気に、ウルザではなく俺の背筋に寒気が走る。
「頼むから俺を挟んで喧嘩するなよ。ウルザもあまり挑発するな」
「痛っ……ですの!」
強めに頭を叩いてやると、ウルザが涙目になって恨めしげに見上げてきた。
パーティーにおける前衛の2人であったが、仲が良いとは決して言えない。
初対面から果し合いをした戦闘狂の2人だから仕方がないと言えば仕方がないが、最近になってどんどん喧嘩が多くなっている気がする。
「……まあ、原因は明らかだが」
2人が喧嘩をするのは、たいてい俺を巡ってのこと。俺という1人の男を奪い合い、寵愛を取り合って喧嘩しているのだ。
俺の……ゼノン・バスカヴィルのどこがいいのかは知らないが、揃いも揃って酔狂なことである。
「用事は済んだ。さっさと引き上げるぞ」
「むう……ですの」
「承知した……この決着はいずれまた」
2人はバチバチと火花を散らして睨み合っていたが、俺が建物から出ていくと競うように後をついてくる。
俺達が町はずれにある屋敷から出るとすれ違いに、後始末を専門とする配下が中に入っていく。
いかに犯罪者とはいえ、他国の貴族が国内で殺害されたとなれば体裁が悪い。ただでさえ、隣国は自分達が特権階級であるという意識が強いのだ。ジャクソルトの犯罪行為を咎めても知らぬ存ぜぬを貫くのは目に見えていた。それどころか、スレイヤーズ王国側に責任を吹っかけてくる可能性がおおいにある。
平時ならばまだしも、今は魔王復活による混乱もある時期だ。余計ないざこざは避けたかった。
「ウチの清掃員は優秀だ。夜が明ける頃には全ての片づけが終わっていて、死体も血痕も残らず消え失せていることだろうよ」
「それじゃあ、後は任せて帰りますの—」
ウルザが屋敷の前に停めてあった馬車に乗り込む。俺が続き、最後にナギサが車内へと入ってくる。
外観を辻馬車に偽装しているが、この馬車もバスカヴィル家の所有物だった。運転手は裏社会の人間であり、秘密を漏らすことはあり得ない。
馬車はまっすぐにバスカヴィル家の屋敷へと向かって行く。俺は座席に深く背中を預けて瞳を閉じた。
「今日のご主人様はウルザが独り占めですのー。勝者の特権ですのー」
「待て、ウルザ! 勝負は『最初の情けを誰がもらうか』という内容だったはずだ!? 一晩中、独占するなど許さんぞ!」
「知りませんのー。久しぶりの2人っきりですのー」
目を閉じた俺であったが、ウルザとナギサの口論が耳に入ってきた。
頼むから、さっさと休ませてもらいたいものである。
だが……俺の夜はまだ終わっていない。
家に帰れば、騒がしいのがまだ2人も待ち構えているのだから。
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