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圭天 不老少女の憂鬱  作者: 吉田深一
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多胡羊介の離婚⑨ 浜尾沙織弁護士の来襲 ラスト

これから本題って、今までの会話は何だったのだろうか? 

煽るだけ煽っておいて、もう羊介は平静な状態ではない。


「離婚の条件のことです。貴方も本心では離婚を望んでいるのではありませんか?」


「望んでませんよ!」


浜尾弁護士は何がおかしいのか、軽く笑顔を見せて、再度質問をする。


「言い方を変えます。貴方も本心では離婚は仕方ないと、思っているのではないですか?」


羊介は言葉に詰まる。


確かに羊介は努力しても全てが空回りする現状に嫌気がさし、こんな体で美紀さんの側にいるのは美紀さんにとっても不幸なのではないかと思い始めている。


洋介の返事を待たず、浜尾弁護士は話し始める。


「もういいです。多胡美紀さんの離婚条件を言わせて頂きます」


離婚条件? 羊介は今まで離婚ということをそれ程、現実的に考えていなかった。


浜尾弁護士は続ける。


「具体的には多胡羊介さん名義の預貯金、不動産などは全て多胡美紀さんに引き渡して頂きます」


「はあ、な、何を」


「それと当然ですが、二人の子供、美香ちゃんと羊一くん、の親権は多胡美紀さんが頂きます」


「え、美香、羊一」


しばらく会っていない。思わず涙が浮かぶ。


「あと、慰謝料と養育費ですね」


浜尾弁護士が提示した慰謝料と養育費の金額は、洋介の想定をはるかに超えていた。

こんな金額をまともに支払っていたのでは、本当にただ命を繋ぐだけの生活になってしまう。


「こんな条件呑めるわけないでしょう。私が生活できなくなってしまうじゃないですか? それに家を取り上げられて私はいったいどこに住めというんですか? この家は私の叔父さんから私が安く譲ってもらったものですよ」


羊介は必死に抵抗する。


「妥当な条件だと思いますけどね。あなたはセックスレスの上、妻に暴力を振るい、その上、浮気をしている可能性が非常に高い。ある程度の報いを受けるのは当然でしょう。それと家の件ですが、圭になった人たちは、前橋の本庁舎に行けば訓練施設に入れると聞いています。そこは寮設備もあるみたいなのでそこに入居すればいいじゃないですか。まあ、あなたが本当に圭だった場合の話ですけどね」


浜尾弁護士は羊介を馬鹿にしたような調子で滑らかに話す。

本当に嫌な女だ。


「それにこの条件では、あなたの浮気相手までには制裁を課していません。確定の証拠がないのもありますけど、それは私がその気になれば証拠はつかめた筈です。でもこういう条件にしたのは、多胡美紀さんの意向です。もうこれ以上傷つきたくないと、たとえ真実がどうであれ、貴方の言葉を信じたふりをして、綺麗に別れたいとのことです。本当に優しく、それに強い女性です。浮気相手のことは見て見ぬふりをして前向きに生きていきたいということでしょう。多胡美紀さんの心情を思えば本当に頭が下がります。浮気相手の分の慰謝料を貴方に少し上乗せするくらいは当然でしょう」


「俺は浮気なんかしていない!」


「まあ、あくまでもそう言い張るなら、それでいいですけどね」


浜尾弁護士は一息ついて、羊介に向き直った。


「それではこの、離婚条件を受け入れますか?」


「受け入れるわけないでしょう。こんな条件酷すぎます」


「そうですか、わかりました。なら裁判ですね」


「さ、裁判」


浜尾弁護士の口から、日常聞きなれない単語がでてきて羊介はひるむ。


「そうです。裁判です。裁判ともなれば、今は見て見ぬふりをしている貴方の浮気相手のことなども徹底的に調べさせてもらいますし、貴方の多胡美紀さんへの暴力事件のことも改めて、取り上げさせてもらいます。私は多胡美紀さんの代理人として徹底的に争わさせて頂きます。そしてこれらは当然、裁判記録に残ります。貴方が浮気者の暴力亭主だということが、裁判所に認定されて半永久的に記録として残るわけです。将来、誰かが貴方のことを調べたときに貴方という人間の正体がばれてしまいますよ。貴方の将来の為にも裁判は避けた方が良いと思いますけど。これは貴方の為を思って言っています」


自分のことなど絶対1ミリも考えていなさそうな浜尾弁護士の物言いだが、羊介は裁判という言葉に非常に衝撃を受けていた。


俺と美紀さんが争う。


なんで俺が俺の子供を二人も産んでくれた、世界で一番愛している女性と争わなくちゃいけないんだ。


それも徹底的に。


何でこうなった。俺はどこで間違えた。


「もしもし、多胡羊介さん聞いていますか?」


羊介ははっとした顔をして、何とか言葉を返す。


「美紀さんと会わせて下さい。直接話し合えば分かり合えるはずです。お願いです。美紀さんと合わせてください」


恥も外聞もなく浜尾弁護士に懇願してしまう。


浜尾弁護士は上から目線で、さも面倒臭そうに、


「先ほども言いました。それは出来ません。言いたいことがあるのであれば私に言って下さい」


羊介は悔しくてたまらないが、言うべき言葉が見つからない。

黙っていると浜尾弁護士が突き放したようにさらに畳みかける。


「多胡羊介さん、貴方に選択できるのはこの離婚条件で多胡美紀さんと離婚するか、不服があるのであれば裁判するか、のどちらかです」


「裁判だけは……、許してください」


裁判自体も怖いが、何より美紀さんと裁判するというのが、耐えられない。

羊介はちゃぶ台に手をついて浜尾弁護士に頭を下げてしまう。


浜尾弁護士がにやりと笑った、気がした。


「そう、わかりました。それではこの離婚条件で、多胡美紀さんと離婚することを承諾するんですね?」


羊介は返事できない。黙って下を向いている。


「多胡羊介さん?」


浜尾弁護士は更に問いかける。


羊介は小さな声で、弱々しく言葉を返す。


「あの、美紀さんと、話を、させて下さい」


「何度同じことを言わせるんですか? それは許可できません」


浜尾弁護士はにべもなく断った後、


「まあ、多胡羊介さんの気持ちをわかります。私も即答は求めていません。そうですね、私も準備があるので二週間くらいは待ちましょうか、それくらい待ってお返事を頂けないようでしたら、裁判に持ち込ませていただきます」


羊介は黙って下を向いている。


浜尾弁護士が捨て台詞のように続ける。


「この離婚条件に不服があるのであれば、多胡羊介さんも弁護士に依頼してみたらどうですか? まあ、依頼を受けてくれる弁護士がいればの話ですけど、それでは田中君、帰りましょうか」


浜尾弁護士は、ほとんど無言だった補助者を連れて家を出る。


羊介はまだ黙って下を向いている。


気分は最悪で浜尾弁護士の馬車の蹄の音が遠ざかるまで、身動きもできなかった。

それでも羊介は浜尾弁護士の最後の言葉の意味を考えていた。


そして独り言を言う。


「弁護士に依頼する?」

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