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圭天 不老少女の憂鬱  作者: 吉田深一
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多胡羊介の離婚⑥ 浜尾沙織弁護士の来襲

馬車が家の前に止まる音がした。

かなりの高級馬車のようだ。

蹄の音にも気品を感じる。


「ごめん下さい。多胡羊介さんのお宅はこちらで宜しいでしょうか?」


誰かが家に来た。


羊介は仕事が休みで今日は家にいる。

もうすぐ昼近くになるのだが、髭もまだ剃っていない。


通常なら訪問客の前に出るのは躊躇するような顔なのだが、家族がいなくなって最近、多少投げやりになっている羊介は構わずに応対した。


「はい、多胡羊介は私ですけど」


見覚えのない四十代くらいの女性。

きっちりとした和装は一分の隙もない。

洋介の方を見るその目は、心なしか敵意をたたえているようにも見える。

それと二十代の男性、大きなカバンを持ち、無表情にこちらを見ている。


「あの、何か?」


多少気後れして、羊介は声をかける。どこかで会っただろうか? と自問するもやはり見覚えはない。


「私、多胡美紀さんの代理で伺いました弁護士の浜尾沙織と申します。こちらは補助者の田中です」


名刺を渡され自己紹介される。

そういえば美紀さんが弁護士に相談しているとか言っていたような気がする。

すっかり忘れていた。


「え、べんごし、あ、はい」


羊介は心の準備ができてない。うまく返事ができなかった。


浜尾弁護士は自分のペースで話を続ける。


「立ち話もなんですので、できれば家に入れていただけないでしょうか?」


「え、いや、散らかってますので」


「お構いなく、それでは」


なんと羊介が婉曲に断っているのに、二人とも当たり前のように家の中に入ってきた。

羊介の苦手なタイプだ。


しかし美紀さんの代理の弁護士を追い返すわけにもいかない。

家族で食事をしていたお茶の間に座ってもらった。

用件は間違いなく離婚の件だろう。


はっきり聞いていたくせに、やはり美紀さんは本気だったのかと思うと再度心が沈む。

どのように行動すれば一番正解なのかわからない。


一応、お客様用のお茶を二人にだすが、心の中は落ち着いているとはとてもいえない状況だった。


「ありがとうございます」


浜尾弁護士がお茶を一口すすり、羊介に礼を言う。

憎らしいくらいに落ち着いている、ように見える。

男の方はお茶に口をつけずに黙っている。

羊介が浜尾弁護士の礼に対して、なにか言葉を返す前に、浜尾弁護士はいきなり話を切り出した。


「あなたの配偶者、多胡美紀さんは多胡羊介さん、あなたとの離婚を希望しています」


動揺を押し隠し、なんとか答える。


「はい、聞いています」


「そうですか、なら離婚を承諾していただけますか?」


人の一生を左右する大問題なのに、まるで何でもない事務仕事をこなすみたいな、浜尾弁護士の言い草に、羊介は多少反感を覚える。


「あの、美紀さんと話をさせていただけますか? 今まで誤解もあって、すれ違いも多かったみたいで、美紀さんとの話し合いが全然足りてないと思うんです。その結果、離婚ということになっても……」


羊介の話は途中で遮られた。


「その必要はありません。私は多胡美紀さんの代理人です。言いたいことがあるのであれば、私に言って下さい」


浜尾弁護士はそこで少し言葉を切る。そして口調を少し変える。


「言っておきますが、私が代理人になった以上、直接私の依頼人、多胡美紀さんに接触したりすれば刑事罰の対象になりますよ」


浜尾弁護士の言葉に、羊介はさすがに感情的になる。


「はあ、いくら何でもそれは、自分の妻に会いに行って何が悪いんですか? 刑事罰って? 警察に捕まっちゃうかもしれないってことですか? ちょっとそれはおかしいでしょ?」


羊介はまさかそこまで自分が妻に嫌われてるかもしれないなんて思ってもいなかった。


浜尾弁護士は冷静に言葉を返す。


「多胡羊介さん。あなた、自分が多胡美紀さんに何をしたのか全く覚えていないのですか?」


羊介は答えようとしたのだが、それより早く弁護士の言葉が続く。


「私は、こう聞いています。ささいなことで、殴られた、と」


浜尾弁護士は羊介の反応を見ながら、問いかける


「殴ってないんですか?」


羊介は言葉に詰まる。


一番羊介が聞かれたくないことをストレートに聞いてくる。

それでも言い訳がましくなるのを承知で発言する。


「いや、殴ったというか、あまり覚えてないんですけど、グーではなくて、手のひらの、こう、一番柔らかいところで……」


また、言葉を遮られた。


「もう、いいです、言い換えます」


浜尾弁護士の言葉が続く。


「暴力を振るったんですか?振るってないんですか?」


羊介は言葉が出ない。

自分が消えてなくなりたいと思った。


浜尾弁護士はそれ以上、言葉を発しない。

今度は羊介の返事を粘り強く待つつもりのようだ。


羊介は覚悟を決めた。嘘をつくことはできない。


「暴力を、振るいました」


羊介は、やっとの思いで口に出す。自分がくずのように思えた。


「そう、暴力を振るったのね、田中君、聞いた?」


今まで、黙って聞いていた男も口を開く。


「はい、確かに聞きました」


浜尾弁護士は、羊介を改めて嫌な目つきで見る。


そして話し始めた。

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