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圭天 不老少女の憂鬱  作者: 吉田深一
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多胡羊介の離婚② 診療所にて

「というわけで、性行為が出来なくなってしまいました。それどころか、性欲が全くない。したいとも思わないんです。先生、これってどういうことでしょうか。治りますよね? 先生」


縋りつくように、必死に医者に現状を伝える。


「落ち着いてください。多胡さん。あのう、その髪の毛は染めたのではないですよね」


「あ、はい。朝起きたら、このような髪の毛になってまして。というか、この髪の毛の色とか関係あるんですか?」


医者はゆっくりと羊介に答える。


「はい、関係あるかもしれません。あの、髪の毛が変色したのと性欲がなくなったというのは、もしかしたら同時期なんじゃないですか?」


「は、はい、同時期です。間違いないです」


医者は椅子に深く腰をかけると、羊介を興味深い目で観察するように見て、あわれむような、うらやむような、何とも言えないような口調でこう言った。


「多胡さん。多胡さんの症状はどうやら病気ではありません。あなたはある意味選ばれたんです。あなたは ”圭” と呼ばれる存在になったんです」


「ケイ? けいとは何ですか? 病気の名前ですか?」


「繰り返しますが病気ではありません。漢字で書くと土を二つ重ねて、圭。天圭陛下の圭です。圭になると、頭髪が一部変色し、性欲と生殖能力がなくなる。そして老化が止まり、異能力の才能が与えられる。と、されています」


「何ですか、それ、老化が止まる、なんて実感がないし、異能力の才能って言っても、今の私に普通の人間以上のことなんて何もできない。できるような感じもない。そんなことより、性欲と生殖能力がなくなるってどういうことですか? 私は圭とかいうものになんてなりたくない。また妻と性行為が再び出来るようにしてください。治してください。いや、元に戻してください。お願いします」


「申し訳ありませんが、人を猿にすることが出来ないように、圭を通常の人に戻すことは不可能です。圭というのは未だ解明されてないことも多く、なぜ人が圭になるのか? なぜ圭というものが存在するのかなど不明の事の方が多いのです。圭の事は医者の領分ではありません。ご理解ください」


「と、いうことはもう、妻とは?」


「残念ですが、あなたは二度と誰とも性行為をすることは出来ません」


羊介は医者のあまりにも残酷なその言葉に、一瞬目の前が真っ暗になった。


「そ、そんな。私はまだ二十二ですよ。酷い。酷すぎる」


思わず、涙声で医者に訴える。医者のそばに立っていた若い看護婦は、黙って席を外した。

いたたまれなくなったのかもしれない。

医者はしばらく絶句していた羊介が落ち着くのを待って、言葉をかける。


「多胡さん。医者は圭というものに関してはどうすることも出来ないが、この群馬国という国は幸いにも圭になった人を非常に優遇しています。圭は老化しないし、訓練すれば異能力を使用出来るようになるとされています。前橋の本庁舎に行き、間違いなく圭であると認められれば、特別国家公務員に無条件でなれる資格が手に入るし、異能力の訓練を将来国の為に働く、という条件で給料を貰いながら受けることが出来ます。もう一度言いますが、あなたは選ばれた人間なんです。前橋の本庁舎を訪問することをお勧めします」


ショックを受けた羊介が返事が出来ないでいると、医者はさらに言葉を続ける。


「本庁舎にはあなたのように圭になってしまった人が、大勢いると聞いています。もちろんそこの訓練施設では、圭の情報は私なんかよりよほど詳しいです。何でも聞いてみれば良いでしょう。今、多胡さんはショックを受けていると思いますが、物は考えようです。あなたは老化しないし、圭になった人は常人より寿命が破格に長い。圭という存在はあまり知名度がないですが、知っている人の中では、むしろ圭になりたいという人までいるんです。どうか気を落とさないで下さい。前橋の本庁舎に行き、あなたのように圭になってしまった人に、実際に会い、今、何を考えどのように生きているか、どのような仕事をしているかなど話してみると良いと思います」


この初老の医者は善人なのだろう。図らずも熱弁させてしまった。

羊介は自分の為にと思うと、少し申し訳なくなり気を取り直し、医者に言葉を返す。


「ありがとうございます。前橋の本庁舎ですね。妻と相談して行ってみようと思います」


医者はほっとしたような顔をして最後に言う。


「今日の私は、医者としての仕事が何も出来なかった。診療代はけっこうです」


同情してくれたのだろうが、流石にそれは悪い。

羊介は代金はお支払いしますと言い医者としばらく問答したのだが、結局受け取ってもらえなかった。


「奥様とよく話し合いをすることをお勧めします。それでは多胡さん、お大事に、ではないですね。これからもお健やかに」


どこまでも善良な医者に丁寧に礼を言い、羊介は診療所を後にした。

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