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圭天 不老少女の憂鬱  作者: 吉田深一
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多胡羊介の離婚⑫ 弁護士浦持真太郎 不能力者

「了解しました。では多胡羊介さんの弁護をするにあたり、私からもいろいろ突っ込んだことを聞かせていただいてよろしいですか?」


「はい」


「まず多胡さんは ”圭” なんですよね? 立花診療所だけではなく、他の診療所とか公的機関とかに、診断してもらったことはありますか?」


「え?」


「いや、多胡さんを疑っているわけじゃありません。浜尾先生は多胡さんと繋がっている疑いのある、立花診療所を信用していないわけですよね。それなら別の機関で説明なり証明をしてもらったらいいのではないかと思ったものですから」


「いえ、していません。考えたこともありませんでした」


羊介は恥ずかしくなった。

言われてみればその通りだ。

やるべきことをやっていない。


「なるほど、わかりました。浜尾先生は多胡さんが本当は圭ではないのに、圭の振りをしていて、浮気をしているとの前提にたって、慰謝料を求めてきたわけですよね。これは多胡さんが間違いなく圭であると証明されれば、この前提は崩れます」


「は、はい、そうですよね」


「おそらく浜尾先生も本当に多胡さんが圭になった演技をしていて、浮気をしているなどとは本気では思っていないと思いますよ。あまりに論理が強引すぎます」


「え、しかし浜尾弁護士は自信たっぷりで、決めつけるように」


「弁護士というものはそういう演技ができるものです。しかし多胡さんが適切な反論をしてこないのであれば、そのまま押し切るつもりだったのでしょう。多胡さんが疑わせるような行動をした俺が悪かったんだ、などと自分で思ってくれたらしめたものです。あちらからしてみれば、たとえ多胡さんが自分が確かに圭だという証拠を出してきたとしても、元に戻っただけで、たいしたダメージもありません。浜尾先生にしたら、言うだけ言ってみたというところでしょう」


羊介は恐ろしくなった。


確かに自分は自暴自棄になり、なるようになれと先程まで考えていた。


「弁護士という人たちはそこまで、するものですか?」


「まあ、弁護士にもよりますけどね、浜尾先生は、慰謝料をつり上げる為には手段を選ばないという、執念が感じられますね」


「そんな、執念って……」


「この件については、対処可能です。浜尾先生と交渉してもう一度、公正な診断をしてもらえる機関を探し、再度診断してもらったらいいだけです。そうすれば多胡さんのセックスレスの原因も、浮気をしていたという疑惑も晴らせます。そんなことより、多胡さん」


浦持弁護士の雰囲気が変わったような気がした。


「多胡さんが奥様、つまり多胡美紀さんに手を上げたということの方が問題です」


羊介は硬直した。

その件にはできれば触れて欲しくない。


浦持弁護士はさらに話を続ける。


「この問題は多胡さんも認めていますし、何らかの暴力行為があったのは間違いないと思います。ただ私は多胡さんがちょっとやそっとのことで、暴力行為をするような人にはとても思えません。このままでは向こう側に、この件を最大限利用されて不利になってしまいます。多胡さんは思わず手を上げてしまったと言っていますが、状況を詳しく教えて頂きたいのです」


羊介は黙っている。


「多胡さんは結果的に手を上げてしまったので、何をどう言いつくろっても自分が悪いと考えているのかもしれません。しかし私の考えは違います。少しでも多胡さんに情状酌量の可能性があるのであれば、私はそれを小さな武器にして戦いたいのです」


羊介はまだ黙っている。


この件は、自分でもできれば忘れたい程で、他人に話すなど考えてもみなかった。


自分の恥部を人にさらすことは非情に辛い。

しかし、自分は目の前の弁護士に人生を託すと決めたはずだ。


羊介は心を決めた。


「わかりました。お話しします。自分でも嫌な思い出だったんで、できることなら誰にも話したくなかったんです」


羊介は話し始めた。


「あの日は妻と一緒に立花診療所に行き、私が圭であることを説明してもらってから、暫くたった頃でした」


その頃、羊介は努力していた。


診療所から帰ってきてから久しぶりに見せてくれた美紀の笑顔が嬉しく、以前のようにコミュニケーションも取ってくれるようになった、ように思えた。


この状態を維持していかなければならない。と心底考えていた。


羊介は以前より積極的に妻に話しかけ、家事や子供の世話も自分から進んでやるようにした。

美紀も感謝しているように見えた。


しかし、当然だがセックスレスの状態は変わっていない。


時間が経つと美紀は診療所に行く前のように不機嫌な感情も見せるようになっていった。

決まって羊介の方が折れるのだが、小さな言い争いもたまに起こるようになる。


羊介は少し焦っていた。


そしてその日、事件が起きた。


夕食後、洋介が後片付けを済ませ、子供たちがやっと寝ついた頃、洋介は美紀に話しかけた。

美紀は子供服をつくろっているところだった。


「美紀さん、俺、今度前橋の本庁舎に行ってみようと思ってるんだ。俺みたいに圭になった人たちがたくさんいるみたいだし、立花診療所の先生が言ってた、特別国家公務員についても詳しく聞きたいんだ」


「ふうん」


美紀は話題が気乗りしないのか、生返事を返す。


「別に今すぐ転職する気はないけど、俺と同じ圭になってしまった人たちのことも気になるし、できれば話も聞いてみたいんだ。あの、できれば……」


「なに」


「美紀さんにも一緒に、来てもらいたいんだけど」


羊介からすれば、美紀にも羊介と同じ圭になった人達と会って直接話してもらい、羊介は決して特別ではないんだと理解してもらえたら、これからの夫婦生活にプラスになるのではないかと思い、声をかけたのだが、美紀の反応は鈍かった。


「ん……、私はいいよ。子供もいるし、洋介君、後で話を聞かせてよ」


「でも、この頃美紀さんと一緒に出かけてないし、せっかくだから……、子供たちはお義母さんにでも預かってもらって……」


「羊介君、しつこいよ。私は行かないって言ってるの」


美紀はまた、不機嫌になってきている。


「わ、分かったよ。ごめん、一人で行ってくるよ」


羊介は、これ以上は言わない。


これでこの場は治まる筈だったのだが、美紀がさらに話し始める。


「大体、圭になった人達になんか会ってどうするの? そんな気持ち悪い人達に、こっちだってわざわざ会いになんて行きたくないよ」


え、今、美紀さんは何て言った? 気持ち悪い人達? 羊介は流石に聞き逃せず、努力して美紀に話しかける。


「そ、そんな言い方はないんじゃないかな、美紀さん。その人達だって、なりたくて圭になったわけじゃないだろうし、同じ人間だよ。今は国家公務員としてちゃんと働いている人が大半だって聞くよ」


「何を言ってるの? 年を取らない、普通の人間と子供をつくることができない、って人達が何で同じ人間なの? もはや人間とは別物だって言っていいんじゃない?」


美紀さんは羊介が、既に圭になっていることを承知で言ってるんだろうか? 

そうではないと思いたい。


今はそのことを失念して、少し感情的になっているだけだと。


羊介は必死で自制していたが限界が近づいていた。


「別物って、それはいくら何でも失礼だよ。その人達は異能力者の集団だよ。何だか格好いいじゃないか?」


「は、何が異能力者よ。不能力者の間違いじゃないの?」


羊介はこの言葉を聞いた後、数秒間、記憶がない。


気付けば美紀は頬を押さえて、羊介を睨みつけていた。


「そして、その夜は我に返った私が必死で謝っても決して許してくれず、近寄らせてもくれず、妻は次の日の朝一で子供達を連れて実家に帰ってしまいました」

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