第40話 想いは伝わったのか
客席が明るくなったあと、控え室で楽器をケースにしまってロビーに向かう。 来てくれたお客さんをお見送りするためだ。 なんて言いつつも、実態は知り合いが多く来てくれているから、少しでも会って話したいだけである。
ロビーに着くと、帰るお客さんと部員でごった返していた。 こういう時は、バスクラの片付けは時間がかかるのがもどかしい。
ロビーに来た俺を目ざとく見つけたのは田中と山田だった。
「おーい大地、おつかれ! 」
「おう、お前ら、来てくれたんだな。 ありがとさん」
「ソロ良かったよ。 愛する人のために、ってやつ」
「うるせーよ。 お前らだってインタビューなんか受けやがって」
言葉遣いは汚いが、労いの気持ちも受け取ったし、感謝の気持ちも伝えることができた。 最後にじゃーな、と言ってハイタッチをして、去って行く2人を見送った。
司会やソロをやっていたこともあって、見送りに立っていると知らない人からもよく声をかけられた。 そのいずれもが好意的な意見や労いで、頑張って良かったと改めて思う。
「菊野さん、お疲れさま」
「大地くん、とてもカッコよかったよ」
「あ! 北条に誠司さん来てくれたんですね。 ありがとうございます! 」
「愛する人だなんてよく言いましたね」
「いきなりかよ。あの時セリフ飛んじゃってて」
「それではまさに本心ということですわね、ふふふ」
北条に口で勝つことはやはり難しく、ぐぬぬ、と唸っていると誠司さんが助け船を出してくれた。
「それに値する、とても素敵な演奏だったよ。 客席がみんな聞き入っていたからね」
「それについては、私もそう思います。 感動的な演奏でしたわ」
「そう言っていただけるとホントに嬉しいです。 なんか照れちゃいますね」
ではごきげんよう、と2人並んで帰ってゆく。 これから食事にでも行くのだろうか。
それにしても『ごきげんよう』なんて番組タイトル以外で聞いたことないわ。
心の中でツッコミを入れていると、背後からフルートのような柔らかな声が俺の名前を呼んだ。
「大地」
「――美咲」
振り返って、声の主の名を口にする。 一気に顔が熱くなる。 周りから見たら、俺の目の前にいる女の子が『愛する人』なんだってバレバレではなかろうか。
「来てくれてありがとう」
「ううん、誘ってくれてありがとう。 大地、カッコよかったよ」
美咲からの褒め言葉に、ざわっと身体中の血が沸く感覚になる。
「いやー、司会もちょっとセリフ飛んで下手こいたけどな」
「ふふ、全然気にならなかった。 それよりも、バスクラのソロ、とっても素敵だった」
「ありがとう。 伝わった、かな」
「『愛する人を想って』って? きっと伝わったんじゃないかな」
(――きっと? 伝わったよ、じゃなくて? )
望んだ言葉が返ってこなかったことに戸惑っていると、横から声がかけられた。
「大地くん、お疲れさま。 素敵な演奏ありがとうね」
「あ、お忙しいところ、お越しいただいてありがとうございました」
我に返って、美晴さんに深々とお礼をする。 忙しいはずなのにわざわざ時間を作っていただいたのだろう。 恥ずかしい演奏にならなくて本当に良かった。
「私はこれで失礼しますね。 美咲は美桜と帰るでしょ? 」
「うん、そのつもり」
「それじゃ。 大地くん、またね」
「あっ、はい失礼します」
美晴さんが行ってしまって、また二人になる。
「仕事? 」
「ううん、今日は食事会があるみたい」
「忙しいところにホントに申し訳ないなぁ」
「いいのいいの。 来たがってたから」
「そうそう、美咲の彼氏見なきゃ、ってね! 」
「お姉ちゃん!?」
「春山先輩!? 」
「菊野君、いい演奏だったねー。 やるじゃん」
「ありがとうございます。 司会に、ソロに、後半は目が回りそうでした」
「いい経験したじゃない。 セリフ飛ばしたのも込みで、ね」
「苦い経験ですけど……。 これからも活かせるように頑張ります」
「うん、頑張れ! あっサエちゃーん! おつかれー! んじゃーね菊野君」
春山先輩は、次の獲物を見つけたとばかりにサエ先輩の方へ行ってしまった。
「大地、ちゃんと彼氏じゃない、って言ってるからね、大丈夫だよ。 それじゃ、あたしも行くね」
「お、おう、また明日」
ひらひらと小さく手を振りながら去って行く美咲を、呆然として見送った。
(――彼氏じゃない、か)
少しモヤモヤした気持ちになったものの、帰り際に声を掛けてくれるお客さんが多く、その忙しなさに紛れていった。
ほぼすべてのお客さんが退出したのを見届けたあと、楽器の積み込みに向かう。 ティンパニやハープなどの大型楽器の積み込みは、男子の頑張りどころなのだ。
積み込みを終えてトラックを見送れば、あとは先に学校に向かった積み下ろし部隊のお仕事だ。
こうして、俺の初めての定期演奏会は幕を閉じた。
気がついたら2000ptを超えておりました。
たくさん読んでいただいたり、評価してくださったり、ありがとうございます。
ここまでなんとか毎日更新を続けてきましたが、少しペースを落として(2日に1回くらい?)最後まで書き切ろうと思います。
引きつづきお付き合いくださると嬉しいです。