第33話 スキャンダル
定演で使う曲をイヤホンで聞きながら、いつもの電車に乗るべく駅に向かう。 すると、見知った顔が駅の北口側から姿を見せた。 突然の遭遇に、胸が高鳴る。
しかし、何かおかしい。 思いつめた様子で俯いて歩いている。 そもそも美咲はいつももっと早い電車に乗っているはずだ。
イヤホンをポケットに突っ込んで、美咲に声をかける。
「美咲、おはよ」
「あ、――大地おはよう」
「元気ないじゃん。 どうしたの? 」
「えと、ちょっと眠れなくって」
「なんか悩んでるのか。 なんか出来ることあったら言えよ」
「うん。 ――ありがと」
少しでも力になりたいと思ったのだが、美咲の口から具体的な悩みが話されることはなかった。
普段なら急行で行くところだが、ちょうど滑り込んできた各駅停車がちらほらと席が空いていたので、美咲を連れて乗り込む。
美咲を席に座らせてその前に立った。 美咲は座って目を閉じているから会話をするわけでもなく、何気なくまわりを見ていた。 美咲の隣では大学生くらいのお姉さんがスマホをいじり、反対側の隣ではくたびれたスーツ姿のおじさんが週刊誌を読んでいた。
『typhoonのアキラと女子高生アイドル岬千春が秘密のデート!?』
表紙を見て思わず凝視してしまった。 週刊誌を持つおじさんに怪訝そうな目で見られる。 慌てて目をそらし、スマホでニュースを検索する。
煽情的な見出しのそのニュースの記事は、すぐに見つかった。
『トップアイドルグループのtyphoonのリーダーアキラと、4Seasonzの女子高生アイドル岬千春が洋食店から連れ立って出てくるのを編集部が捉えた。
岬千春は最近テレビや雑誌のグラビアに登場するなど、今年大ブレイク。 グループの中でも際立った存在だ。
一方でアキラの方は先日女優Mとの破局が報じられたが、芸能界でもきってのプレイボーイは次なるお相手を見つけたようだ。
二人が共に過ごす場面は度々目撃されており、仲睦まじげなその様子は、岬の方が入れ込んでいるように見えるとの情報がある。 業界関係者の間では、女優Mとの破局をきっかけに、岬の方から近づいたのではないかと言われている。
交際の有無について、アキラの事務所は『当人に任せています』と明言を避け、岬の事務所は『そのような事実は把握していません』としている。
――... 』
そこから先は読む気が起きなかった。 記事のコメント欄には、双方それぞれのファンが相手を罵る内容が並んでいた。
もうすぐ降りる駅に着くというところで美咲に声をかける。 電車を降りて改札を抜けても、美咲の様子は変わらなかった。 特に何かを話すでもなく連れ立って歩いていると、後ろからテンションの高い声が浴びせられた。
「おはー大地! ...に、春山さん」
「なんだ、田中か。 脅かすなよ」
「朝からシケたツラしてんな。 やっぱあれか? 千春ちゃんの記事か? 」
美咲の身体がピクっと震える。 それも一瞬で、すぐに 歩きだした。
「ああ、あの記事な。 本人に聞いてみないとわかんないけど、岬の方からプレイボーイに積極的にアプローチするとは思えないんだよな」
「お前、なんで本人に聞ける前提なんだよ。 大地が信じたくないだけだろ」
「それもまぁ言える。 でも、どこぞの記者が書いた記事より、本人の言葉を信じたいだろ」
「ファンの鑑だな。 まだ本人コメント出してないよな? 」
「そうみたいだな。 でもこんだけ騒がれりゃコメントしてくれるだろ。 それを信じるだけさ。 でも、ホントなら相手がアキラじゃ勝ち目ねえなー」
「わはは。 最初からないわボケ」
三人並んで学校まで歩いてきたが、結局美咲は言葉を発しなかった。 ただ、教室に入る頃に見た横顔は、さっきよりも幾分表情が出てきた気がする。
「ありがと、大地。 心配してくれて」
「おうよ。大丈夫なのか? 」
「うん、がんばる」
全快というわけではなさそうだが、少しでも美咲が元気になったならまぁいいかと思った。 さっきの痛々しい表情は見ていられなかったから。
岬千春のコメントがネットニュースに流れたのは翌日の夕方だった。 本人が撮影した動画を事務所がアップしたらしい。
『みなさんこんにちは!
4Seasonzの岬千春です!
今回は週刊誌の件でお騒がせしてしまってすみません!
あたしは、typhoonのアキラさんとお付き合いしている事実はないことを、ここで報告させていただきます。
写真の場面はマネージャー同席での食事ですし、二人きりでお会いしたことはないので、雑誌で書かれていた目撃証言は他のどなたかと間違われたのではないかと思います。
アキラさん、それに事務所の方、何より応援していただいているファンの皆さまにご迷惑をおかけして申し訳ありません。
どうか引き続き応援してください!
バイバーイ!! 』
画面の中の岬はそう語っていた。
『週刊誌読んだ? 』
『ネットでな。 大変だったんじゃないの? 』
『うん、まぁね。 アキラさんにハメられたよ』
『それって...』
『あーっ違うよ! そういうんじゃないよ! 』
――。
『ちょっと大地聞いてる!? 』
『違うんだってば!』
既読だけつけてしばらくほっといたら、焦ってて面白かった。 あんまりイジメると拗ねそうだからこの辺にしてやろう。
『わかったわかった。 アキラ側からの仕込みってこと? 』
『ぶー。 そうなの! 何回か誘われて、ちゃんと断ったのにしつこくって』
『強行手段に出たってわけか。 あんなコメント出して大丈夫なのか? 』
『うん、メンバーも事務所も大丈夫だって言ってくれた』
『そっか。 なんかできることあったら言ってくれよ』
『ありがと。 でももう大地はやってくれてるよ』
『そうなのか? 特になんもやってないけど』
『そんなことないよ。 大地はあたしのことわかってくれてるって信じてる』
俺はこの会話を楽しんでるだけなのだが、それが岬の助けになっているならこんな嬉しいことはない。
昨日の衝撃を忘れて、今夜はゆっくり寝られそうだ。