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第2話 スマホ脱走事件

 自転車はいい。

 風を切って走る間、頭を空っぽにして悩みも一緒に吹き飛ばしてくれる感覚がある。 コンクールや3年生の引退で溜まっていたもやもやした気持ちも、自転車のおかげで少し軽くなった気がする。


 部活が休みの今日は、新しいリードを買うために行きつけの楽器屋さんがある街へと繰り出していた。 目立つところにディスプレイされたト音記号のクリップにも心惹かれたが、ここはグッと我慢しなければ。 バスクラのリードは高いのだ。


 目当てのリードを二箱買って表に出ると、太陽は一番高いところにいて、人通りはとても激しくなっていた。

 ーーいや、激しすぎる。

 不思議に思ってあたりを見回してみると、アイドルグループがミニライブを開催する旨のポスターを見つけた。


 どうやら、4Seasonzというグループのようだ。 そういえば、公民館の夏祭りで演奏した曲の中に彼女たちの楽曲があったような、なかったような。 原曲を聴いたことはなかったし、せっかくだから聴いてみてもいいかな。


会場になっている広場の方を見ると、その手前に明らかに不審な動きをしている女性がいた。いや、髪の長さとアクセサリーから判断しただけで、女性なのかはわからないが。


 遠目から様子を伺っていると、おろおろとしてキョロキョロあたりを見回し、ベンチの下を覗いたりしている。 周りの人はそんな女性を気にかけることもなく、各々の用事を済ましているのだろうか。 女性に声をかける人は見かけない。


 それも仕方のないこと。サングラスに加えて黒いウインドブレーカーとくれば、ショッピングセンターの客層からはかなり離れた部類だろうから。


けれど、風貌はさておき、その見てとれる動きからは幼さを感じる。 実際に危険な人物というわけではなさそうだ。 それに、物色というよりはなにか探してる、ような、そんな動き。 困っているのなら、助けてあげたいと思い、横からそっと声をかけた。


「なにか、お探しものですか? 」

「ええ、実はスマホを落とし・・・!?」


 ゆっくりと歩きながらそう声をかけると、女性はこちらを向きながら答えつつも驚いたような表情を見せた。


 突然話しかけて、やっぱり驚かせちゃったか・・・?


 なんて思いながら、女性と目が合った途端息をするのを忘れてしまった。淡い色のサングラス越しに覗くパッチリとした目に、艶やかな唇。 束ねられた髪は馬のしっぽのように頭の後ろで揺れている。 ピンク色のシュシュがトレードマークなのだろう。 男子高校生10人集めたら、10人全員が言い寄るレベルの美しさだ。


 歳は・・・同い年くらいだろうか。溌剌とした雰囲気に、あどけなさも垣間見える。


「えっと、その・・・スマホを落としてしまって」

「どんな外見ですか。 一緒に探しますよ」

「ええと、本体が白で、透明のケースに入ってるんです」


 持っていたスマホを落とした途端に足で見事に蹴飛ばし、どこに行ったかわからなくなってしまったとのこと。なんというおっちょこちょいさんなのか。


 彼女の供述に従い、消火器や植木鉢の下を除いてみても、一向に出てくる気配はない。スマホを呼んだら、返事してくれれば見つけやすいのに。


「あっ!」

「どうしました?」

「俺のスマホで鳴らせばいいんだ」

「そうだ!それですよ! なんで気がつかなかったんですか!? 」

「俺が悪いの!? 」


 何故だかよくわからない罵声を浴びせられて、ついタメ口になってしまった。 気を取り直して電話のアプリを起動する。


「番号入れて、通話ボタン押してください」

「えーと・・・・はい」


手元に帰ってきたスマホを耳に当てると、プルルルルルと呼び出している気配がある。流石にこの雑踏の中では着信音も聞こえにくい。せめてヒントが欲しい。 オロオロするだけの彼女に問う。


「どんな着信音ですか?」

「ええっと……多分、消音になってて、バイブになってると思います」


 状況は最悪だった。 聞こえるわけがない。

でも……諦めるだけならいつでもできる。 耳を澄まして、聞き分けるんだ。 音楽で鍛えたこの耳があれば、雑踏の中でもバイブの音を聞き分けられるはず。


 ……ンン。……ンン。


不規則なテンポを刻む足音に混じって、一定の間欠的なリズムを刻むバイブの振動音であろう低い音。同じようなリズムで聞こえるのはコンクリートタイルの上でスマホが揺れる音なんだろうか。

 方向は……機材置き場の手前にある金網の方みたいだ。


「こっちだ! 」

「えっ!? 」


 女性の手を引いて10mほど歩いた先にある機材置き場に向かった。 一旦切れてしまった通話呼び出しをやり直しながら、機材置き場を金網ごしに覗いてみると……。


着信中の画面が表示されたスマホがピカピカと光っていた。


「あった! 」

「えっ・・・えっ・・・!? 」


 女性の方を見やると、引かれた手を見て少し頬を赤らめ、少し驚いたような表情をしていた。


「あっ、手ごめんなさい。 思わず引っ張ってきてしまって 」

「あ、いえ、大丈夫です」


 パッと手を離し、床に這いつくばって、金網の下に空いた隙間から手を伸ばす。

 あと少し。・・・もう少し。


……届いたっ!


「ほらっ」


 手に取ったスマホを女性に渡す。


「わあ! ありがとうございますっ! 」


 凛と響く明るい声ととびっきり眩しい笑顔。めっちゃ可愛い。

またしても呼吸を忘れてしまった。


「よくバイブの音なんか聞こえましたね」

「……、あぁ、あの、低い音聞くの慣れてるから」

「おかげで本当に助かりました。 あたし、この後ミニライブやるんです。 ぜひ見ていってください、優しいお兄さん♪ 」


 そうか、ミニライブの演者としてポスターに登場していたその本人だったのか。

 なるほど、そりゃ可愛いわけだ。

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