第1話 彼女が眼鏡を外したら
処女作です。
まったりとした雰囲気で書いていきたいと思います。
雰囲気が合えば読んでいただけるとうれしいです。
「菊野くんどしたの? 大丈夫? 」
そう話しかけてきたのは、隣の席に座るクラスメイトの春山美咲である。 友達とのおしゃべりの中で、突っ伏している俺が話題に上ったらしい。
つい、返事が面倒臭くなってぶっきらぼうになってしまった。
「うるせー。ほっとけ」
柔らかな声の主である春山美咲は、隣の席に座るピンクゴールドフレームの眼鏡がトレードマークのクラスメイトだ。 ほんのり茶色がかった黒髪をハーフアップにしていることが多い。 成績も際立っていいわけではなく、おそらく俺と同じく平均点より少し良いくらい。 俺が言うのもなんだが、はっきりいって地味だ。
かくいう俺も、数少ない男子の吹奏楽部員ということを除けば、それといった特徴のない生き物だろう。 地味同士とはよくいったもので、席が隣なことも相まってちょこちょこ話す間柄になっていた。
ふて寝の続きをしようとしてると、背中をバシっと叩かれた。
「おい、ダイチ。 まーだショックから抜け出せてねーのか。もう夏休みも終わっちまったんだし、そろそろ気合い入れ直さねーと」
少し前に登校してきたらしいノッポの声が上から降ってきた。 そう、ノッポはトランペットパートのやつで、俺と同じく一年生でコンクールメンバーに選ばれた一人だ。クラスは隣なのだが、突っ伏した俺を見かけてわざわざ来てくれたらしい。
この夏休みの間に、我が校の吹奏楽部は全国大会を目指してコンクールに出場していたのだ。ところが、全国まであと一歩、というところの関東大会であえなく敗退となってしまったのだ。寝る時間よりもバスクラリネットを吹いている方が長いんじゃないかと思うくらい練習していたのだから、ショックを受けない方がおかしい。
「菊野くんコンクールのメンバーだったもんね。結果は残念だったけど、お疲れ様」
「美咲ぃ〜、それよりさ、今日学校終わったら駅前のカフェ行こうよ。店員にイケメンいるって話よ? 」
「はいはい、南ちゃんのイケメンチェックがまーた始まった」
コロコロと話題が移ろってゆく女子トークをBGMに感傷に浸っていると、どうしたってコンクールのことを思い出してしまう。それだけ練習もしたし、努力だってした。 一人だけの力で実現できるものではないとはいえ、もっと何かできたんじゃないかと、後悔だけが募ってしまう。
あんまりにも無反応だからか、ノッポはいつの間にかいなくなっていた。無視したみたいな格好になってしまった。あとで謝っておかなくては。
ノッポも言ってたとおり、はやいとこ切り替えなきゃな……。
菊野大地が通う高校は、それなりの進学校にも関わらず部活動も盛んで、中でも吹奏楽部は数世代前の先輩が全国大会出場経験があったりと、県内でも有数の実績があった。とはいえ、それも5年ほど前に顧問の先生が県内の別の高校に転任するまでの話だが。
今日は、始業式だけで授業もない。 たった今終わったホームルームの後は、部活に精を出すのみ。……なのだが、どうしても足が向いてくれない。
だからって、サボるわけにもいかないか――、とカバンに手をかけると、フルートの音色のようなやわらかい声が届く。
「菊野くんも、イケメンのいるカフェ一緒に行く?」
「ブフッ! 急になんなんだ。何が悲しくて、俺がイケメン見に行かなきゃなんねーんだよ」
「ふふ。やっと笑った」
「……やかましいわ」
「あたしもさ、パレスホール行ってたんだ。……ほら、姉ちゃん出てるから」
「そう……か。先輩の最後のコンクールだったもんな」
春山の姉はもちろん“春山”先輩なんだが、名前までは覚えてなかった。 副部長の春山先輩はサックスのパートリーダーも兼務していて、実力もカリスマ性も持っていて吹奏楽部みんなのお姉さんといった雰囲気であった。
3年生にとって最後になるコンクールは、関東大会で金賞を得たものの、全国大会への推薦は得られなかった。 また来年を目指す1,2年生と違い、夏のコンクールをもって引退となる。
「お姉ちゃんはもう引退だからね。 あとはかわいい後輩たちに託す、って言ってたよ」
「言われんでもそうするよ」
「素直じゃないなぁ」
「うるせ」
個人的に感じる悔しさもあれば、3年生の気持ちを思って寂しい気持ちもあったりして、鬱々とした気持ちになる。 まだうまく心の整理ができておらずモヤモヤを抱えている俺としては、前向きな言葉が出せなかった。
「んじゃ、部活行くわ」
そう言い残して、カバンを手に取る。別棟にある部室への歩みが軽くなることはなかった。
数日後、部室では先日のコンクールを最後に引退する3年生が挨拶していた。 部長に続き、副部長の春山先輩も涙ながらに後輩たちへの想いを語っていた。
(先輩たちと一緒に演奏することもなくなっちゃうんだな)
入部したときは、バンド全体のレベルの高さや、本気で全国を目指す雰囲気に飲まれてしまっていた。 もっと伸びのある音を吹けるはずなのに、緊張してうまくいかない。
そんなある日、俺の背中を叩き、緊張をほぐすように話しかけてくれたのが春山先輩だった。 あまりにびっくりしてリードを1枚無駄にしたのだが。
あんなこともあったな、と思い出に浸っていると、晴れ晴れとした表情になった春山先輩が手を振りながら近づいてきた。
「美咲から聞いたよ。結構ヘコんでたんだって~?」
春山先輩は、妹の美咲よりも幾分か低い声でそう言った。艶やかで少し色気のあるその声は、ヴィブラフォンといったところだろうか。
「そんなことありませんよ。 あいつ何言いやがった」
「あははっ。 いきなり美咲が菊野君の話するもんで、びっくりしちゃった」
「普段よく話すわけじゃないのに、こないだはコンクールの話をしたからでしょうか」
「家族でパレスホール来てたからね」
「そうだったんですか。 全国行ければ良かったんですけどねぇ」
「頑張った結果だもん。 仕方ないよ」
「もう一緒に演奏する機会もなくなっちゃうのが寂しいですね」
もやもやの正体を口にする。 でも、清々しい顔をする先輩たちを見ていると、吹っ切れたというかやりきった気持ちなのかもしれない。
「そんなことよりも、知ってる? 美咲って普段目立たないようにメガネしてるけど、外したら結構かわいいんだよ。 私みたいに」
「どこからツッコめばいいんですか? 」
「ボケ扱いなの? 狙うなら今のうちにツバつけときなよー。 あ、ちなみに私は売り切れだから」
なんじゃそら、と別の後輩に声をかけに行く春山先輩を見ながら、小さくため息を一つついた。春山が眼鏡を外した姿を想像してみたが、あまりにも眼鏡が馴染みすぎていて全く想像がつかなかった。