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異変

 VR。通常はヴァーチャル・リアリティの略称として語られる言葉だが、HMD,ヘッドマウント・ディスプレイとの組み合わせでは、別の意味を持つ。


 2017年頃から普及し始めたこのシステムは、最初は期待を持って受け入れられたが、キラーコンテンツとも言える物が現れず、消えて行く物と思われていた。


 だが、2030年に発売されたVRMMOゲーム、セフィロト〜多重世界の黙示録〜によって、それは復活を果たした。幾つもの世界を渡り、仲間と共に冒険を繰り返すそのゲームは、発売国の日本に留まらず、世界中でのヒットに成功したのだ。


 ファンタジー。現代装備。そしてSF.全てを内包したそのゲームは、自由性が高く、別売りの拡張パック、課金でのデータ増量などで出来ない事は無いと言われるほど各個人の趣味を満足させる物だ。


 ソロで遊ぶも良し、仲間とパーティを組むも良し。そして、大人数でギルドと呼ばれる組合を作るも良し。そんなゲームの中で、小数ながら名を馳せるギルドがあった。


 魔女の夜明け。そう名乗る者達は、所属僅か六名ながら、その全員がトップランカーと言う異常な集団である。ある物は物理攻撃、ある者は魔法などと得意な面は違うが、各々がその分野に秀でた者達であった。だが、その者達は決して群れず、ほとんどの場合、ソロ、もしくは二人組程度での目撃例しか居ない奇妙な存在でもあった。


 その中の一人、煉獄の王と誇称されるプレイヤー。キャラクター名、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。


 その容姿は見目麗しく、流れる様な金色の髪と、同色の瞳。そして、透ける様な白い肌に纏ったロココ調のドレス。その片手には、フラッグポール、旗が掲げられた棒を握る、人間の女性型キャラクター。だがその容姿とは裏腹に、実は雷属性の魔物、その最上位である鳴神である事は周知の事実である。ドレスに旗付き棒などと言うふざけた装備は趣味であり、実際には鎧や剣などが、拡張ツールを使いリデザインした物だ。六人のメンバーの中でも知名度は高く、数々の難関クエストを攻略して来た猛者でもある。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 夕方六時半。何時もなら仕事から帰って、撮り貯めた深夜アニメを見ながら夕御飯を食べている時間、ビクトーリアと呼ばれるプレイヤーは始まりの街にいた。


 何時もなら決してログインしない時間に居る理由。

それは、本日がギルド魔女の夜明けの定例報告会の日であったからだ。


 一癖も二癖もあるメンバーとの話し合い。

思い返すといささかゲンナリする日なのだが、無視をすれば、何をされるのか解った物では無い。

 進まぬ気を何とか震い起こし、ビクトーリアは多くのプレイヤーが歩く大通りを進む。


 そのビクトーリアの名を呼ぶ声が聞こえる。誰かと思い声のする方に視線を向けると、馴染みの者の顔があった。筋骨隆々の身体にエプロンのみと言う、一歩間違えば変態とも取れる装備で、その者は手招きをしていた。


「なんじゃ変態か。妾はこれから魔物討伐へ向かわねばならん。一体何用じゃ?」


 失礼とも取れる言葉で、ビクトーリアは手招きをしていた男に声をかける。


 此の者は、商業系のギルドに所属する者であり、ドロップアイテムや武具などの取引相手でもある。


「寂しい事言わんで下さいよ。それでビッチさん、魔物討伐って?」


「ビッチじゃのうてビクトーリア! 魔物はあれじゃ。あー、いけ好かないヤツらじゃよ」


 その言葉に、男は笑いを漏らし——ゲーム内では表情は動かないのだが——


「お仲間でしょうに、酷い言い方だ」


 と冗談めかして言葉を返す。


「で、何用じゃ?」


「いやね、何か珍しいアイテムでも無いかと、ね」


「そんな物ほいほいある訳……」


 そこまで言って、思い当たる。そう言えばあった、と。


「そう言えば、運営から送って来ておったな」


「運営から?」


 男は興味深そうに首を伸ばす。


 ビクトーリアは頷きながらコンソールを開き、アイテムボックス表示する。数々のアイテムの名前が示された画面をスライドし、一番下まで持って行くと指を指した。


「これじゃ」


 見せられた画面を男は食い入る様に見


「冥府の水晶?」


 と疑問げに声を漏らす。


「うむ。何か知らんが、ウチのギルド当てだそうじゃぞ」


 ビクトーリアのこの言葉で、男はさらに首を傾げる。


「魔女の夜明けへですかい?」


「そうじゃが」


 返事を返すビクトーリアに、男はさらに「むむむ」と唸る。


「いやぁ、ビッチさんの言う事だから、真実だとは思いますがねぇ」


「何じゃ。言いにくそうじゃの」


「どこかのギルド単体に贈り物なんて、運営がしますかねぇ」


「え? ウチだけかえ?」


「ええ。俺達のギルドも、魔女の夜明けほどではありやせんが、結構な情報網を持っているんですがね、そんな話は…………聞いた事ないですなぁ」


 ビクトーリアは画面に映し出される文字を凝視し、事の事象を思いだす。メールの差出アドレスは、確かに運営からの物だった。だが、思い返せば妙な文言ではあった。確か………………



“我らの願い届けし魔女よ、この願い聞き届け頂けるなら、その光、内に留めん”



 だったはず。


 ビクトーリア的には、新クエストか何かの大会の招待状かと思っていたのだが、何か妙な胸騒ぎがした。


「ウイルス、とかかのう」


 ポツリと呟いたビクトーリアに、男が反応する。


「いや。ウイルスならもっと広範囲にばら撒かれるでしょう。そんな話、掲示板でも噂になっていやせんぜ」


 男の言葉にビクトーリアは、それもそうかと頷く。ビクトーリアは、ギルド内ですり合わせをするべきと判断し、男に別れを告げる。何か解ったら教えてくれと言う男に、頷きで返し、ビクトーリアはギルドホームへと歩を向ける。


 大通りを抜け、路地に入る。始まりの街は、中世のヨーロッパをベースとしてデザインされているため、路地は思っていたよりも狭い。石畳の路地を暫し歩き、何の変哲もない扉の前で立ち止まる。その扉の上には、猫が竹ぼうきを咥えた様な看板があった。そう、ここが魔女の夜明けのホームである。


 何の躊躇も無しに扉を開け、中へと進む。ビクトーリアが扉をくぐった瞬間、そう、その瞬間、屋内から怒声が浴びせられた。


「遅い! 何を遊んでいた! 全くお前は………………このビッチ!」


 ビクトーリアの流麗な眉が跳ねた。いや、跳ねた気がした


「何?」


 呟く様に言葉を漏らし、声の主を睨みつける。実際には、顔をそちらに向けただけなのだが。声の主は、いかにも憤慨したと言う様に、腕を組み立っていた。


 蒼い髪にレースで飾られたつば広の帽子をかぶり、その容姿はビクトーリアと同等の美貌を誇る。髪と同様に、青いビクトリア調のドレスを纏った女性キャラクター。名をアーバレン・スラウ・ヴァーミリオン。種族はキョンシーから連なる最上位種族、幽鬼の王と呼ばれる物だ。


「会合は七時からじゃろ。十分間に合っておるでは無いか。うぬは時計も読めんのか。このアバズレ」


 今度はアーバレンの眉が跳ねる。跳ねた様な気がした。


「何?」


「何じゃ」


 御互いに指を弾き、得物を手に取る。ビクトーリアは、青い旗のフラッグポール。アーバレンは番傘である。これもビクトーリア同様、リデザインした物。


 一触即発、混ぜるな危険。そんな状態の二人に、第三者が参戦する。


「何をやっているのですか! もう会合が始まりますよ!」


「「黙れ、股ぐら」」


 股ぐらと呼ばれた、チャイナドレスの女性キャラクターの眉が跳ねる。いや、跳ねた様な気がした。


「私の名前は、タマレスト・グラスティアです!」


 叫びながら、両の太ももが開き、ハンドガン(コルト ガバメント)を取り出す。種族オートマトンの特徴である。その様子を、吹き抜けの二階部分にあるテラスの様な場所から、三人の女性型キャラクターが見つめていた。その反応は様々で、呆れる者、楽しむ者さまざまだった。喧騒がピークに達した時、異常が起こった。今まで表示されていた屋内のグラフィックがブラックアウトしたのだ。


「「!」」


 全員に緊張が走る。一体何が起こったのか。強制終了? そんな考えが浮かんだが、キャラクターは動いている。


 動揺の中、頭の中に声が響いた。非常に無機質で機械的な声だった。



“冥府の水晶を確認 召喚を開始します”



 声の終了と共に地面が消え、無重力感に襲われた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ビクトーリアが眼を覚ますと、そこは石造りの部屋だった。空気は冷え、その為石の床は冷たい。ゆっくりと身体を起こすと、徐々に周りが見えて来た。部屋は結構な広さがあり、等間隔で蝋燭が揺れている。


 ぼんやりする頭を振り、何とか立ちあがる。後ろを確認する。そこは壁であった。正面へと目を凝らす。その視線の先には、床に何か丸い物が転がっている。その先頭にあった丸い物が、徐々に縦長に姿を変える。それが人だと解った時、ビクトーリアの心臓は跳ね上がった。そして、その者の声が響く。


「お待ちしておりました魔王陛下」

この作品は、相当な亀更新となります、ご了承下さい。

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